野村万之丞
金森千榮子
 
●野村:「金沢のこころ」がテーマですが、心と経済は別 な入口です。要するに心から一方通行になってくればいいものを、今までは経済から一方通 行になっていて、心の方に進入禁止の札があっただけのことです。経済的な話からしないと、今までの習慣上、なかなか満足できない。大河ドラマを誘致すると1年間に600億というお金が一つの県に落ちてくる。これは「毛利元就」という、初めて小大名を扱った番組で実証されたのです。
来年は「利家とまつ」が放映されるわけですが、皆さんはいったい600億をすくうだけの茶碗やコップを用意しているのでしょうか。何も準備されてないプロデュースされてない街に、いくら国内旅行が盛んとはいえ、老夫婦が何人来るのでしょうか。いくらのお金を使うのでしょうか。
実際に私は、百万石というブランドを捨てましょうと動き始めています。来年からは「加賀の国」というブランドを立ち上げることにしています。その加賀の国は和風ではなくて、加賀風だと。加賀風という風流、風情、風体、異形のもの、色などが出てきたらいいのではないかと。でも、安いのはだめですよと。金沢は生活産業を伸ばすよりも、趣味の産業を伸ばしていった方が絶対に当たっていく。例えば九谷焼にしても塗り物にしても、アッパークラスのものです。

■老舗をどう維持刷るか
●野村:老舗をどのようにして維持していくかが、やはり金沢の大きなテーマではないかと私は思っているわけです。金沢も老舗がクオリティを上げながらうまく活用してやっていかれればいい町になる。
この町の文人墨客から政治家あるいは武士などいろいろな人を見ると、ヒンドゥー教の三つの神様と同じように、創造と維持と破壊を非常に繰り返しているのではないかと思います。最近、金沢には破壊者がいない。破壊しなければ創造ができない。それを今度はキープ、維持していかなければならない。それをすると形骸化するから、また破壊する。壊してつくって維持する。このぐるぐる回るいい回転を金沢にもう一度植えつけるためには、ぜひ破壊からした方がいいというのが、私の今日の提案です。いかがでしょうか。
●金森:私は、この金沢は46〜50万人くらいの町で住むにはほどよい町だとは思います。ところが、逆の言葉でいえば大変にうっとうしいことです。一声言えば、すぐわかってしまうということのうっとうしさです。何となく伝統という名前にすり替えて守っていけば安泰ではありますが、では次にどうつなげていくかという作業を怠けている面 があるのではないかと私は思うのです。
●野村:来年がすごくいいチャンスだと思います。大河ドラマには七月のおしまいまで金沢は出てきません。4月のおしまいか5月の頭に福井くらいがやってきて、急に能登の方に行って、7月のおしまいか8月くらいになるとやたらに出てくるのではないでしょうか。その7月、8月、9月になったとき、アリとキリギリスと同じように行動する。これだと金沢の一番「だら」なところになってしまう。
●金森:「だら」なことにならなければいいですが。
●野村:金沢人というのは鏡花にしても誰にしても、ものすごく先駆的な目を持っていました。しかも技術に裏打ちされた創造的見地を持っていた。ときには、破壊してもいいという心構えがあった。きっぷの良さがあった。しかし、そのきっぷが悪くなってしまっているという気がします。違いますか。
●金森:確かに旦那衆というのがいて、旦那衆がやはり若い者に遊びを教えたと思います。
●野村:みんな人間は、今、不安を感じていて、「えいやっ」とやって「成功したのか、もう一人くらい成功すれば自分もやろうか」と思うときがあるのです。
一番多いのは名古屋人です。名古屋は最初にドームを計画したのです。「ドームを造るぞ」と言わないで「ドームを考えています」と言って。東京ドームができ、福岡ドームができ、そして大阪ドームができてから、いよいよやろうと名古屋ドームを造ったわけです。これと同じようなことは金沢にないのでしょうか。
●金森:この町は長い間冒険ということを忘れている。冒険というといかにも損か得かのように出ますが、ここいらでしないと。今、ちょうどいいころに来ているのではないかと思います。
●野村:記憶という言葉を使うならば、見えない本質をうまくリメイクアップして、しかも未来に残せるような形をつくっていく方法を、技術を通 してやっていくことはできないでしょうか。
●金森:できると思います。
●野村:これはすごい技術だと思います。

■血が出る覚悟も必要
●金森:それは何の傷もつかず、きれいな皮膚のままに事が行われると考えているならばやめた方がいい。大動脈までは切らないまでも、やはりどこかで白い布をあてるほど血が出るかもしれない。けれども、どこかでするということが私はとても大事だと思います。
●野村:今、この21世紀は本当に改革の時代で激動しているでしょう。敏感でない人は今までと同じだと思っているが、20世紀とは大いに違う世紀が始まっているのです。ことに僕らの40代、子どもがいて、親もまだ生きていて、親も大体昭和一けたから二けたにかからんとするものすごいところ。その人たちがまだみんな70代で、かさぶたになって残っているのです。新しい皮膚が下から出ているのに、みんなかさぶたになって残っているのです。
これは「老害」という言葉にもちろんなっているのですが、下の皮膚が押し出す力が弱いのです。40〜60代が押し出してあげれば、ちゃんと退いてくれます。
●金森:昔はいろいろな人が一軒の家に出入りしました。それがなくなった分、異質な声がなかなか聞こえないのです。それで、今はこうなのだとかいう切口がみんなまんべんよくなってしまったわけです。そうするとだんだん自分の決意がなくなるのではないでしょうか。だれかの決意をお借りした方が楽ですから。

  
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