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講演A「新型コロナウイルスの正体と共存への道:我々は何を間違えたのか」


























宮沢孝幸氏 (京都大ウイルス・再生医科学研究所准教授)

●プロフィール
東京大学農学部卒。1990年に獣医師国家試験合格。同大学大学院農学生命科学研究科博士課程に入り、93年に同大学博士(獣医学)取得。同大学大学院農学生命科学研究科助手、帯広畜産大学畜産学部獣医学科助教授、京都大学ウイルス研究所附属新興ウイルス感染症研究センター特別教育研究助教授などを経て、2016年より京都大ウイルス・再生医科学研究所准教授。56歳。
 
宮沢氏の講演要旨は次の通り。

大昔から「ウィズコロナ」
対策と経済の両立肝要 

 ウイルスの特徴からお話しします。ウイルスは基本的にはタンパク質と核酸からなる粒子です。細菌は適度な栄養と水分があれば自らの力で増殖できますが、ウイルスはDNA、RNAの核酸からなる遺伝子と、それを囲むタンパク質の殻しか持っていません。タンパク質を作る工場を持っていないのです。
 そのためウイルスは細胞にくっつき、その細胞に遺伝子情報を渡すことで増殖していきます。自らの力で増殖できないので、生物と無生物の間と言われることもあります。
 ヒトの新興ウイルス感染症は全て動物由来です。ヒトはさまざまな動物に囲まれて生活していますが、動物はいろんなウイルスを持っています。たとえば、はしかの原因となる麻疹ウイルスは11世紀ごろにウシからやってきました。エイズウイルスは2種のサルのウイルスがチンパンジーに感染し、変異したものと考えられています。また、ヒトの新型感染症ウイルスは、本来の宿主においては非病原性であることがほとんどです。

病原性、非病原性の網羅的な研究が必須

 病気を引き起こすウイルスは、実は1%もないと思います。僕は非病原性ウイルスを研究しています。がんの転移を止めるウイルスや、アトピーを治すウイルス、有害な菌の増殖を抑えるウイルス、さらにヒトの進化に関係するウイルスなどを調べています。ただし、研究費はほとんどありません。
 ちょっと脱線しますが、2000年代以降の、国による「選択と集中」の政策によって大学の研究費が大幅に削られています。既得権益というか、一部の人しかまともな研究費はもらえません。日本の大学の国際競争力は落ちていく一方です。そうした中でも懸命に研究を重ねています。
 新興ウイルスって予測できるのですか、とたまに聞かれますが、病原性ウイルスだけを研究していても予測はできません。繰り返しになりますが、ヒトの新型感染症ウイルスは、本来の宿主においては、非病原性であることがほとんどなのです。予測には非病原性を含めた網羅的な研究が必須です。

インフルと異なりゆっくりと変異

 続いて、新型コロナの起源と性質についてお話しします。新型コロナウイルスの正式名は「SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス2型」と呼びます。
 遺伝子はRNAの核酸からなっており、インフルエンザウイルスと同じです。しかしインフルエンザウイルスと仕組みが異なるため、ドラスチックな変化は起こりません。新型コロナウイルスはRNAウイルスとしては非常にゆっくり変異が進みます。
 ウイルスが変異すると、強毒にも、弱毒にもなりえますが、流行するのは弱毒のものです。たまに高病原性鳥インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)をあおるテレビ番組などがありますが、強毒なウイルスほどパンデミックになりえません。感染すると、苦しくてせきも出ませんし、歩けませんので、感染は広がりようがないのです。


弱毒のSARSの印象

 今回の新型コロナウイルスは、ヒトに感染症を引き起こすコロナウイルスとしては8番目となります。まず風邪を起こすウイルスが四つあり、SARSウイルス、MERS(中東呼吸器症候群)ウイルス、中国で見つかった下痢を起こすコロナウイルス、そして今回の新型コロナウイルスです。
 新型コロナウイルスはSARSウイルスと同じコウモリ由来のものです。先ほども申し上げましたが、新型コロナの正式名は「SARSコロナウイルス2型」です。SARSウイルスの亜種であり、分子生物学的には十分に既知のウイルスと言えます。ほぼ同種と言っても過言ではなく、SARSウイルスが弱毒化されたものという印象です。感染に必要な受容体も風邪を引き起こす旧型のコロナウイルスの一つと同じです。
 コロナウイルスとヒトとの関わりを紐解くと、最初のコロナウイルスは1968年に発見されました。これはその存在が明白に認められたという意味で、僕は旧型のコロナウイルスの遺伝子解析などから、11世紀、平安時代の頃から既に存在していたと思っています。最近「ウィズコロナ」って言葉をよく耳にしますけど、我々は大昔からずっとウィズコロナだったんです。いまの状況は、風邪を起こすコロナウイルスが四つから五つになっただけ、あるいはコロナウイルス同士の入れ替え戦をやっているだけという感じです。


100分の1作戦を

 新型コロナ対策としては「100分の1作戦」を提案しています。新型コロナウイルスが細胞に感染するには一定数以上の数が必要であり、疫学データなどからウイルス量を100分の1程度にすれば感染が成立しないことが明らかだからです。
 新型コロナの感染経路は接触、飛沫、空気の三つです。常にしっかり換気する、目・鼻・口を触らない、帰宅したら手洗い、人と会うときはマスク、これで対策は十分です。


感染は「目玉焼きモデル」

 新型コロナの感染がどのように広がるのかを示す「同心円モデル」、別名「目玉焼きモデル」というものがあります。目玉焼きの黄身の部分は、実効再生産数が1を上回って感染が拡大する部分、白身の部分は実効再生産数が1を下回って感染が収束する部分です。実効再生産数とは1人の感染者が平均何人にうつすかを示す指標であり、感染日を推定するなどして、患者の発生動向からはじき出されます。
 この同心円を五つのゾーンに区分けします。@は特殊な夜の街に通う人など、Aはかなり騒々しい飲食店を利用する人など、Bは普通の人、C100分の1作戦を理解している人、Dは巣ごもりの人を指します。@Aが黄身の部分で、BCDが白身の部分です。
 このゾーン@Aに伝達可能な感染者が出ると、@Aに感染が広がります。感染を火事にたとえると、@Aは焼け野原になります。Bも類焼します。しかしゾーンBCDに伝達可能な感染者が出ても感染は拡大しません。なお、欧米は生活習慣の違いから黄身の部分が大きいので、感染が一気に広がりました。
 寒くなってくると、ウイルスが壊れにくくなる半面、ヒトの自然免疫力が下がるので、Bも黄身の部分に含まれるようになります。また一度感染が広がると集団免疫が成立します。どの国も感染拡大はBで必ず止まります。





不況で自殺者数が14万人増える恐れ

 京都大レジリエンス実践ユニットは、本日のもう一人の講師の藤井先生がユニット長をしている研究機関なのですが、新型コロナに伴う経済不況などによって、今後20年間で自殺者数が14万人増加する恐れもあるという内容のリポートをまとめました。実質GDPが14・2%下落し、失業率が6・0〜8・4%に達するとのシミュレーション結果も出ています。
 一方で、僕らの試算によると、新型コロナの死者数は多くて8000人というものでした。いまのままの経済不況では、新型コロナで亡くなるよりも多くの自殺者が出ることになりかねません。新型コロナが広がってしまったものはしょうがないので、もう受け止めるしかありません。GOTOキャンペーンを停止しても意味はないのです。100分の1作戦と目玉焼き理論を踏まえた適切な対策を行い、経済活動と両立させることが肝要です。