第2部 課題1 「都心のデッサン」
     
金沢経済同友会幹事
水野雅男
   


「空きビルのコンバージョン事例等」


(水野雅男) 先ほどはインフラでしたが、今度はビルのコンバージョンについて、参考事例を少し用意しました。いろいろあるのでしょうが、事前の打ち合わせの中で二つキーワードがありました。先ほど来、紹介していますように、金融街として栄えてきた町ですので、金融ビルがたくさんあります。金融ビルをどういうふうにコンバージョンしているのかという参考事例が一つです。もう一つは、金沢市はこの美術館のオープンを契機として、アートアベニューということをうたって、これからアートということを打ち出そうとしていますので、アートというキーワードでコンバージョンをしている例です。その二つをご紹介したいと思います。

●先ほど来見ていますように、この通りには金融ビルがたくさんあって、風格のある建物、落ち着いたどっしりとした建物がたくさん建っております。

●その中の一つですが、合併によりその銀行自体が他に移ってしまい空いている所があります。こういうところは天井高が高くて、ある意味特徴があります。そしてもう一つ、柱がない。広い空間が取れますので、そういう空間をいかに活用していくかが課題の一つになるかと思います。

●その銀行のビルを飲食施設としてコンバージョンした例を幾つか紹介します。最初は大阪の堺筋クラブという形にコンバージョンしたものです。2001年11月にオープンしており、イタリアン、フレンチ、バーカウンターとかがありまして、パーティー会場としても使われています。

●これは広島のアンデルセンというパン屋さんです。被爆した建物なのですが、三井銀行の建物を買い受けて、ベーカリーとレストランに変えました。そして、67年にパン屋さんを始めたのですが、2002年4月にもう一度リニューアルして、オープンしております。

●上はダイニングキッチン、下もレストランです。どちらも銀行のビルを改修しているものです。

●ちょっと違いますが、業務ビルをホテルに変えたものです。写真左は、電話会社だったビルです。こちらは表通りですが、奥行き20m、幅が40mぐらいの非常にコンパクトなビルです。これを丸ごとホテルに変えてしまって、200室を収容するものです。これはシアトルにありました。

●2番めのアートということで紹介する二つの事例です。これもシアトルでして、今年9月にオープンしたものです。ビル丸ごとアート関連にしてしまったのですが、全体は9000m2あります。約18億円を投じて改修したのですが、この地区はパイオニア地区といいまして、ギャラリーが30ぐらい集積しています。アートで食べている町、それが町の特徴なわけです。ただし、ここの家賃がどんどん値上がりして、アーティストがほかに移転してしまったという背景がありますし、もう一つ、地震があって追い出されたアーティストもたくさんいらっしゃるわけです。そういうのを見かねまして、NPO会社アートスペースプロジェクツというところとこのパイオニア地区のコミュニティー協議会が手を組んで協力し合って、行政機関からこのビルを借り受けて再生事業に当たったと聞いております。
 このビルの上が居住スペースです。アーティスト・ロフトと書いてありますが、アーティストの家族に限って入居できるようにしています。基本的に、アーティストのかたは所得が多くないので、そういうかたがたでも入居できるようにという形で、低廉な家賃で住宅を提供しています。50戸提供しているわけです。アーティストは若いかたもいらっしゃって、全体で50世帯、15人の子供が生活するようになったわけで、幅広い年代のかたがたがここに住むようになったということがあります。

●その下の1〜2階の部分はいわゆるギャラリースペースで、3000m2あります。これもアート関連のものに限ってレンタルするというスペースになっているわけです。
 こういう活動を行っているNPOのアートスペースプロジェクツという団体は、アメリカのシアトルだけではなくて、アメリカの9都市でこういう事業を行っているということを聞いております。周りにギャラリーがあって、すごく創造的な刺激が得られる所にアーティストが集まってきているということです。

●最後の絵は、バンクーバーのグランビル島です。もともとは島ごと工場だったのですが、工場がどんどん移転してしまって、空いてしまったのです。今でもセメント工場が一つだけ残っていますが、あとは工場の建物をそのまま使ってアート関連のものを集積させている例です。位置関係からいうと、ここは潟なのですが、潟を挟んだ所に都心がありますから、金沢でいうと市民芸術村の辺りになると思います。しかも、建物をそのまま使っていますから、まさに市民芸術村のような位置づけになると思います。そこに、エミリー・カー造形美術大学がありまして、その学生たち、先生がたが使う制作工房がここにあります。それ以外に、赤の星印の所ですが、ギャラリーショップなどがこういうふうに点在しています。制作スタジオで作るわけですが、制作スタジオもたくさん用意してあります。そういう形で、町としてマーケットがあり、コミュニティーセンターもあったり、ホテルもあったりするのですが、中核はアートです。これはビルのコンバージョンというよりも地区のコンバージョンになるのですが、そういう形で町中にアートを展開する、作る人を町中に呼び込むという政策をやって、成功している事例です。以上、話題提供でした。

(大内) ありがとうございます。 皆さん、イメージがはっきりしてきたのではないかと思います。実は私たち両水野さんといろいろな議論をしました。ご存じと思いますが、都市計画的には、例えばこの南町あるいは百万石通りのビルが老朽化しておりますが、完全にスクラップにして建て替えるということであれば、総合設計制度というような仕組みを使って、例えばセットバックしていただいて、そしてその分、容積をボーナスで差し上げるようなシステムはもう現状では動いておりまして、全国各地でそういう種類のものがあるわけです。しかし、現実にはそんなことをとてもではないが待っているわけにはいきません。先ほどのお話にもありましたように、3〜4割という空き室がある以上、そういうことを待っているわけにはいかなくて、何らかの形で現状のビルに別の価値を付加する、あるいは別の価値に転換するということをかなり大胆にやらない限り、このにぎわい回廊が再生することはないだろうということで、今回水野先生からも具体的にご提案がありました。
 私たちは、特定のビルのオーナーのかたには全く断りをしておりませんので、別にそういうつもりで判断していただかなくてけっこうなのですが、例えばこういうことがあるであろう、そして行政的にも何か支援する仕組みがないであろうかということをご提案したわけです。
 それでは、まず初めにこのテーブルの皆さんからコメントなりご意見なり、あるいはさらにこうしたらどうであろうということを頂きたいのです。先ほど、丸の内の中通りのお話が出たと思いますが、昨年木虎さんに来ていただいて、だいぶその辺のご紹介を頂いて、それが私たちにとっても刺激になりましたので、木虎さんからちょっと具体的なコメントを頂けるとありがたいです。

(木虎) 三菱地所設計の木虎です。先ほどご紹介いただきましたように、昨年、横にいらっしゃる水野先生と、日本でコンバージョンの第一人者であります東京大学の松村先生と3人でパネルディスカッションに参加させていただきました。
 多分、私が呼ばれたのは、先ほどから話が出ております丸の内の事例のことであると思います。ご承知のとおり、丸の内も今日のテーマである都市の風格といった意味では非常に建物が整って風格はあったわけです。しかし、それが本当に人を呼べる風格であったのかといった意味では、ビジネス空間の提供の競争力からいいましても、非常に後れているということで、新しく丸ビルを建て替えるということと、私はリニューアルの設計がメインにしておりますので、先ほどからお話が出ておりますように、金融店舗が統合され相当空きスペースができたと。三菱地所は今、組織が分かれておりますが、そちらのほうでもSC事業部というところがありますので、どうすればお客さんを呼べるだろうということで、そういった店舗にコンバージョンをして、それが現在もまだ継続しております。先ほど写真で見ていただきましたように、最近ではお母さんが赤ちゃんを連れて、乳母車を昼間でも押して歩くような、そういった空間になってきております。
 コンバージョンというのは、日本の場合、話が非常に多岐にわたっているといいますか、すぐオフィスビルを住宅にコンバージョンとか、金融機関の店舗を商業空間にということになっております。確かにそれはそれでいいのですが、人を呼び集めるとか何とかといったときに、先ほどから水野先生のご提案にもあったように、街としての回遊性というのが非常に重要です。これは丸の内でもそうです。どうやって人を呼ぶかというのにはいろいろな仕掛けもありますが、インフラとしての回遊性、つまり安全さ、利便性、快適性といったものを、いわゆるハードの部分でも作っていかなくてはいけないのです。
 それについては、今日、私は空港から街に入るときに車でずっと武蔵が辻から香林坊の方へ来たのですが、武蔵が辻の辺りから見ますとほとんど緑も何もなくて、この歩道を歩いているかたはどうなのだろうと思いましたが、香林坊それから広坂の方にだんだん行きますと緑が増えてきて、やはり落ち着いてくる空間になっています。
 丸の内も単に店に変えたということだけではなくて、先ほどのご説明にありましたように、歩道空間を広げました。わずか両側で1mずつです。それから、車道も含めまして、仕上げをアスファルトから外国産の石張りにしました。そういった、いわゆる人が歩きやすいといった仕掛けをしないと、単に店を呼んで、それがうまくいくかというとそうではないのではないかという気がしております。
 ですから、非常に現実的なご提案といいますか、水野先生の提案でセットバックするというこの手法は確かに昔からありますが、実際にこれを進めるというのは建物を持っておられるかたとか、行政のほうとか、いろいろ重要な大変なことがあると思います。しかし、そういったことで推し進めていきまして、本当に人が歩きやすい空間、緑の空間というのを、地球環境問題のほうからいいましても、私ども、今、建物を設計するときに屋上庭園や壁面緑化といったこともしているわけですから、町に緑というのも非常に重要ではないかと思っております。
 もう一つ、コンバージョンで付け加えさせていただきたいのは、オフィスを住宅にコンバージョンするということなのですが、今までのようなファミリー型の住宅とかといったイメージを少し改めないと、これは成功しないのではないかと思います。昨年、メインのスピーカーでいらっしゃいました山本理顕さんが担当されました東雲の公団住宅などは、5戸に1戸ぐらい、全く従来の発想ではないSOHOを取り込んだような住宅にしたということで、これが非常に高い倍率になっているそうです。我々、コンバージョンというのは、実はいろいろな話が来るのですが、正直いってなかなか実現しません。これは何かといいますと、現実にうまくいっておればそんなことはないわけで、うまくいっていない状況を打破し、さらにコストもできるだけ下げたい。しかもそこに住んでいただくということになりますと、新築の住宅と同じような性能はちょっと無理です。しかし、その無理な中にでもその場所に住んで、もっと別の要素があるのではないか、プラスがあるのではないかといった意味で、極端なことをいいますと、オフィスの中に水回りだけを作って、それでそこに住んで町の文化性や利便性を享受できるといったような形の住宅、新しい住み方というのを若いかたが求められているのではないか。そういったことにうまくマッチングするようにしていかないと、コンバージョンというのはなかなか進まないのではないかという気がしております。
 それから、もう一つ、コンバージョンというのはいろいろな形があります。実は松村先生が中心になられまして、私どもやゼネコンの皆さんで「日本のコンバージョンの事例集100」というのを、去年秋から今年の6月ぐらいまでかけてまとめました。その中にも本当にいろいろな用途があります。また興味あるかたは言っていただきたいと思います。



(大内) 街としての回遊性が必要であるということと、私たちも住宅のイメージを変えて、一体働く場なのか、あるいは寝る場所なのか、生活する場所なのか、これも多分いろいろ複合したものというふうに考えるべき時代にもう来ているのではないかと思います。ありがとうございました。アーキテクチャーの水野さんどうぞ。

(水野誠一) この会議は水野さんというかたが大変多くて、3人が一堂に会するというのは珍しいケースであると思います。自己紹介しますと、私は西武百貨店の社長を10年前に辞めまして、それから慶應大学でソーシャル・マーケティングという教鞭を執っておりました。そのあと、フィールドワークとして政治の世界をやってみないかというので、参議院議員になって6年間やってきたということで、どうも定職が定まらないように見えるのですが、実は一貫してソーシャルデザインをテーマとしてきました。本当に今の時代というのは民間企業だけが幾ら頑張ってもだめであるし、行政が民間企業を無視していろいろな政策を作ってもだめである。また、それと同時に今度は社会、市民という要素が非常に強いファクターになってきています。それで、そういう三者をいかにスムーズに回していくか、連動させていくかということが私のテーマで、そういう視点からも今日のお話というのは大変面白く聴かせていただきました。
 特に、コンバージョンという言葉が今日は出てきたのですが、私は21世紀というのは「リ(re)」の時代、つまりリセット、リサイクル、リユースという時代になってくるのではないかと思います。つまり、20世紀に本当に科学が一方的に発達し、また経済も大きく成長している中で、環境問題や資源問題で大きな矛盾が出てきています。経済も右肩上がりの成長を永続的に進めていくというのは今までの観念では難しくなるという中で、恐らくリユースやリセットという考え方で、20世紀に作ったものをもう一度見直してみるということが大変重要ではないかと思っています。
 私は、もう一つ、文化活動の中では日本文化デザイン会議という会議の中で主要メンバーの一人として動いておりますが、文化とこういったまちづくりというものの関連性というのが非常に重要であるということです。もう一つ別の組織で日本デザイン機構というのがあるのですが、そこでは「マイナスのデザイン」という活動のテーマを来年から掲げ始めます。これは何かというと、一つはリセットやリユースという「リ」のイメージとこれは非常につながります。今まではすべてプラスで作り足す、あるいは新しく作るということをどんどんやってきましたが、先ほど看板を撤去するというお話のご紹介があったように、これからはむしろ余計なデザインや建造物を壊して、少しマイナスしていかないと、あまりにも20世紀にいろいろなものを作り散らし過ぎてしまっているのではないかという発想の転換です。その辺が、私は非常に重要であると思っているのです。今日の皆様のお話の中で非常にそういう部分について意識を持ったご提案があり、私はいろいろな地方都市の再生にもお手伝いしている中で、さすが金沢であると思って拝聴いたしました。
 それで、もう一つ、一つのヒントとして申し上げたいと思うのですが、文化と文明というのが21世紀においては非常に重要なキーワードになると思います。今までの都市計画や都市工学といわれているものは、どちらかというと文明論の中で議論されていたということが多かったと思うのですが、21世紀というのは文化という視点をどう文明と絡み合わせていくのかということだと思います。私は文化、文明というのを織物でいいますと、文化が脈々と続く伝統の縦糸で、これに対して文明というのは横糸であって、その時代その時代の最新の科学技術であると思うのです。その二つが織り合って初めて魅力的な織物になっていくということから考えたときに、金沢というのはその両方の要素をしっかりとお持ちになっています。
 私は金沢工大というのは大変尊敬している一つの学校です。というのは、非常にユニークな経営といっていいのかどうか分かりませんが、全国これだけいろいろ私学がある中で、金沢工大の方針が大変ユニークだと思います。また、それが金沢の伝統的なものとうまく折り合ったときに、これはかなり面白いまちづくりというのが実際にできるのではないかという感想を持ちながら、今日、伺わせていただいたということをまずお話しさせていただきました。

(大内) ありがとうございます。重要な指摘、視点ということを評価いただいたと思うのですが、半田さん、実は今回私たちがこういった提案を具体的にしたときに、例えばビルの1階が中抜きになるとか、あるいは建物を壊すわけではないのですが、実質的に1階をかなりオープンスペース化していただくということで、これはいろいろなお願いをしなくてはなりませんが、一体、金沢の経済界のかたたちに使っていただけるのかということをシミュレーションしなくてはいけないわけです。あるいは、金融機関のように天井高の非常に高いようなビルを、もし何らかの形で公共に提供していただけるのであれば、何かやりますというかたがいてくれないと旗を振ってもしようがないわけです。実は、経済同友会の中に都市政策を勉強する会合があって、その皆さんと私たちは議論をしてみましたので、その担当でいらっしゃいます半田さんからちょっと紹介をしていただきます。

(半田) 金沢経済同友会の都市活性化委員長を務めております半田です。よろしくお願いします。今回、この金沢学会に当たって、武蔵から香林坊の間にどういった形のものがあればもっと人が集まるというか、交流人口のようなものが増えるかということで、一度委員会を開いて議論させていただきました。今の現状を見ると、非常に歩きにくいというか、そこへ行く必要が一つもないということです。銀行などもすべてATMでありますし、今、株式にしてもインターネットで十分やれるわけなので、普通の人は本当に行く必要がない。お勤めになられているかただけであろうと思います。車の便、バスの便などといったものを含めて、両側にあるデパートを抜かせば、我々金沢に住んでいる経済人とすれば、全然行く必要がない町になってしまっているということです。それを1階を店舗にして、本当に行くようになるのかどうかに関して言うと、僕は現実的にはなかなか難しいところもあると思います。ただ、歩いてすてきな空間ということであれば、例えば香林坊は非常に金沢の中でもおしゃれな町でもありますし、またはブランド物というものをこれまでそろえてきていると思うのです。そういった中で、ギャラリーにしても、美術品にしても、または輸入品の家具とかといった見て楽しめるようなもの、または買うか買わないかは別にしても、そこを歩けばかなり楽しめるようなもの、それからおしゃれなレストラン、それも夜まできっちりやっていて大人が楽しめるような空間ができれば非常にいいのではないかということは、意見の中では出てきておりました。
 先ほど水野雅男さんの話に出てきましたが、そんなに古くはないですが、銀行で最近の近代的なビルとまた違った非常に趣のあるビルが幾つか残っておりますので、そういったものを例えば何かに作り変える、または売却するまでに期間があるのであれば、暫定的な期間を切ってでも、何年間かそういった中で、例えばバス停に使う、または中でレストランをする、またはミニショッピングセンターのようなものにするとか、そういったようなことは可能ではないかと思います。今のまま、だれも居ないままで残していくのは、僕は非常にもったいない気がちょっとしております。
 それから、広坂のほうはこれから金沢能楽資料館も作られて、工芸とかいろいろな面で集積度合いが非常に高まっていくと思われます。今見ていると、4棟ぐらいは空いたビルがあるようです。武蔵−香林坊間と違って、どちらかというとペンシル形のビルで、ワンフロアにアーティストのアトリエや工房プラス住居というSOHOのような形で、うまくアーティストのかたに借りていただけるような仕組みを作れば、かえって広坂の空きビルのほうがそういった形のコンバージョンはしやすいということも考えられます。
 また、美大にもファッション学科の大学院ができる、金沢工大のほうも金沢工大といいながら、実は金沢よりかなり遠い所にあるといったようなことで、町の中にできれば丸ごと1棟買い取っていただいて出てくるとか、何かそのようなこともあれば、非常にいいのではないかという、大体こういった意見でした。

次頁につづく

トップページへ戻る