第7回金沢創造都市会議

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全体会議

全体会議 12月6日

美食の街「金沢」の伝統をふまえて、都市の個性に一層の磨きをかけ、
新たな文化創造に向けた取り組みを進める。

全体会議
議長:大内 浩(芝浦工業大学特任教授)











(福光) (福光) 皆さま、おはようございます。今日は朝早くから、打って変わっての金沢らしい冬のお天気になる中、お集まりいただきましてありがとうございます。ご遠来の方、こういうのが金沢らしい良い天気と言うそうです。こういう天気の下でおいしいものがいっぱい取れるということで、プラスマイナスがうまくできております。今日は、今から大内先生に議長をお願いして、全体会議を進めさせていただきますが、恒例により山野金沢市長にお越しいただいています。公務ご多用の中、本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします。それでは、大内先生にお願いをいたします。

(大内) 
今回の大テーマが「クール・カナザワ」ということですので、お集まりいただいたパネラーの皆様からも既にさまざまな提案がありますが、「クール・カナザワ」の本質をわれわれはどのように捉えていけばいいのか、あるいはそれをどのようにクリエートして発信していけばいいのかについて、まず議論をしたいと思います。2015年の秋にユネスコの創造都市会議が金沢で開かれます。世界に対してコンセプトを打ち出していく必要があるわけです。この会議として、ぜひこういうことをそこに盛り込んではどうかという提案の場を設けさせていただきたい。
 もう一つ、「21ラボ」という新しい試みに関して、具体的にどうすればいいかについて、さらに深めたことや、金沢全体の関係者の方で具体的に考えていただきたいことについて議論ができればと思っています。
 
(水野一郎) この金沢創造都市会議および金沢学会は、絶えず金沢について自己確認をしながら、実現できる施策を提言し、それを実行してまいりました。今回は2015年の新幹線開通、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで金沢に世界中から人がやって来るという機会に、金沢をもう一回クリエートできないかというテーマを設定しました。
 2020年としたのは、実現できる、リアリティのあるところを求めたいという意味でもあります。都心に住む、働く、遊ぶという複合機能がない都市は駄目だろうということでした。都心の多機能化という問題を前から議論しているのですが、これを一層強調されたわけです。導入する手法として、オープンイノベーションという形で、金沢人だけが考えるのではなくて、いろいろな人たちと力を合わせて考えていく。特に世界の人たちをこの中に引き込んで議論をしたらどうかということでした。例えば伝統工芸や町家の再生は、われわれ自身よりもよその人の方がより魅力を感じているかもしれない、そういう人たちから新しいエネルギーをもらおうではないかという提案でした。
 クリエイティブツーリズム、あるいはアトリエツーリズムなどをさらに発展させ、自転車を大事にするという提案が出ました。スモールモビリティという概念が出て「金沢は車のスピードを−10kmにしてはどうか」という面白い提案も会場からありました。
 西本さんからはエリアマネジメントという形で、広場や道路の占用許可などを考えたりする話、私の方からは木造都市特区という考え、もう一つはコンベンション都市構想の中で国際会議場が欲しいということです。

(佐々木) 2009年のユネスコ・クラフト創造都市認定以来「文化とビジネスをつなぐ」「創造の担い手を育てる」「世界を引き付ける」という三つの方針を掲げ、着実に進めてきているこの姿を、世界の創造都市の代表に見てもらう、世界を相手に引き付けるということです。2015年のユネスコ創造都市会議に向け、金沢のクラフト創造都市としての姿を通じて積極的に世界に何を打ち出すかが今回のセッションのテーマです。
 近藤さんからは、従来の西欧基準の芸術・文化観に対して、日本人の持つ自然観や美意識を深みを持って世界に発信する、これができるのが金沢だということで、その際に、工芸や人間国宝などに関するフランスとの交流・対話というものを併設しながらやると、その効果は高いだろうとおっしゃっていただきました。 矢崎さんの提案ではCONTINEW LABO(コンティニューラボ)の試みなど、全国の産地、あるいは職人さんとのコラボレーションを進め、イラストレーターと職人とのコラボレーションを事業性・独創性・社会性という観点ですすめるというものです。国内の四つの創造都市がお互いに連携して、得意なところで不得意なところを補い合うという会議の持ち方もあるのではないかと。さらに、恐らく来年、食文化(ガストロノミー)で新潟と鶴岡が入り、さらに浜松が音楽で入りますので、多様なものがそろいます。これだけそろうのは今のところ日本だけだと思います。だから、総力を挙げるような形で、今からその体制づくりに入る。私自身は、金沢でこれまで提唱してきた「クラフトイズム」というものをきちんと世界に示す、つまり20世紀の特徴であった大量生産、大量消費、大量流通の性悪が非常にはっきりしてきたので、それに代わる新しい職人的な文化性のあるものづくりということと、個性的文化的消費がセットになった都市の在り方を世界に発信していくことがいいのではないかと。もともとクリエイティブ・シティズ・ネットワークというのは、都市の創造性と持続可能な発展という二つの大きいテーマに基づいているわけで、都市の創造性とは文化多様性であり、持続可能な発展とは生物多様性ということになるわけです。生物文化多様性という新しい概念を工芸という切り口で提案していくことができれば、学者としては先端的な問題提起になるのではないかと考えています。いずれにしても2015年はもう待ったなしですから、体制づくりに本格的に取り掛かるべきだろうと考えています。

(宮田)「21ラボ」とは「金沢まちづくり・ものづくり研究所」です。それはどんなことをしていくのか。昨日、林信行さんからもこういうキーワード頂きました。21世紀の日本の都市文化をデザインしていくラボだろうと、それを金沢からやっていく。金沢にはいろいろなクリエイティブな歴史があります。この創造都市会議もそうですし、イート金沢もそうです。そこで人とクリエイティビティの財産を築いてきました。これを金沢らしい進化の形として、「21ラボ」という形で実現していこうと。「21ラボ」自体が持つ機能は大きく三つで、サロン機能、インキュベーション機能、問題解決機能が備わっている組織です。「21ラボ」の肝心な部分はフェローシップです。メンバーはイート金沢や創造都市会議などから選任していきます。金沢は、実はそういう人的な財産を持っていて、一つ一つの機能としては、研究調査、ソリューション機能を持ちます。あとはサロン機能というものです。これが金沢の交流創造拠点の活性化機能となって、非常に多彩なネットワークが使えるようになります。それと、インキュベーション機能として、例えば起業を目指す人々を教育したり、環境の面からサポートしたりできるだろうと。
 なぜこれが可能なのかというと、やはり人だと思います。今までイート金沢や創造都市会議でお世話になってきたたくさんの方々、本当に才能豊かで、他では出てこないようなアイデアを持っていらっしゃる方が、今までたくさん金沢に関わってくださっています。それで、この方々もフェローシップとして金沢にこれからも深く関わっていただくようにしていただく。サロン文化というところなのですが、もともと金沢には茶の湯というDNAがありまして、ここに目利きによる価値基準の形成というものがありました。その人たちがそのプロデューサーとなって、交流による価値創造が金沢で頻繁に行われています。金沢には21世紀美術館、イート金沢、創造都市会議というものがあり、基盤はもう出来上がっていると思います。「21ラボ」というのは、今回の「クール・カナザワ」というテーマに照らし合わせると、日本の大人なクールを金沢から全国、そして世界へ伝えていくラボになるのだろうと思います。
 昨日も皆さんからご意見を頂きましたが、こういったものができることで、こういったラボが町やクリエイティブにどんな影響を与えていくのかということを具体的にこれから「21ラボ」で議論しながら、スピード感を持って形にしていくことが大事だと思います。
 こういった形のものが出来上がることで、一つ金沢の新しい都市政策ができていくと思います。また、昨日も最後の方にお話をしましたが、「21ラボ」ができるのと同時に、孫泰蔵さんと私で金沢にGEUDA(ギウーダ)という新しい会社をつくったということも昨日発表させていただきました。実はもう11月に登記が完了しているのですが、尾張町の方に孫泰蔵さんと私でこういう会社をつくりました。ここは本当にベンチャーです。新しい公共とは何かといったものを支援しながらつくっていく会社です。今回のGEUDAと「21ラボ」が密接に関わっていくことがかなり期待されると思っています。この辺のお話を後半に、また少し皆さんの意見を伺いながら議論していきたいと思っています。

(スプツニ子!) 私もフランクに言っていこうと思います。金沢は今回初めて来て、ぱっと思ったのが、大内さんが最近出した本のタイトルにつながってしまうのですが、『伝統もはじめは前衛だった―政策ビジョンづくりの現場から』というタイトルではないですか。私もすごく同意するのですが、金沢に来て、もちろん伝統もあるけれども、前衛から、新しい異端児から伝統が生まれているという認識がすごく根強くあると思ったのです。それが素晴らしいことだと思っていて、来てすぐに、そのオープンさに結構感動してしまったのです。それがやはり金沢を進化させるエネルギーになるでしょうし、あと、既にすごく良い形で、金沢の文化などがブランディングされているのも、やはりその認識があるからということで、金沢だったら、お手本になるような進化の仕方ができるのではないかと私も思いました。
 その可能性を感じたのと、あと一つ、また違う提案なのですが、今、空前の和食ブームが世界中で起きていて、ユネスコでも和食が評価され、ミシュランはフランスの価値基準なのに、フランスよりも日本が一番ミシュランの三ツ星が多かったり、すごく注目が高くて、日本食を学びたい人が世界中にいるのに、英語で和食を教えるとか、英語で旅館のおもてなしを教える機関が日本にはまだすごく少なくて、需要と供給がマッチしていないのです。外国人は日本に住みたい、日本に興味があるのに、どうやってここに来ていいか分からないという現状があるのです。
 私のイギリスの大学の同級生が日本にどうすれば行けるかというリサーチをすると、JETというALTが英語を教えるプログラムぐらいしかないので、それで英語を教えに日本に行くというのです。しかし、それではもったいないなと思っているので、英語ですごく高等な和食教育やおもてなし教育をするプログラムがないか。例えばル・コルドン・ブルーというフランス料理の学校が、1896年創業で100年以上の歴史があって、世界35カ国に「フランス料理とは」という学校を出しているのです。その和食版みたいなものやおもてなしの本校みたいなものが金沢から生まれても面白いのではないかと思いました。

(近藤)金沢のテーマである文化的な価値とビジネスという関連で申し上げたいのは、いかに作り手と消費者や観客をつなぐか。昨日三ツ星のシェフの話を申し上げましたが、気の利いたレストランがなければ、シェフと消費者がいるだけでは物事が起こらない。そのマネジメントをしっかりとつくっていくということと、その役割の一つは、作り手に新しいファッションやデザインを教えるようにエクスポーズさせる、踏み込んでいって、人間国宝クラスの人にも現在の若者ファッションを見せる。その関連でフランスの人間国宝とのサミットということも申し上げました。外部の新しいものの流れに作り手をどんどん引っ張り込んでいくということが一つです。逆に、今度は見る側、つまり消費者や観客、来訪者といった人たちにもう少し見る目を持ってもらう。先ほど目利きという言葉が出ましたが、目利きというものをもっと広めることによって、工芸の良いものの評価が広まる。それは学校で教えることもあれば、家庭やコミュニティで教えることもあると思いますが、単につなぐマーケットをつくるだけではなく、作り手をもっと現代のファッションに合わせる。そして、買う人、見る人を工芸の魅力に引き込むような仕組みをつくっていくということです。
 「クール・カナザワ」のクールについて、今朝ほどもクールではなくてディープの方がいいのではないかとおっしゃった作家の方がいらっしゃるという話を聞きましたが、私はクールでいいと思うのですが、それは単にマンガやアニメが面白くてかっこいいという意味のクールではなくて、日本の伝統の中にはものすごい現代性があるのだということ。あるいは、日本の現代アートの中には、よく突き詰めてみると、日本の中世からの素晴らしい伝統の粋が込められているのだということが分かるということで、ある意味では目利きです。そういう目利きはかっこいいわけです。若い人が「すごくかっこいい」と言うクールは、伝統と現代アートの底流にある本当の本質が分かることがかっこいいのだ、目利きというのはかっこいいのだという意味になるといいのかなと思います。
 その関連で、昨日のご質問の中で私がまだ答えていなかったことがありましたので、一言ずつ申し上げようと思います。一つはスプツニ子!さんの日本人対欧米というどちらかというと二項対立的なアプローチの危険性をおっしゃいました。私も全く同感で、40年間のちょうど半分を外国で暮らして、日本と外国の文化の違う点と同じ点を見てきました。私が昨日、日本人の感性、自然観、美意識をもっと発信したいと言ったのは、それは日本人独特のものであって欧米人にはないからではなくて、人類に共通してあるものにもかかわらず、400年間の近代化で、合理性、目に見えるもの、科学性、理性などに人間がやや傾き過ぎたからです。特にそれを引っ張ってきた欧米の方々は、感性的な部分を少し忘れつつある。その点、日本は異民族の征服もなかったし、近代化も遅れたので、それがまだ十分に残っている。それをもう一度みんなにリマインドするという意味での日本文化の発信であって、違うものをこちらがプレゼントして相手を説得するのではなくて、相手の心の中にあるものを引き出してあげる、そこで共鳴が生まれるという意味での日本文化の発信というのが私の申し上げたかったことです。舌足らずだったので、そこはあらためて修正を兼ねて申し上げております。工芸に対する考え方や自然観は、まさにその典型であろうと思います。対決ではなくて共鳴を呼ぶという意味の発信だということです。
 それから、最後に、福光実行委員長からあったのは、メーンコンセプトとして大きくいくのか的を絞るのか。つまり7分野全部にわたった日本の文化の発信でいくのか、それとも工芸に特化して金沢でいくのかという趣旨のご質問だったと思います。私が先ほど申し上げたコンビネーションとかインタラクションということから言えば、全部に絡んでいるのですが、あくまで焦点は金沢であり、工芸であった方がいいと思います。ただ、その場合でも、金沢独自のもので工芸だけということではなくて、先ほどのように食もあれば、デザインもあれば、伝統と現代の関係もあり、金沢は、日本の町、あるいは世界中の町が抱えている問題と共通のものを抱えているわけですから、金沢と工芸を中心にしつつ、その広がりを見せるという形のプレゼンテーションがよろしいのではないかと思います。

(大内) ありがとうございます。皆さんからいろいろと、さらに突っ込んだ議論を頂けたと思います。今の近藤長官のお話を伺っていて私たちが忘れてはいけないのは、金沢が圧倒的にある種のクールであり得るというのは、ここに長年蓄積されていたり、あるいはここに住まわれてさまざまな活動をされる方が持っている目に見えないノウハウといいますか、そういうことがものすごく大事だということだと思います。食に例えてみますと、それぞれの食材は、今はワールドワイドに、グローバルに動いてしまうのですが、それをどのように良い料理に組み立てていくか、さらにそれをどのように盛り付けて、おもてなしをさらにしていくかというところのノウハウが、ここにはここの独自性のあるものがあるのだと思います。そこを上手にいろいろな方に理解していただく、あるいは日本の他の地方では、同じ素材を使っても違ったやり方があるわけです。
 その辺はデザインも同じだと思います。素材は同じかもしれないけれども、それをどうやって組み立てて、高度なものに組み上げていくかというプロセスのノウハウは、ここにものすごくオリジナリティのあるものがある。そこを上手にこれから金沢で盛り立ててつくり上げていけば、結果的に非常に新しくもあって独自性もあるものができる。そういう形で世界の方たち、あるいは日本の各地の方たちに、金沢の持っているパワー、金沢の持っている独自性を認識していただくということが非常に重要であり、皆さんの共通の話題ではないかと思いながら、今、伺っていました。
 これは食の文化だけではなくて、建築などもそうで、衣食住三つの世界はいずれも同じだと思います。住の世界も、やはりここなりに、同じ木造でも、全国と材料は同じかもしれないけれども、違った使い方なり違った組み方や違った加工の仕方がある。さらにそれをどうやって皆さんが豊かに生活の場として使っていくかというところは、だいぶ違うわけです。例えば同じアジアの周辺国でも、日本食は流通していくかもしれないけれども、日本人や金沢の職人さんがやると、あるレベルのものが同じ材料を使いながら全然違う、ものすごくオリジナリティのあるものができると思います。そこのところにもう少し注目して、私たちはプレゼンテーションしていかなければいけないということだと思います。
 ぜひ矢崎さんにも、ユネスコの創造都市会議に向けて、もう少し突っ込んでご提案いただければと思います。

(矢崎) 私も午前中だけで帰ってしまうのですが、24時間前に金沢に着いたのですが、帰りたくない自分がここにいまして、不思議だなと思って。ひょっとして金沢に観光に来られる方はリピーターがすごく多いのではないかなと。お聞きしていると大内先生もそうですし、皆さんは東京からお住みになられたということで、その空気感はすごいなと思いました。
 昨日も少し申し上げましたが、既に日本の大人のクールというお話もありましたが、ものすごく大きな方向性においては同じ方向を向いておられるし、スプツニ子!さんではないけれども、変革していくということに明確な意思やビジョン、パッションをお持ちだということはすごいなと思いました。皆さんも、このままでは駄目で、何か変えていこうという。私は神戸にいて、神戸がそうじゃないとは言えませんが、既にかなり独特のムードをお持ちだと思います。
 京都との比較でいろいろなお話が出ていましたが、私は母親が京都だったので京都に詳しいのですが、京都に行っても何かこの落ち着きはないのです。「そうだ 京都、行こう。」というキャンペーンがあります。神戸は京都とよく比較されて、「京都へ行くと見るところがいっぱいあるけれども、神戸へ来ても何も見るところがない」とおっしゃる方が多いのです。確かにそうで、観光スポットは古い居留地とか昔の洋館といっても、すぐに見終えてしまいます。あそこは見るところ、行くところではなくて住むところなのです。そこで、「そうだ 神戸、住もう。」というキャンペーンにしませんかと市長にずっと言ってきているのですが、金沢はさらに何か違っていて、「そうだ 金沢、しよう。」みたいな。「金沢する」というのは何だというと、昨日おいしいお料理を頂いたり、カニを頂いたりしましたが、それも「金沢する」ということだし、工芸に触れるということもそうだし、触れるだけではなくて、それを教わるということもそうだし、というようなすごくいろいろな可能性に満ちています。
 私の会社はいろいろな物を扱っていますが、物だけではもう人々の心は動きません。事だというのですが、事だって、ちょっとやそっとの体験はもうみんなしています。外国みたいな外国があっても駄目で、本物の外国にいくらでも行くわけですから、神戸の異人館を見ても、「あ、そう」という感じです。ではもっともっとすごく豊かな体験ならいいかというと、それもいいのだけれど、作る人、売る人、買う人という産業側から見た役割分担に辟易(へきえき)していて、やはり人々は自分がそこにいる意味とか、意味実現といったことをすごく求める時代だと思います。
 そういうことからしても、金沢の持っておられるいろいろなリソースがそちらの方向に向かっていくと、本当に面白い、まさに「金沢したい」というような人々が増えてくるのではないかと思います。

(大内) ありがとうございます。お二方のご都合があるので少し焦ってはいるのですが、スプツニ子!さんのような完全にバイリンガルの方でも、日本の文化や金沢の良さを英語で伝えるのはすごく難しいのではないですか。

(スプツニ子!) そうですね。やはり口頭で伝えるのは難しいです。

(大内) 伝えるのが難しいから、では体験してもらおうと。例えばさっき近藤長官がおっしゃったように、工芸を見せるだけではなくて、素材からそれが出来上がる過程を体験すると、別に説明を受けなくても、何かそこで感じ取れるという世界があります。だから、最初の入り口としては上手なメッセージを発信していくことがすごく大事だと思うのですが、その先で本当に分かってもらうためには、体験しなければ駄目だという世界を上手につくっていくということが必要だと思うのですが、どうですか。

(スプツニ子!) 私もちょうど似たような話をしようかな、手を挙げようかなと思っていたのです。体験しないと分からないことはすごく多くて、これが金沢の良いところですよとメディアで発信していく方法もありますが、もう一つ特に今有効だと思う方法があります。インターネット上には、ファッションブロガーとか、クリエイティブアート建築ブロガーとか、YouTubeの人気チャンネルとか、すごく影響力を持っている人たちがいるので、その個人を金沢に招待して体験してもらって、ブログで発信してもらう。お金も掛からないけれども、その人たちはとても影響を持っているカタリストなのです。
 例えば昨日話した西陣織の細尾さんは、2009年にピーター・マリノというインテリアデザイナーのカタリストと出会って、ピーター・マリノは西陣織をルイ・ヴィトン、シャネル、ディオールのブティックの内装に使おうと決めて大復活したのです。そのカタリストと金沢が出会うチャンスをもっとつくってあげることが重要ではないかと思います。そのカタリストを呼んで体験させて、口コミで広めてもらうということだと思います。

(大内) そうですね。だから2015年には、大変かもしれませんが、全国あるいは世界の市長が来てくださるのも、市長の中にもカタリストがおられるかもしれませんが、今のような、いろいろな意味での新しい発進力を持っている人に来ていただいて、体験していただいて、いろいろな発信をしてもらうという箱というか籠というか仕掛けというか、そういうものも用意されるといい。私たちが一生懸命やるというよりも、彼らが勝手にどんどん発信してくれるという仕掛けは必要かもしれませんね。

(近藤) その関連で、私のペットアイテムでもあるのですが、「アーティスト・イン・レジデンス」、外国のアーティストを住まわせる。2015年に向けて、まだ2年ぐらいあるのかな、外国のアーティストで特にクラフトに関心のある人をたくさん呼んで、金沢の雰囲気の中でインスピレーションを得ながら自分で作ってみて、その作品を展示するという仕掛けもあり得るかなと。終わった後、そういう人たちは本当に金沢が好きになって、われわれがやらなくてもどんどん発信してくれます。そういう体験に基づいたアーティストによる発信が一番効果的だと思います。そういったことも追加的に提案させていただきます。

(大内) どうもありがとうございます。

(林) 昨日もイタリアで「酒道」の活動をやっているマルコ・マサラットの話をしましたが、酒などの日本の文化が大好きで、彼は毎年2回、日本酒ツアーというのをやっているのです。イタリアの富裕層の方を連れて全国の酒蔵を回るというもので、金沢にはまだ来ていないので、来年はぜひ入れてほしいと思っているのですが、そういう人たちと話をすると、確かに伝えるのは難しいのですが、今、麹、純米大吟醸といった言葉は全て、そういうことが好きな世界の人たちは普通に使っているそうです。さっき「金沢する」という話がありましたが、「金沢しやすく」してあげれば、どんどん来るようになると思います。今まで一番の障害の関空や成田に降り立ってからここに来るまでが大変だったことが、ちょうど新幹線で解消する部分もあるので、そういう人たちがどんどん来て、日本から頑張って発信するのもいいけれども、そういった意欲ある人たちが来て、その上で体験して発信できると大きな追い風になるのではないかと思います。
 ユネスコの会議もそうなのですが、ミラノ万博などとぜひうまく連携していただきたいと思います。例えばユネスコの会議にちょっと早いタイミングで出てきて、そこでみんなが見たものをミラノ万博に出す。テレビで見たユネスコ会議の素晴らしい金沢の良さを体験してみたいと思ったら、ヨーロッパの方々はミラノ万博に行けばそれが体験できるといった流れができるといいのではないかと思っています。

(大内) お酒のことを言っていただいたので、今、日本全体の酒蔵が、海外から来られたときに見学に対応できるマニュアルを5カ国語ぐらい共通して持っています。それから酒蔵ツーリズムというのですが、これはアメリカからの仕掛けで、今、全体的に受け入れることになっていて、北陸地域もその準備にもう入っているので、そういうことは割と簡単にできるところまでいっていますので、食文化発信の中にその一部もいくらでも入れることができるようになってきました。ですから、待っているだけではなくて、ミラノ万博に出ていくというのがまた大変面白いと思います。

(水野一郎) 金沢は古都ではないのです。「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」のころに生まれましたので。あのころは伊達政宗も加藤清正もみんな城下町をつくって治めていくわけです。私はよく平均年齢都市だと言います。しかし、金沢が古都と思われたり、歴史都市の認定を受けたりしている理由は、急変や激変を経験していないからなのです。明治維新のときには、明治新政府に賛成するわけでもなく反対するでもなく、じっとしているという状況です。それから、産業革命がどんどん起こるわけですが、第一次産業革命、第二次産業革命にも乗らずにゆっくり後を付いていく。自分たちでできることは何だろうということで、繊維産業が三大機屋とか五大機屋が出てきて、そうやって産業化していく。しかし、それでも国を支えるような大規模な工場は生まれない。ただ、小さな工場でもインターナショナルレベルに達することはできるという極めて内発的な力でずっと来た都市だと思っています。
 そうすると、金沢の良さというのは、江戸もある、あるいはその前の一向宗の時代もある、明治の良いものもある、大正もある、昭和もある、そして平成もあるという歴史的重層性ということだろうと思っています。ですから、「変革だ」と言ってきてしまうと、金沢の良い部分がなくなってしまう危険性もあるということだと思います。
 先ほどから出ている町家の話なども、古い町家は不便で寒くてとか、いろいろあるのですが、やはりきれいで、何て豊かなのだろうと思わせてくれるのです。過去のデザイナーたちはちゃんとした建築家でもないのに、今の建築家よりもずっと良いものを造っているとか、プロポーションが良いとか、そういうものがたくさんあるわけです。そういうものに対して、われわれは何とかして過去の技術を残していきたいと思っているわけです。過去の技術を「変えろ」という力に対して、「残せ」という力があってもいいと思っています。
 クリエイティブというのはそういうことだろう、過去の良いものは残してあげるというのもクリエイティブではないかと思っています。その代わり、自分たちの時代のものは過去と違うものを造ってもいいと。50年、100年たったら自分たちの時代が歴史に残ってくるわけです。あの時代に良いものを造っていないではないかなどと言われては困るということで、建築で言えば、最近、新しい建築として、新しい環境として評価されるようなものがたくさんできてきています。それは21世紀美術館であったり鈴木大拙館であったり、海みらい図書館であったり、市民芸術村などもその一つに入るかもしれません。そういう形で、新しい時代、われわれの時代のものを造ってきているのです。
 例えば金沢駅前のドームをどうするのだといったときに、昔いろいろ議論したときには、あれに瓦屋根を乗っけてくれとか、兼六園のミニチュアを作ってくれとか、いろいろな案が出たのですが、そうではないのではないかという議論をたくさんしたのです。今の新幹線が来るという時代には、やはりそれにふさわしいわれわれの時代のものを造ろうではないかということで、ビニール傘だということであのアルミドームができてくるわけです。そういう他の駅では駅を降りたらすぐにタクシーが並んでバスが並んでいる、そうではないのだ。人間を迎えるために傘を差してあげている、それが金沢なのだというストーリーをつくるわけです。そのときに造るものは、今の時代の、今の価値観で、今の技術でいきたいと思うわけです。
 歴史的重層性というものを大事にしていくということと、われわれの時代のものを造るということの二つがあるということであって、過去の良いものをどんどん変えていってしまうのは怖いのです。怖いというか危ないのではないかと私は思っています。

(大内) また大変大事なご提案で少し話が立体的になってきたように思っていますが、山野市長もぜひわれわれと一緒のフロアでご発言ください。

(山野) どこのタイミングで入ればいいか分からなかったのですが、振っていただきましてありがとうございます。まず行政的、テクニカルな話を早口で言った後、自分の体験に即したお話をさせていただければと思っています。
 まず町家の旅館うんぬんの話が出ました。実は金沢市も、歴史的建築物活用ネットワークというのが国の方であって、そこに入っていて、建築基準法や旅館業法の改正を含めた特区に声を上げていました。残念ながら、今、法改正までには至らないようではありますが、先駆的に既に幾つも民間の皆さんが工夫をしながら町家を改修して、レストランにしたり、住まいにしたり、工房にしたりしておられて、行政はそれに対して支援をしたりしています。これからも粘り強く国に働き掛けると同時に、その運用を工夫しながらさらに進めていきたいと思っています。
 それから、ユネスコの創造都市ネットワークの世界会議の件です。勉強不足だったのですが、佐々木先生の話を聞いて、市長サミットをぜひ金沢でやりたいと思っています。幾つかクリアしなければいけないことがあると今お聞きしましたが、やはり市長サミットは意味があると思っています。先ほど先生にご紹介いただきましたように、ソウルで私がプレゼンをさせていただきました。やはり市長が、トップがあそこで意思表示をしたということは大変意味があったと思っていますし、それは大事なことだと思っています。金沢で、日本で初めての創造都市世界会議が行われる、そこで関係都市の市長、もしくは副市長が全員顔をそろえて意思表示をするということは、その会に重みを持たせると思いますし、世界会議ですから、世界に対しての発信という意味では大変意義があると思っています。
 これは金沢単体でできるものではありませんが、実は今、佐々木先生からご提示いただきましたように、今、創造都市ネットワーク日本というものをつくっています。創造都市は、既に神戸、名古屋、金沢がそうですが、今、幾つか精力的に取り組んでいらっしゃるところもあるということもお聞きしております。実は先般、高松市で講演を頼まれて、高松市の講演のテーマが、これから創造都市を目指していくという話をぜひしてほしい、どんな取り組みをしてきたのか、今後どのようにしようと思っているのかの話をしてほしいということで、その話もさせていただきました。今、オフィシャルに名前が挙がっていないところでも、思いを持っている自治体が幾つもあるのだなということもあらためて感じます。そういう市長や副市長に集まってもらい、ネットワーク日本として力を結集し、オールジャパンの中で声を上げていくことが大切なのではないかと思っています。
 「21ラボ」のお話が出ました。経営者の皆さんばかりなのでご理解いただけると思いますが、経営戦略を立てなければならないというころで、2年間かけて学識経験者やまちづくりに関わっていらっしゃる経済人の方や市の職員などが混じりながら議論をして、「交流拠点都市」というキャッチフレーズにさせていただきました。言葉自体は陳腐かもしれませんが、大変意味があると思っています。今、戦術的なもの、会社で言うところの経営指針的なものを一生懸命もんでいるところです。その一つとして、価値創造拠点の整備を今考えているところで、宮田さんをはじめ、皆さんがご提唱いただいた「21ラボ」が間違いなくその中核になってくると思っていて、今、そのことにも、一緒に相談しながら取り組ませていただければと思っています。
 最近経験したことで、なるほどと思ったことを二つ三つお話しさせていただければと思います。町家のことで、実は僕が知っているある経営者の方が、町家に住みたいという思いがあって、古いところをお買い求めになられました。昭和の頭から明治、大正の終わりぐらいではないかと言っていましたが、どんなふうに直そうかということで、自分がよく知っている設計士に来てもらって、天井裏などに全部入ってもらって見てもらったら、その方が「社長、この家を直して住もうと思ったら、新築するのと同じだけのお金が掛かるよ。だからこれは壊して新築した方がいいよ」とおっしゃったそうです。がく然としたそうです。またしばらくして別の親しい設計士に見てもらったら、「社長、この家で住もうと思ったら新築するのと同じだけのお金で直せますよ。絶対にこれを残して直した方がいいよ。こんなものはもう二度とはないですよ」と言われて、大変意を強くしてその方にお願いをして、今、住まいをできるようにしました。そういう意味で、僕は価値観ではないかと思います。
 最初の設計士の方も僕は立派な方だと思いますが、どうせ同じお金を掛けるのなら、最新の設備の中で快適な空間の中で生活できるようにした方がいいですよという価値観をお持ちなのだと思います。それは一つの見識だと思います。後の設計士の方は、同じお金でこの空間を生かしながら快適な生活環境を提供することができますよ。ちょっと不便なところはあるかもしれないけれども、それも一つの文化ですよという思いでおっしゃったのではないかと思います。やはりこの価値観も大切にしていかなくてはいけないなとあらためて感じました。
 もう一つ、つい先般、2週間ほど前にあるプロジェクトチームの方がいらっしゃいました。桂離宮を造ったときに利常公の娘さんがお嫁に行かれて、加賀藩も相当お金を掛けて桂離宮を整備していたといいます。襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)を整備していたときに利常公がお金を掛けて、二俣和紙などを使いながら屏風をきれいにしました。いろいろ整備をして桂離宮が完成したわけですが、長い年月がたっていろいろな修繕が入っていく中で、昭和40年代の修繕のときに、その屏風を直すときに、どんな理由か分かりませんが、残念ながら金沢の和紙は使われずに、越前和紙も立派な和紙なのですが、越前和紙を使われたのです。そのことを金沢のそういう仕事に関わっている方たちが何年か前に初めて知って、残念だ、われわれでプロジェクトチームをつくってぜひまた使ってもらおうということで、襖、藍染め、和紙などのいろいろな職人さんにたくさん集まってもらって、サンプルができたと僕のところに持ってきてくれたのです。
 そのときに言っていたのが「市長、残念なことが1個あるのです。藍染めでこれだけのレベルの職人が金沢にいなかったのです。だから京都の職人さんに頼みました。大変残念だけれども、ぜひ金沢で全部完結できるようになればいいなと思っている」とそのプロジェクトチームの皆さんはおっしゃいました。僕はそのとき何も言えませんでしたが、それでもいいのではないかなと思いました。僕は調べてはいませんが、恐らく利常公や綱紀公が何かやるときには、全部が全部加賀藩だけの職人でやったのかもしれませんが、江戸や京都や大阪の職人さんに来てもらって、場合によってはそのまま加賀藩に住んでもらって、それが地元のレベルアップ、ブラッシュアップになっていた側面もあるのではないかと思うのです。今回は京都の職人さんに力をお借りしたわけですが、その職人さんにこちらに来てもらってまた教えてもらったり、また学んだり、場合によってはお住まいいただくこともあるかもしれません。そういう拠点都市になり得るのが金沢という都市ではないかと思いますし、それが交流拠点都市ではないかと思います。その拠点になるのが「21ラボ」なのではないかと思いました。そういう経験を踏まえながら、政策として具体的に反映していければと思っています。

(大内) ありがとうございます。今、市長から熱い思いというか、「クール・カナザワ」といっても多分ナショナリズムではないのです。さっき佐々木先生から、創造都市で非常に大事なのは文化多様性というお話がありましたし、継続性というのは生物多様性につながると思います。難しいコンセプトではありますが、そのときそのときに最先端の知恵をお借りしながら、それを飲み込んでクリエートしていくということが重要で、そこにむしろ金沢のパワーがあるのだと思います。まだご発言いただかなかった方。孫さん、どうぞ。

(孫) 私の方からは、ぜひネクストステップとしてこのように進めていったらいいのではないかという提案を一つさせていただきたいと思います。今回の一連の議論の中でとても良いアイデアがたくさん出ていると思うのです。それを全部やった方がいいと思いました。違和感を覚えるようなアイデアや意見はなくて、とてもいいと思いました。なぜそういうふうになれるのかというと、いろいろな方々がいろいろなところからいらっしゃっているにもかかわらず、なぜ「いいね」という感じの空気が充満しているかというと、それが恐らく金沢が持つ精神文化なのではないかという気がしました。金沢に魅力を感じているから皆さんいらっしゃっているわけで、その魅力を感じる人たちが持つ共通の精神のようなものが、ここでスパークしているのではないかという気がしました。
 情熱や理念のようなものは全くイエスですね。しかし、現実にしていかないと意味がない、議論だけしていてもしょうがないという中で言うと、やはり次に行うべきは、私が申し上げるのも釈迦に説法ですが、やはりビジョンをつくっていくことだと思います。例えば、昨日の議論でもあったように、モビリティの問題、クリエイティブツーリズム、アイデアとしては、城内に国際会議場を造ればいいのではないかといったアイデアがあるので、今の技術であれば、さもそこにあるかのような映像を作ることができるでしょう。ビジョンとはまさに視覚に訴えるものですから、言葉で言っているだけではしょうがなくて、まさにそこにもう実現しているのかなというぐらいの映像なり写真なり、視覚に訴えるものを作ると、「これはいいね」「ぜひそうなろう。何でなっていないのだっけ」という魅力的なビジョンがつくれれば、オープンイノベーションという言葉がありましたが、金沢の市民の方々をはじめ、金沢のこういう考え方に共感を持つ世界中のクリエイティブな人たちが、どんどん「僕にやらせてください」「私たちの企業でこういう技術があるので提供させてください」と言ってたくさん集まるのではないでしょうか。そうすると、金沢の財源だけではなくて、いろいろなところからいろいろなボランタリーの力も集まって、あっという間に実現していくかもしれません。
 私は水野先生がおっしゃっていたことにとても共感しています。もちろん皆さんのご提言は全然そうではないのですが、何となく今までの伝統を保存して、大切にしておこうというと、しょうもない観光政策みたいな感じになってしまう。そこに出してしまってはいけないと思うのです。クリエイティブであるということが金沢の精神文化の一つであったとするならば、やはり新しいものをつくっていく、21世紀の初頭の金沢の人たち、もしくは金沢に関わりのあるクリエーターたちがこういうものを作っていたというのを、50年後、100年後、200年後の方々が「これは大事にしないといけない」というようなものを作っていくという方がいいと、もともと思っていました。そういうのも含めて、具体的なビジョンづくりをするということではないかと。実はイート金沢などでも、たくさんそういう映像を作ったり、アイデアを出してそれを具現化したりする方々のネットワークが既にかなりおありですので、この創造会議、もしくは「21ラボ」が事務局となって、そのビジョンを具体的に形づくる。ちょうど2015年がすごく大事な年だということでしたので、そこでどーんと世界に発信するというのを一つ目標にして進めていかれたらいいのではないかと思います。
 先ほど宮田さんの方からありましたが、私も金沢にとても魅力を感じて魅入られていて、今度GEUDAという社団法人を一緒につくろう、NPO的にやろうということです。そこでビジョナリーの育成をしたいのです。ビジョナリーとは、新しいアイデアで、しかも実現可能な技術や知識、ノウハウなどを持って、こういう新しいものをつくると人々の暮らしがもっと良くなる、楽しくなるというビジョンをつくれる人のことです。これからの時代はますますビジョナリーの重要性が高まると思っています。それはどうすれば鍛えられるのか、そういう学校があるわけでも、カリキュラムがあるわけでもないので、私たちも試行錯誤ではあると思うのですが、僕らも一緒に学びながら、そういう人が一人でも多く増えればいいなと思っています。
 もともとそういうものをつくりたいと思っていたので、東京でやってもよかったのですが、別に東京でなくてもいいやということで、ぜひ金沢でやろうかということで宮田さんと盛り上がりました。そういったビジョンづくりをネクストステップとして、皆さんのいろいろな知恵や知見を生かして、この会議が主体となってつくっていって、発信をして、世界中の多くの人たちの力をうまく集めるということをやってはどうかと思います。

(大内) ありがとうございます。今までビジョンというと何か抽象的な概念ということで終わっているのですが、今、孫さんがおっしゃったように、それを形にして見せて発信していくということが今はできるようになってきています。ぜひそういうところで若い人たちなり、そういうツールを使いこなしている方たちなりにぜひ活躍していただきたいと思います。半田さんは昨日もおられたし、金沢青年会議所の藤弥さんも今日から参加されています。あるいは西本さん、もし補足的なことがあればぜひどうぞ。

(藤弥) ありがとうございます。金沢青年会議所で本年度理事長を務めている藤弥と申します。本日、皆さまのお話を聞かせていただきまして、2015年にまず当面、北陸新幹線金沢開業というタイミングに対して、大変わくわく感を持ってお話を聞かせていただいています。ユネスコの創造都市世界会議のお話もありましたが、実は私たち金沢青年会議所も、2015年の11月、私たちの所属する国際青年会議所の世界会議を金沢で開催することをご承認いただいたばかりです。今、私たちの立場から言いますと、今ほど皆さまが議論された内容などをどう当日に具現化できるかということを考えて、お話を聞かせていただいていました。期間中、国内外で約1万人を目標として集客を図っていきたいと思っています。
 例えば、「食」という切り口だけで申し上げますと、会議開催中6日間、1万人が1日3食を食するということを考えた場合、その期間だけに18万食を提供する機会があると考えると、今ほど和食の世界遺産登録の件もありましたが、当然和食も軸に考えなければいけませんし、今の世界遺産登録は大きな追い風になると考えています。私たちとしては、実際に開催が決まっていますので、皆さまから効果的なアドバイスを頂きながら、金沢の魅力をどう体験していただくか、より多くの人たちに体験していただくかということを考えて、行動を起こしていきたいと思っています。
 一つお話の中で感じたことは、金沢の魅力は、例えば世界の方々に城下町ですと言うとキャッスルタウンという表現ですが、今年PRしていて、こういうワードで金沢をあまり伝えたくないなと思っていました。日本全国どこでも城下町なわけですから、そう考えると、金沢の魅力を一言で表現するのは極めて難しいなということを、今年PR活動を通じて感じました。体験を通じて多様な要素を感じてもらうのに何がいいだろうと考えていたのですが、先ほどもお話にあった茶の湯は、金沢風情を感じるには非常に有効な手法であろうと感じています。そこで、器などのさまざまなことを通じて、そういった風情というか、空気感を感じてもらうのが最も有効だろうと感じました。私たちも、今から実践の意味では、自分たちがその魅力をもっともっと深く知ることも重要なのですが、それと同時に、そういったものを一つの軸として捉えて、準備に取り掛かっていきたいと思っています。こちらにお集まりの皆さまからは引き続きアドバイス等を頂いて、素晴らしい世界会議にしたいと思っています。

(大内) ありがとうございます。藤弥さん、18万食というお話がありましたが、司会者ですが少し余計なことを言うと、実は私、金沢のあるところで感心したのが、私が前回食べたものの記録を取っていらして、「この前、先生はこういうふうにこの魚を召し上がりましたね。ですから、今回は同じ魚を使いますが、違った調理法で差し上げましょう」と言ってくださって、すごくうれしかったです。素材は同じでもいいのですが、例えば季節感や金沢の風情を感じるように、同じものを見事にアレンジしたものを出してほしい。上手に記録を取ることは、今はコンピュータでできるので、このグループは、今日はこんなもの、その次には全く同じ素材でありながら全然違う季節のアレンジをすれば、それだけですごくびっくりして、そこに明らかに隠されたノウハウがあるということを感じられるのではないかと思います。ヒントとして、そんなこともトライされたら面白いのではないかと思いました。

(水野雅男) 町を感じるという言葉で引き続きお話ししたいと思います。私は昨日、創造都市をつくっていくインフラづくりについて、クリエイティブツーリズムという切り口でお話をしました。その中で二つ、町家のことと交通のことについて、もう少しお話ししようと思います。やはり成長し続ける都市にするためには、仕組みを変えていかなければいけないと思います。
 1点目の交通については、歩行者を優先するようにヒエラルキーを変えていくということが大事だと思います。国は移動権を保障する交通基本法を作ろうとして何年もかかっているけれども、まだできていません。だから、金沢市が国に先駆けて、交通に関する基本的な条例のようなものを作る意味でも、単に移動を保障するのではなくて、街を体感しながら移動するような権利を、歩行者、市民や観光客に保障するということをまずうたって、その中で具体的な交通施策をもう一度再編集するのです。今までかなり先進なことをやってきているわけですから、再編集してみたらいいのではないかというのが1点目です。
 もう1点の町家についてですが、私どもは市民としてシェア町家という取り組みをやってきて、今まで五つ、ドミトリーやシェアアトリエなどのシェア町家をつくってきました。それは、空間(スペース)をシェアするということをやってきたわけですが、もう1点見方を変えると、時間をシェアするタイムシェアという使い方もできると思います。
 レジデンス、ゲストハウス、あるいはホテルとして一つの町家をシェアしていく。それは「アーティスト・イン・レジデンス」という使い方もあるでしょうし、これからクリエーターの方々がプロデューサーの方々をお招きしたときの中期滞在の拠点として使っていただくようなものとしてシェアしていくということを、もっと広めていく必要があると思います。
 私たちがこれを始めたときには、街中で10軒ぐらいそういうのを造ったらいいかなと思って始めたのですが、よく考えると、6000棟の町家があって1000棟ぐらいは空き家になっているわけです。だから、大きく掲げて100棟ぐらいはシェア町家のネットワークをつくるという新たな目標に掲げてはどうかと、私自身思いました。そして、単にシェア町家を広げていくだけではなくて、エリアマネジメントの話を後で西本さんがされると思いますが、金沢はコミュニティのマネジメントは校区単位や町会単位でやっていると思うのですが、中心部はかなり高齢化してしまって、活気がなくなってきているのです。それを活性化するときに、そのシェア町家がコアになって、町会と連携して新しい風を吹き込むという形で、エリアをマネジメントするような仕組みにしていってはどうかと思います。
 何度か出てきていますが、そういうものをコアにして、クリエーターの人たち、あるいは若手の人たちと一緒になって、そのエリア、コミュニティをつくっていくオープンイノベーションという考え方を導入すると、新しい金沢の町のマネジメントの仕組みが生まれるのではないかと思います。以上、2点お話ししました。

(大内) ありがとうございました。ちょうど今、交通の話とシェア町家という歴史的な住居をどう利用していくかということで、今の水野先生の話に西本さんの方から何か補足的なことを。質問ですか。どうぞ。

(水野雅男) 昨日の西本さんのご発言で、特区申請のときに条例があるとうまくいくというようなことを言われたのですが、その辺も含めて少しお話しいただけますか。

(西本) かしこまりました。皆さんのお話をお伺いしていて、特区の前にちょっとお話しさせていただきたいのです。近藤さんはお帰りになられましたが、伝統性の中に現代性や前衛性があったり、逆に現代性の中に伝統性があったりして、不易流行のものを金沢人として加賀ナイズするといったメッセージ性やビジョンが強いのかなと思っています。そういったものは、この町の方たちが特別なものというよりは、金沢の方たちが日常生活で身体化されているものだと思います。特に科学的であったりして、もしかしたら近代が明文化やデータで補足できない部分で、金沢の方たち何百年も身体化されているような不易流行性のようなものをビジョンとして大きく掲げたときに、私は特にツールやルールなど、ビジョンを損ねない、毀損させない、もしくはビジョンをドライブさせるようなツール、仕組みづくり、地域のルールをどのように作っていくかをお手伝いさせていただければと思っています。
 今回の特区については、市長の方から残念ながら法改正には至らなかったというお話があったと思いますが、その点をポジティブに捉えるならば、金沢自身がルールを持つことによって地域のビジョンをドライブする可能性があるということだと思います。旅館業法などは、特区によって条例化することで特区に認められます。具体的には帳場の設置。本来、旅館業法では、町家ホテルにするときには簡易宿泊を取らなくてはいけないのです。帳場を作りなさいとか、トイレを何個作りなさいとか、現行法ではいろいろな規制がかかってきてしまうのですが、今回、その一部を条例制定によって適用除外できるという方向性が打ち出されています。といっても、旅館業法だけではもったいないなと個人的には思っていて、建築基準法、消防法、都市計画法など、いろいろなものの適用除外を地域で定めることができるというのが今回の特区の規制改革方針となっているので、そういったものを金沢独自のルールとして定めることによって、皆さまがご発言されているようなビジョンの促進に何か貢献できればと思っています。

(大内) 今、西本さんが非常に適切にご指摘いただいたように、そもそも特区とは、将来の本格的な法改正に至るためのさまざまな実験をしていこうというのが本来の趣旨ですから、今おっしゃったように、地域でそれぞれの実情に応じて条例で、最初は適用除外というやり方かもしれませんが、将来はそれが法律の制度を変えるというところにつながっていくというのが本来の趣旨です。交通のことも多分、そういうさまざまな障害があって、なかなかブレークスルーできないことはあると思いますが、米沢さんから交通のことについて。先ほど水野先生からは新しいモビリティにも挑戦したというお話もありましたが。

(米沢) 昨日、水野雅男さんから「あなたが考える問題でしょ」と言われました。実は私は電気屋が本職なのですが、自動車販売、タクシー、バス、レンタル自転車もやっていて、ちゃんと考えろと言われて昨日どきっとしました。実は大内先生と15年ぐらい前か、「金沢LRT構想」というのを、私の委員会と大内先生と一緒に交通実験等も踏まえて、事実上、金沢市に提言したことがあります。それがなぜ今そのままになっているかというと、当時の山出市長が、「今、金沢は環状線がやっとできつつあるけれども、道路が1本しかないから、その1車線をつぶすのは不可能だ。環状線ができたときに、それぞれの環状線に駐車場を造ることができれば、街中に車を入れないでLRTという可能性があるので、しばらく待ちましょう」と。ただ、これはなくすつもりはないということで今、収まっていたのです。
 ところが最近の対策で、われわれ同友会も、まず身近な2015年までに解決する政策をともかくやってしまおうという話なので、それも今止まっていたのですが、ここで新たに2020年の7年後の目標が出てきました。そして、当時、金沢の市民にアンケートを採ったときに、金沢の市民はやはり町が大好きで、まちづくりにはすごく協力するのですが、自動車が大好きという人がたくさんいて、公共交通がないので、コンビニに行くのにも車を使っている人ばかりなのです。それが、ここへ来て、やはり15年前と世の中が変わってきて、若い子たちもそんなに車に興味を示さなくなったのと、車が大好きだと言っていた大人も自転車に乗ったり散歩したり、朝から歩いている人がたくさんいます。そういう意味では全体の雰囲気が変わってきたので、ここでもう一度交通システムを考えてみてはどうかと。
 今、新しいテクノロジーがたくさん出てきています。そういう意味では、LRTまではいかないけれども、今の市の予算等を考えた場合に、もう少し街を体験できる、風を感じられるものがないか。坂があって雨が多いこの街でレンタル自転車がこれだけはやるとは思っていなかったので、そういう意味では、風を感じたり、街を体験できるような新たな交通システムは可能性があると思っています。この7年の間にできる可能性を探るワークショップは要るなと。ただ、そのときにはやはり特区という形がどうしても必要だろうと思っています。さっき孫さんからビジョンを示せという話があったので、まず皆さんに共感できるようなビジョンをつくってみたいと思っています。

(孫) 昨年、プライベートでベネチアに観光に行きましたが、ベネチアは全く車が入れないのです。自転車にも乗れないし、歩きしかないのです。あとゴンドラです。歩きとゴンドラで全部移動というので不便極まりないと最初は思ったのですが、実際に散歩したりして、裏路地などをてくてく歩いていると、すごく楽しかったのです。ですから、町家の古い旧市街のところだけでも自動車を入れないようにする。その代わりそこに至るまでのアクセスなどは整備していて、ベネチアに行くまでの道なども道路がびしっと海の上を通っていて、そこまでは行けるけれども、そこから先は全く行けなくて、歩きとゴンドラしかないのです。それがいろいろなものを観光客に発見させてくれて、ガイドブックに載っているところだけを見て回って、写真だけ撮って帰るというのではない発見をさせてくれたのがとても良かったのです。
 なので、多くの人たちをあれだけ魅了しているのだろうと思うので、やはりそういう取り組みというか、むしろ何でもかんでも便利にしないで、その代わり別の価値を見いだして、そこにストーリーなどをつくり出すという方がとてもいいのではないかと、私自身、ベネチアで体感しました。

(福光) 交通の話はいろいろと難しいことがあって、やはり一番早いのはシステム全体で取り組むのではなくて、昨日林さんもおっしゃっていたスマートモビリティのようなものを取り入れることだと思います。孫さんのおっしゃるビジョンというのは、僕はイメージゴールと言うともっと分かりやすいと思うのですが、絵にしてしまうというか、新しい技術を全部取り入れて、歩くことと移動することの中間のような乗り物をうまくつくるといいと思うのです。ここの都心はベネチアよりは広いし、天気が悪い日が6割以上ということですから、暮らす人のための交通システム、スマートモビリティを何か考えられれば、それがきっかけになって歩くことの優先順位が一番になるというように自然に変わっていくようなイメージゴールが、「21ラボ」の格好の課題になると思います。
 マイクを持ったついでにスプツニ子!さんにお聞きしたいのですが、さっき藤弥さんが言われた世界会議やユネスコの創造都市世界会議があって、基本的には英語での表現が必要になるのですが、金沢の場合、今回「クール・カナザワ」という題にしましたが、世界にぴたっと金沢のことを言う英語の形容詞で、スプツニ子!さんがいいと思われるものはありますでしょうか。

(スプツニ子!) いきなりハードルの高い振りですね。キーワード一言ですか。大人のクールという表現は、私もすごくイメージが近いと思うのです。英語で何でしょう。sleekという言葉があります。sleek and stylishとよく言います。これは、「洗練された大人な」という言葉です。でも「スリーク・カナザワ」はちょっと言いづらいですね。sleek cityとかですね。こういうのはいきなりぽんぽん出てこないのですけれども(笑)。

(大内) だいぶ時間もたってきたのでそろそろまとめに入りたいと思いますが、まだ発言いただかなかった方で、秋元館長がいらっしゃいます。21世紀美術館も、僕たちが金沢にこそ現代美術館が必要であって、その現代美術館もまさに旧市街にあることに意味があるという運動をして、それをいつの間にか実現していただきました。
 私たちなどは、この企画会議をいろいろやっているときに、美術館といっても、あそこは美術館の中だけが美術館であってもらっては困るというか、ただ鑑賞したり展示したりする館ではないはずだと。秋元館長は街の中に分館を造るとかいろいろとトライされています。その辺も含めて、今までの議論の中で、次のステップとして、例えば「21ラボ」と協力しながら21世紀美術館をどうしようとしているかということで、何かアイデア等ご意見があれば、ぜひよろしくお願いします。

(秋元) 実は来年、金沢21世紀美術館が10周年を迎えるのです。早いもので、本当に10年たってしまうのですが、今ちょうど次の10年に向けて、金沢21世紀美術館としてのビジョンづくりのようなものをしています。当初の10年というか、立ち上げから今までは現代アートそのものを敷居の低いものにして、公園のようにいろいろな人たちが交流できるような場を街につくっていく。現代美術の専門的な領域ではなくて、もう少し一般的な人たちにも楽しめるものにしていく。また、金沢の新しい顔になっていこうということが一つの大きな役割だったと思うのですが、次の10年は、他の同じような新しい金沢をつくろうとしているものと21世紀美術館がどのようにネットワークしていくかが一つ大きなところだと思います。そういう中で「21ラボ」との協力の中で何ができるかは、多分これからまた考えていくことなのだろうと思います。
 この9年間やってきて、一つリアクションのようにして感じたことは、21世紀美術館は新しいことをいろいろやっていくし、新しい見方のようなものを提案してきたわけですが、一方で、金沢の良い意味での伝統性というか、保守性のようなものが割としっかりあるから、そことの対比の中で新しいアイデアが生まれてくるというところがあるのだと強く感じました。先ほどの水野先生の発言と近いところもあるのですが、割と本物で、しっかりした良い意味での保守というのは、結構重要な要素だろうと思っています。当初は、軒並み21世紀美術館的になった方がいいのではないかと思ったのですが、そうではなくて、割とこのあたりはすみ分けが必要というか、ある種の多様な価値というか、振れ幅があった方が金沢的なのではないかという気がしていて、割とそのあたりではすみ分けをしていくというか、多様なものを許容していこうという考え方に変わってきています。ですから、このあたりはあまりいじらない方がいいのかなとか、相手を尊重しつつ、例えば金沢の食文化など、暮らしの中に根付いている伝統的なものは尊重しつつというか、相手の懐に飛び込んで、そちら側が持っている理屈なり美意識なりを保管するぐらいの形にしていくという考え方に変わってきています。
 今、工芸や書などもいじりはじめているのですが、そのあたりのものに関しては、一方的にこっちの方が新しいと言うよりも、アーティストにしても何にしても、まず勉強するというか、いきなり現代アート的なものの論理をぽんと出すというよりも、ずっとつながってきて代々残ってきているものの中にまず身を置いて、そこに浸って、そこから何が考えられるかという形に、美術館のプログラムなり何なりも、もう少し長いスパンでものを考えるようになってきています。

(大内) 10年たって、美術館としての立ち位置が少し定まってきたというか、落ち着いてきたということですね。佐々木先生どうぞ。

(佐々木) 21世紀美術館ももちろんそうですし、市民芸術村もそうですが、この二つの事業が創造都市金沢の基幹的な施設です。特に山野市長も個人的に言っておられたけれども、市民芸術村が金沢に与えたインパクトがあったから21世紀美術館につながったのです。ただ、そうは言えるのですが、私は、実は市民芸術村のポテンシャルが最近は落ちているのではないかと思うのです。市の施策の中でも、芸術村を創造的なコアにしていくという位置付けをもう少し考え直していただきたいと思っています。かつては、例えば工芸のワークショップなど、いろいろなことをかなりやっていました。ワークショップの場所としては、美術館よりはむしろこちらの方がいいと思います。
 この先2015年にどういう会議ができるかといった場合も、うまく連動していくことが必要だと思います。その上で、私が今考えているのは、金沢で会議をやるときに、能登や加賀をどう位置付けて会議の中に取り込んでいくかということです。金沢の工芸の多くは、やはり能登にある漆工芸で、あるいは加賀のさまざまな資源を活用しているわけです。そうすると、文化多様性と生物多様性といった場合に、金沢が持つ文化多様性、豊饒(ほうじょう)性という問題と、能登、加賀が持つ生物多様性の深さの双方を見せながら、金沢型の創造都市があるということになると、やはりこれは県の協力を取り付けないといけません。このぐらいのサイズの会議になった場合は、明らかに県と市がかなり深い協力をしないと前へ進められないし、恐らく国の支援も含めてやらないとまずいだろうというのが一つです。
 もう一つは、先ほど創造都市ネットワーク日本の話をされて、この参加が今、29まできました。恐らく今年の2月25日の総会で30を超えると思います。今、横浜がトップなのですが、恐らく金沢が引き受けられるのがベストだと思います。そうなると、来年の10月末に東アジア文化都市事業を横浜で開催するところに、創造都市ネットワークの市長サミットが入る予定です。これは予定では山野市長が恐らく議長になります。そこまで考えているのですが、そうなった場合に、そこには東アジアの文化都市関連だけではなくて、インドネシアやタイなどからも参加されますから、2015年の会議に向けて、かなり具体的なスケジュールがはっきりして、それぞれ成功させるポイントが出てきているのです。そのそれぞれの場で、どういった都市との連携を深めていくか。さっきビジョンと言いましたが、もっと具体的な工程表が要ります。早速それを担当する部局を強化しないと、今の体制では持ちません。ぜひよろしくお願いします。

(大内) ありがとうございます。いずれも具体的なことでもあるし、確かに東アジア周辺、東南アジアも含むということですよね。アジアがどこまでかというのはいろいろな議論があるのですが、そういう方たちとコラボレートしながら、そういう方たちにも満足していただける、そして石川県だけではなく日本全国の30以上の方たちとも上手に金沢がコラボレートしていかないといけないと思います。半田さん、何かありませんか。

(半田) 昨日は本当に長時間にわたる議論をありがとうございました。感謝を申し上げる次第です。2015年ということで、新幹線開通、先日、「ロンリープラネット(2014年)」の世界のお薦め旅行先地域に北陸が4位になり、文化、歴史、魅力的な自然の美しさに満ちているということです。金沢がその中心ですが、多分そこには能登や加賀など、いろいろな自然が入っていると思います。佐々木先生がおっしゃったように、その辺も含めた上での魅力ではないかと思っています。金沢も最近、欧米の方々がかなり街を歩いている様子を見掛けますが、欧米の方はほとんど個人旅行なのです。それも、武蔵や片町香林坊、または武家屋敷で、ほとんど歩きです。先立っても片町で、大きなコロコロを持って女性の方が2人歩いておられて、どこへ行くのかなと思うと、裏通りの日本旅館にチェックインで入っていくのを見掛けました。やはり欧米の方は、体験型観光といいますか、見物だけではなくて、日本を体験しようといった意欲が非常に大きいのではないかと思うので、そういったことも含めて、東京とも京都とも違う、新幹線が開通すれば、東京―京都と同じぐらいの時間で東京から行ける金沢に、どんな形で付加価値を付けるのか。もう間近に迫っていますので、その辺を含めて、また市長の方にも具体的な施策をやっていただきたいと思っています。

(大内) ありがとうございます。ちょっと私から補足します。面白いのですが、「ロンリープラネット」はオーストラリアで発信しているのですが、世界の個人旅行の方たちが非常に頼っているワールドワイドのネットワークです。「Michelin Travel」などもそうですが、面白いことに、私も何度かアクセスして金沢のことを調べると、実は金沢とセットになっているのは白川郷なのです。白川郷と高山が実は金沢とセットになっていて、外から見ると確かに距離的にも近いし、バスの便等もあって、白川郷の持っている世界遺産のパワーはものすごいと思います。その辺も岐阜県や富山県であったりもするわけですが、その辺の近傍のところとも上手に協力して、発信していくことも必要なのではないかと、今気が付きました。
 そろそろまとめに入らせていただいて、また市長にもコメントを頂きたいのですが、いろいろな議論があって、金沢を「クール・カナザワ」という形でどのように展開していこうか。あるいは来年の2015年の創造都市会議に向けて何を具体的に用意すればいいか。あるいは「21ラボ」の具体的な中身としてどんなものがいいかということで、随分皆さんから具体的なものが出てきました。それぞれの関係の方たちがその意見を受け取った上で実現していただきたいのですが、せっかく市長に来ていただいているので、その中から具体的に、例えば今、国がいろいろと掲げているさまざまな特別区、あるいは若干金沢の方で新しい条例を作るというのもあります。金沢は全国の市町村の中でも条例が非常に好きなというか、条例で動かしてきた町という性格もあって、全国一たくさん条例を持っている市ではないかと思います。
 そういうことも含めて、今までの議論の中から皆さんが共通してそれはぜひやったらいいよというようなことがありますので、そのことを挙げてみたいと思います。一つが、水野一郎先生からもあったように、例えば木造にこだわった都市というものを考えてみてはどうかということです。もともと日本はみんな木造だったわけです。しかし、近代化の過程で、残念ながら法的規制などもあって随分陳腐なものに変わっていったという経緯があるのですが、もう一度木造の良さを見直してみてはどうかと。今、現実に新しい技術を使って古いものを上手に活用するということと、もう一つは新しい木造の挑戦ということが今、建築基準法の改正などで可能になっています。皆さんのご存じの世界ですと、例えば小学校などはかなり木造を推進するというように、今、国の方針も変わってきています。そういう形で、木造都市ということで、都市全体を木造で造っていくということに再挑戦するというか、それに新しい技術、新しい考え方を入れていくという大きな実験を金沢でしていく。他にもそれに倣う形で木造にこだわる都市も出てくると思いますが、非戦災都市で、今は既に町家は6000棟と非常に苦しい状況にありますが、そういうものも上手に利用しながら新しい公共施設なども木造でやっていく。実際、構造材なども今は木造で許されるようになったので、そういうことも含めて、木造都市に対して特区のようなものを検討していくというのが一つあるのではないかと思います。
 もう一つは町家に関連してですが、先ほどもいろいろ具体的な話がありました。現状では、やはりまだいろいろな制度の不適合や不備がありますので、この辺は金沢の実情に合わせて町家を本当に生かしていけるような条例を作るなり、特別な手法を制度として考えないと、時間の問題で難しくなっていく可能性もあります。いろいろな町家の利用は考えられていますが、それを本格的に大々的に利用していくという意味では、金沢だけではなく、全国の方、あるいは外国人の方たちにアイデアを頂くということもあるのではないかと思います。
 また、これから2015年までには間に合わないかもしれませんが、さまざまなコンベンション、大きな会議を開くためには、金沢はまだ規模が足りなくて、会議施設なども足りませんので、例えば水野先生はお城の中にとおっしゃっていましたが、ぜひ都心に大きなコンベンション施設を考える。それも場合によっては木造で考えるということが多分あるのではないかと思います。そういうコンベンション機能を大きくここで考えるという検討に入るというのも、3番目にあるのではないかと思いました。
 それから、モビリティの問題ですが、先ほどもご紹介がありましたように、金沢にふさわしい乗り物として、LRTは一時私も関係して随分盛り上がったのですが、確かに投資規模も非常に大きいですし、そこにいきなり行くのは難しいかもしれませんけれども、今、金沢よりも気候の悪い世界の都市、私はアムステルダムに先々週あたりにいましたが、アムステルダムでは2人乗りもしくは3人乗りの小さな電気自動車です。要するにゴルフ場のカートにほろをかぶせたようなタイプの電気自動車ですが、それが少しずつ普及しはじめています。自転車はどうも走れるのですが、例えばそういう電気自動車を地元の企業等とも協力しながら、金沢にふさわしい形で開発していって、それを実際に走らせてみるという実験をするような特例措置を頂いて、実証実験をしていくということも4番目に考えられるのではないかと思います。
 最後に食の問題です。まさに日本の食が世界遺産の認定を受けたということもありますし、金沢でもそれに合わせてさまざまな食の関係の方たちが加賀料理について、料理のクオリティだけではなく、それをどうおもてなししていくかというところまで含めて、さまざまなノウハウの開発に再挑戦しようと試みられています。例えば、新しいタイプの、あるいは世界が追随できないような食に関する学校をどのようにしてつくればいいか。その学校の中のメニューは、どういう教育をし、どういう体制でやるかという在来の学校とは違う挑戦をすることが必要になるのだろうと思います。そのようなことは昨日からの会議で皆さんの間で共通の認識として、あるいはぜひそう長くない遠くに実現してほしいという要望として出たと思っています。福光さん、他に何か補足はありますか。

(福光) 別に市長をせっついているわけではないのですが、ご感想も含めて一言頂ければありがたいと思います。

(山野) ありがとうございます。西本さんにご提案いただいた研究はしっかりしていますので、また相談に乗ってもらうこともきっとあると思いますので、また力を貸していただければと思います。
 交通の話が出ました。実は議会からも、やはり自転車が大事だという提案は幾つも頂いています。正直言いまして、僕もあんなに町乗りがはやると思いませんでした。ニーズは間違いなくあると思っています。これもしっかりと取り組んでいきたいと思っています。LRTの話が出ました。僕も青年会議所のときからずっと先進地を見に行ったりしていて、水野さんと一緒になったこともあります。今現在はなかなか難しいのかもしれませんが、職員とも話したのですが、50年後、LRTから変わっているかもしれませんが、50年後こんなふうにできるだろう、こんなふうになってほしい、こんなふうにあるべきだというものを掲げて、50年後のことを念頭に置きながら、向こう数年間でどんなことができるかを具体的に出していきたいと思っています。僕は平成7年に議員になりましたが、ずっと一生懸命研究を続けてきました。議会も諮問していましたので、一定の方向性は明確にすべきだと思っていますので、それはしっかりとやっていきたいと思っています。
 国際会議の受け入れ体制のことは、コンベンションのホールも含めて仕組みの問題になってくるかと思いますので、役所みたいな答えになりますが、しっかりと研究していきたいと思っています。 食のことに関しては、本当に今タイムリーだと思っています。実は9月議会で、これも議会の皆さまが中心になって、金沢で食文化の条例を作っていただきました。昨日から今日にかけて大きく報道されているように、和食が無形文化遺産になりました。明日から石川県で先行上映される「武士の献立」も、まさに加賀藩の食をPRしてくれます。来週から全国で放映されるということですから、まさにこの金沢、石川県が食をしっかり発信していく大変良いチャンスだと思っています。具体的には、先般の12月議会で予算内示をしましたが、そこで既に予算も打っていますし、新年度予算に向けてもここはしっかりとした取り組みをしていかなくてはいけないと思っています。いろいろなご助言も頂きましたので、また意見交換の中で取り組んでいければと思っています。

(福光) それでは、宣言の案を読み上げますので、よろしくお願いいたします。この会議は市長に陳情する会議ではありませんので、市長が全部肩に荷物を担ぐことではなくて、みんなで一緒に実現していこうということですので、そういうことも含めて表現させていただいています。

----------------------「金沢創造都市会議2013宣言」読み上げ-------------------

(大内) 以上、何かご意見があれば。それでは「金沢創造都市会議2013宣言」を採択させていただきたいと思います。ご賛同の方は拍手をお願いいたします(拍手)。
 それでは、最後に金沢創造都市会議開催実行副委員長の米沢寛金沢経済同友会副代表幹事から閉会のごあいさつを頂きたいと思います。         

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第一日目 12月5日

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