鼎談 3 「金沢をあそぶ」
     
水野一郎
五十嵐太郎
     
山口裕美 秋元雄史  
   
活動も含めた、参加型の総合的なアートを楽しむ


  
(水野) 今日、基調講演から始まりまして、鼎談1、2と過ごしてまいりました。私もそこに座っていて、自分の番が早く来ないかなと待っていて、だいぶ待ちくたびれたようですが、先ほどリフレッシュする香りを頂きましたので、もう1回これをかいで頑張りたいと思います。皆さん方もだいぶお疲れでもあろうかと思いますので、ぜひこの能登ヒバの香りでリフレッシュを。
 私のセッションのテーマは「金沢をあそぶ」です。25年ほど前、約四半世紀前に、金沢で「日本文化デザイン会議」が行われました。神戸や横浜などいろいろな都市を回ってきたのですが、金沢に来たときに何をテーマにしようかということでテーマ委員会が持たれまして、そのときに私も出席したのですが、ちょうど金沢は四百年祭をやっているころでした。そのときに金沢のテーマを何にしようかというところで私が考えたのは、「あそび続けて四百年 金沢」というテーマです。
 そのころはちょうど25年前で、日本は高度成長で、一生懸命みんな働いていました。お隣の富山も開発をしておりました。名古屋も開発しておりました。働き続けて富山も名古屋もちょうど400年の歴史を迎えておりました。同じ400年だけれども、「あそび続けて四百年」、これでいこうということになったら、草柳大蔵さんが喜んで「テーマはそれだ」という形で、「あそびの再発見」というテーマになりました。
 そして、衣食住といいますが、衣も食も寒さを防ぐとかカロリーを保つという時代は終わって、いかにファッションを楽しむか。食も、いかに味を楽しむかという時代に来たのだということ。それから、産業もあそびのデザインが入ってこその商品づくりになってくるのだろうということも含めて、あそびというテーマがいろいろ語られました。
 今日はその中で、「金沢をあそぶ」というテーマを選んだわけですが、金沢というと、今までも出ましたように、伝統的な部分が強い。伝統をあそぶというのでしょうか。例えば兼六園や町並み、用水といった建築遺産をあそぶ。あるいは、工芸や生け花といった営みをあそぶといったように、伝統芸能や伝統文化をあそぶ。それから、お茶会や料理、お菓子、地酒といった味をあそぶとか、いろいろなあそび方があろうかと思います。
 そういった伝統的な部分のあそびがあろうかと思いますが、もう一方で、今の時代をあそぶということがあるのではないかと思っています。ファッション、音楽、IT、あるいはわれわれでいえば21世紀美術館で始まった現代アートであそぶというようなテーマもあろうかと思います。街中に彫刻を置いております。そういった街とアートをあそぶということもあろうかと思います。
 今日は、その中ではアートであそぶというのをテーマにしたいと思っています。都市の中のあそびとして、金沢に現代美術がこれまでなかったことというのは一つの地域特性なのです。伝統的なものとしてあるのがこれまでの金沢の地域特性です。21世紀美術館ができる前は、現代アートがなかったということが金沢の地域特性なわけです。そこに21世紀美術館ができたということ。あるいは、その前に、金沢市民芸術村で若者たちの芸術活動をサポートしようとしたことを含めて、金沢は全く新しいことに挑戦しようとしております。そういった現代アートという未体験ゾーンに入った金沢。これで金沢というのがあそべるのかどうかというのを、今日はお二人をお迎えして話したいと思っております。
 今日のゲストのお二人ですが、五十嵐さんは、「建築史・建築批評家」と書いてありますが、私の知っている限りでは、そのジャンルもすごいのですが、それ以上に現代アートのキュレーターとして非常にご活躍です。せんだいメディアテークでご活躍であったり、あるいは、大阪戎橋にあります「KPOキリンプラザ大阪」をずっとサポートしておりました。最近ではベネチア・ビエンナーレのコミッショナーも務められます。現代アートのキュレーターとして非常にご活躍です。また、五十嵐さんは金沢大学附属中学校と附属高校出身ですが、附属小学校のあった場所が21世紀美術館に変わったのでびっくりしておられました。お父さんが金沢美大の先生だったかと思います。
 山口さんは皆さんご存じのように、「現代アートのチアリーダー」と自ら言っておられますように、あちこちで現代アートのキュレーション、あるいはまちづくりとの関係で活躍をされております。そういう意味で、私の出したテーマに対して全く適格なお二人だと思っておりますので、楽しみにしております。
 それでは最初に、五十嵐さんと山口さんから自己紹介を兼ねまして、最近の現代アートに絡む活動をご披露いただきたいと思っております。金沢でも全く新しい試みですので、ほかの土地ではどんなことをしているのかを含めてご紹介いただければと思います。

(五十嵐) 僕の活動は、一番多いのは本を書くというか文章を書くのがメインの仕事で、主に現代建築についての批評や建築論、都市論を書いていて、最近は展示の企画にも携わるようになりました。ここ2、3年のものを幾つか紹介していきますが、今日の全体テーマが「都市間競争」だったので、それに絡むようなものをやや詳しく紹介します。
 最初に、僕が最近かかわった本を紹介します。2005年に連続シンポジウムをずっと企画していまして、修復・再生・増改築をして建物を使い続けるというリノベーションをテーマにしたものです。第1弾目に比べて2弾目として制作した本は、建築とアートが同じ土俵の上に立って、ある種の運動体としてプロジェクトを進めていくというタイプのものを取り上げて、横浜のBankARTという、アートと建築やまちづくりが一体化したものや仙台の町を紹介しました。
 これはアンソロジーの本です。編著で、耐震偽装事件が起きた後にいろいろ考えたことを書いています。日本では、地震が起きていなくても、すごいスピードで建物のスクラップ&ビルドが起きていて、これは見えない震災ではないかという思いを書いたものです。
 これは新書で書いたのですが、景観論について批判的な考察をしたもので、日本橋、ソウル、それからピョンヤンに訪れる機会があったので、ピョンヤンの都市景観について論じたものです。
 これは現代建築の基礎知識のような感じで、いろいろなキーワードを語り下ろしの形式で書いた本です。
 これは新宗教、天理教や大本教など近代の宗教建築がどのように建築や都市空間をつくっていったかをまとめた昔の本が、ちくま学芸文庫で再録されることになって、今年また発刊されました。
 これは僕がしばらく名古屋の大学で教えているときに気になった風景で、ウェディングチャペルがあちこちに増えていると思ったのをきっかけに、いわゆるフェイクチャペル、本物の教会ではないけれども、世界的に見ても日本に信者がいない教会がこんなに増えているということをとてもまじめに建築学的に分析した本です。
 ここから展覧会の話なのですが、先ほど紹介していただいたキリンプラザ大阪で、展覧会の企画に5年ぐらいかかわっていました。現代美術だと、椹木野衣さん、ヤノベケンジさんが展示の企画をして、僕は建築の側からだったので、基本的には年に1回ぐらい何か建築の展示の企画を出して、大阪で現代アートの発信基地として15年ほど頑張っていたのですが、なくなってしまって残念なところです。
 今日の都市間競争ということでは、今年、第1回リスボン建築トリエンナーレの日本セクションのところの展示構成を考えてくださいという依頼があって、かかわりました。なぜリスボンで建築トリエンナーレなのかというと、今年はポルトガルがEUの議長国で、何か記念に企画をやりたいということで、建築トリエンナーレというイベントがあったのです。ポルトガルの現代建築は非常に優れたものが多く、とはいえ、まだそれほど知られていないことを積極的にプロモーションしようという意図が、その背後にあるのです。展示の構成を見ていくと、基本的に各国を呼んでいるのですが、要はポルトガルの建築を知らしめる展覧会のお手伝いをするような感じで参加していたのです。
 ただ、会場になったのは、アルヴァロ・シザというポルトガルで一番重要な建築家、巨匠のポルトガル・パビリオンという会場で、これは確か10年ほど前にリスボンで万博があったときに造ったメイン会場です。僕のように建築にかかわっている人だと、ほとんどお金がなくて苦労したのですが、シザの建物で展示ができるというとやはり参加するモチベーションが特に建築の人は上がるのです。逆に日本で、この建物で展示をしたいと思わせるような力のある箱がどれぐらいあるかというと、例えば愛知万博では結局そういう箱を一つも残せなかったような気がするのです。そのように考えると、そういう力のある建物が金沢にちゃんとあるというのは、すごく印象的でした。
 この展示内容も、4チームを構成しているのですが、全体テーマがアーバンボイドというのを与えられたのです。都市の中の空白の場所、空隙、空虚な場所、空いている場所というのが全体テーマだったのです。その中で、今日の都市間競争ということとあそぶということで、二つの展示が少し関係ありそうなので紹介します。
 彦坂尚嘉さんという現代美術の作家がいるのですが、彼はもともと皇居美術館空想という突拍子もないアイデアを持っていまして、僕は前々から面白いなと思っていたので、今回のリスボン建築トリエンナーレに参加してもらうことにしました。どういうアイデアかというと、これは新宿で帰国展をつい先日やったときの写真なのですが、要は天皇様には京都御所に帰っていただいて、空いた皇居の場所に超一流の国宝を日本国内からかき集めてきて巨大美術館を建てるという突拍子もない話なのです。
 ただ、これは意外に今の時代の文脈を考えると面白い問題をはらんでいて、例えば90年代以降は美術館の巨大化が起こっていて、そもそも世界都市といわれる都市にはルーブルがあったり、大英博物館があったり、メトロポリタンがあったり、要するに巨大美術館といわれる場所があるのです。ところが東京に来て、では外国の観光客が上野の国立博物館でいいのかと考えると心もとないのです。
 そうすると、まさにグローバルな時代において、今挙げたような美術館はますます巨大化して集客しているわけですから、それに匹敵する巨大美術館を造るとしたら、これしかないのではないかということで、逆に言うと日本各地から国宝を収奪してくるわけだから、地方都市にとってはとんでもない話なのです。ただ、このときは東京をテーマにしたのですが、東京という視点から見たときには、ニューヨークやパリやロンドンと対抗するには、一つの文化的コンテンツとして確かに巨大美術館はない。このときは、あくまでも建築の展覧会なので、建築家の人に組んでもらって、建築の姿を造ってくださいということで展示をしました。
 もう一つ、名古屋のチームにパラサイト・アーキテクチャーという展示をお願いしたのですが、先ほど言ったアーバンボイドというのは、東京の中心に皇居という巨大な空白地帯があるわけですが、もう少し小さなスケールで、制度や時間の隙間に注目して、これは都市をあそぶというような視点だと思うのですが、どういう活用の仕方があるかというのをパラサイト・アーキテクチャーというテーマで幾つか提案してもらいました。
 例えば左のものは、昼間3時までは銀行のATMなのですが、その後閉じたら何かもったいないので、そのまま同じ機械でカジノにしてスロットマシンにできるではないかという場所の有効活用。あるいは、エスカレーターに乗るときにパラパラ漫画があったら楽しいとか、都市にいろいろな仕掛けを投入して小さな隙間にいろいろな提案していくということを、リスボン建築トリエンナーレの企画では行いました
 それから、ベネチア・ビエンナーレ建築展では、来年の日本館の展示の企画がコンペだったのですが、そのコンペで7チームの中から幸いにして勝利したので、EXTREME NATUREというタイトルで、石上純也さんという建築家、この方は21世紀美術館を設計したSANAAの妹島さん、西沢さんの事務所からの出身の人です。その人と植物学者にコラボレーションしてもらって、小さな温室群を造るという提案をして、うまくいけば来年の秋には完成しているはずですし、まだ帰国展の場所が決まっていないので、できれば金沢21世紀美術館辺りで帰国展を第一弾でやらせていただけるとうれしいなと思っています。

(水野) いいですね。

(五十嵐) それを今考えているところです。
 最近始まった仕事でもう一つ、日本建築学会という3万5000人も会員がいる、日本では最大級の学会の一つだと思うのですが、そこで「建築雑誌」という雑誌を作っているのです。固有名詞とは思えないような雑誌名ですが、それの編集長をやることになって、2008年の1月号から2年間担当することになっています。編集委員会は既にスタートしているのですが、この仕事が取りあえずはしばらく最重要課題という形になります。最近の仕事はこんな形です。

(水野) 大変多彩な活動をされています。では続いて、山口さん、お願いします。

(山口) 水野先生は金沢芸術村を移築建築設計なさったということで、大尊敬している大好きな先生ですし、五十嵐さんの本は今ご紹介したものは全部持っているくらい、非常に大ファンなので、ここでご一緒できるのはとてもうれしく思っています。
 先ほど宮田さんからうさんくさいと言われたので、どうにかそうならないように頑張って自分の仕事を説明しようと思うのですが、私の仕事には実は名前がなくて、それがもともとの始まりなのです。今の私の仕事を大きく分けますと三つありまして、一つは、アートジャーナリストとしての文章を書く、雑誌の連載などもあるのですが、最新の仕事としては、本が2冊。『芸術のグランドデザイン』というのは、弘文堂という老舗の法律書を出している出版社なのですが、そこで対談集を出しました。
 それからもう一つ、これは本当に念願だったのですが、英語の出版で、講談社インターナショナルから“Warriors of Art”という日本のアーティストを40名紹介する本を今年出せまして、今年は2007年ベネチア・ビエンナーレ、それから5年に1度のドクメンタ、それから、後でもしかしたらご紹介できると思うのですが、10年に1度やっている、ドイツのミュンスターで行なわれているミュンスター・スカルプチャー・プロジェクトの売店で私の本が置いてあったのです。これだけで今年はもう終わりかなという気持ちはしているのですが。
 それから、パート2の方が最近増えていまして、できればこれから少しずつこちらの方にシフトチェンジしていこうと思っているものなのですが、プロデューサーとしての仕事です。少しずつ後から画像で紹介します。最新の仕事としては、経済産業省と総務省が第1回国際コンテンツフェスティバル、通称「コ・フェスタ」と呼んでいて、長年続いていた東京国際映画祭やゲームショウなど二七プログラムを全部一緒の時期に統合して、海外からも日本のコンテンツを目指して人を呼ぼうというプログラムが今年1回目に行われたのですが、その中の新しいプロジェクトとして「劇的3時間SHOW」というのがありました。青山にあるスパイラルホールで10日間行われたのですが、その中で現代アーティストをキャスティングさせていただきました。
 それから金沢にご縁ができたのは、eAT KANAZAWA(イート金沢)からなのですが、あるいは何回か寄せていただいてレクチャーもさせていただいた関係で、掛川の出身の方が金沢で私のレクチャーを聞いていただきまして、それからお声が掛かって、今、掛川市のまちおこしのお手伝いを少ししております。
 また、今年の1月には福光屋さんから「六瓢息災」という、アーティストのミヤケマイさんを起用した縁起徳利をプロデュースさせていただきました。
 3つ目はNPOの活動なのですが、これは大体海外留学か外資系、何らかの形として日本を外から見たことがあるようなビジネスマンやビジネスウーマンの仲間60人と一緒に、2001年からNPOの法人格を得ていますが、実際は1993年から活動していまして、アーティスト(芸術家)支援のための活動をしております。たまたま今日基調講演で飛田さんが1万円の会費を集めて活動をとおっしゃっていましたが、それとほとんど似ていまして、私たちは芸術家を支援するということを、ミュージシャンやビジュアルアートのアーティストなど、いろいろな業界を横断してやっています。
 本は、五十嵐さんの前でお話しするのも恥ずかしいですが、私は今まで5冊出ていまして、『現代アート入門の入門』は、本当に書くべき大先輩がたくさんおられるのに書いていただけないので、しびれを切らして書いた本で、おかげさまで3刷目になりまして、とてもうれしいです。これが『芸術のグランドデザイン』で、この本の中には金沢21世紀美術館の学芸課長をしておられた長谷川祐子さんも出てくださいまして、長谷川さんにも直球で、非常に切り込んだ質問をしております。また、“Warriors of Art”はおかげさまでヨーロッパで非常に売れています。
 そして先ほど少しお話しした「劇的3時間SHOW」は、テレビマンユニオンというテレビ制作会社のCEOの重延浩さんという方がプロデューサーをしました。その方が、人の話を聴くならば3時間は必要だとおっしゃいまして、最初から最後まで一人の人が好きなように時間を使うというコンセプトで始まりました。クリエイターの方を10人選んでという話だったのですが、もう少しアーティストを入れたいというお話があって、これは佐藤可士和さんデザインの非常にかっこいいポスターで、非常に読みにくいのですが、これは横書きで、佐藤可士和、一瀬隆重さんとか、「フラガール」のプロデューサーの李鳳宇さん。この5番目と6番目の岩井俊雄さんと天明屋尚(てんみょうや・ひさし)さんをキャスティングしています。これは無料のイベントだったのですが、廊下にあふれんばかりに人が集まって大成功して、来年も行う予定です。
 これが画像なのですが、岩井俊雄さんは、ニンテンドーDSの「エレクトロプランクトン」の画像がちらっと見えているのですが、最新の仕事としては、ヤマハと開発した新しい楽器、これはTENORI-ONという名前です。これを日本ではまだなのですが、先駆けてロンドンで限定発売されました。これは端的に言ってしまうと、縦横のマス目にガラスのような感じで、音が重なっていくようなもので、音符が読めなくても演奏ができてしまう。それもオーケストラ並みの演奏ができてしまうというとても優れたものです。
 ちなみに、ロンドンで発売されたときにヨーロッパで活躍しているミュージシャンが買いたいということで随分並んだそうなのですが、その中にビョークがいたのです。マシュー・バーニーが金沢21世紀美術館で展覧会をやって、ビョークが来たとか来ないとかいう話がいろいろありますが、ビョークが今南米をツアー中で、岩井さんのTENORI-ONを5台購入したそうです。それはすごいねという話を「劇的3時間SHOW」でしていたのですが、つい一週間前にユーチューブでビョークが南米ツアーをやっている模様がアップされているのを見つけたら、もう舞台で演奏しているのです。ちょっとびっくりしました。
 それから、天明屋さんは現代アートの中でも、日本の図像的なものを今のモダンなものに取り入れている。あるいは、和紙に岩絵の具ではなくアクリル絵の具を使って日本画と称する、一般に「ネオ日本画」と呼ばれるようなグループを形成するぐらいの勢力を持った人たちが出てきているのですが、その中の旗手であって、一番有名なのがFIFAワールドカップのときの公式ポスターです。これは世界の現代アート14名の中の一人として天明屋さんが選ばれて担当したわけです。私もサッカーのにわかファンではあるのですが、10番が守っているというすごく切ない図像になっております。
 コ・フェスタでは、天明屋さんと岩井さんのほかにも現代アーティストは面白い人がいると言っていました。実は私は、日本のアーティストで面白い人がいるかいないかと聞かれたら、どんな偉い方から言われたとしても、必ず「いる」と言います。とっさに出てこなくても「絶対います。メールしますので待ってください」と言って、「いない」とは絶対言わないようにしているのです。どうしても日本のアーティストを応援したいのです。それはやはり、国際化の波が押し寄せてきているときに、「日本人のアーティストを日本人が応援しなかったら、誰が応援するのだ」という気持ちがするからです。
 それで、若いアーティストにも面白い方がいるということで、映像に特化した3人なのですが、まず岡崎能士さんです。日本ではまだ一部のコアなファンにしか知られていない「アフロサムライ」というアニメがあるのですが、その原作者です。この「アフロサムライ」というのは、手短に言いますと、要するにアフロな侍で、アフリカン・アメリカンを主人公としたSFなのです。「スターウォーズ」にも出ていましたサミュエル・L・ジャクソンがそのストーリーに感動して、「この役は私がやる」と言って声優を担当してくれて、今劇場公開中です。
 2人目は鴻池朋子さんというアーティストで、彼女は美大を卒業してから10年間全然絵を描かなかったのですが、突如10年分のたまったエネルギーを吐き出すように、素晴らしい大作の4部作を作りまして、私は彼女は美術史に残ると思っているのですが、3000枚にわたる鉛筆で作った手描きの、17分ぐらいの「みみお」というストーリーのアニメーションがありまして、そのアニメーションを上映させていただきました。
 3人目は、音楽が大好きな方だったらご存じだと思いますが、コーネリアスさんのプロモーションビデオを担当していらっしゃる辻川幸一郎さんです。辻川さんは、私が最近見た中では一番才能がある映像アーティストではないかと思っているのですが、嫌がるお忙しい辻川さんに登壇していただいたという感じです。
 ここから掛川のまちおこしの話なのですが、掛川はご存じの通りお茶どころで、静岡県の真ん中ぐらいにあります。私の講演を聞いた方が、「山口さん、ちょっと手伝って」と言ってくださったのですが、ここの話として私が一番感動したことが二つあって、一つは、掛川に新幹線を止めるときには3億円かかるのですが、当時の市長は予算が足りない。それで、掛川の辺りには二宮尊徳の教えでみんなが少しずつ積み立てたお金があったそうです。それを使いながら、「一戸籍10万円を出せ」とそのときの市長が言い、全員が「新幹線が止まるのなら出す」と言って、それで駅ができたという、恐るべきところなのです。私は日本でそういう話は初めて聞いて、ドイツの町ならあるかもしれませんが、それが日本であるとはびっくりしたのですが、本当の話らしいです。
 その後また何年かたって、掛川城を再建するときにやはり3億円が必要になって、市長がまた一戸籍10万円と言ったところ、さすがに嫌だという人が続出して駄目になりそうだったのですが、あるお金持ちのおばあちゃんが亡くなったら寄付すると言って今建っているのです。いまだに互助会の積立金というのが、例えばひと月3000円で24年間たまると2億円を超えているらしくて、これからでも何かやろうとすればできないことはない、そういう長老が結構いたりするというので、何か面白いことができるのではないかとお手伝いを始めたところです。
 これは二の丸美術館といいまして、東京だと、たばこと塩の博物館が根付けのコレクションやたばこ道具を持っているのですが、それと同じような、二大勢力になるような二の丸美術館で、たばこ道具、根付け、帯留めなどを持っています。
 そうは言うものの、私と一緒にやるプロジェクトに全然お金が出ないということが分かりまして、ではお金がないならないなりにやろうということになったのです。お茶どころですから、とてもすてきなお茶室を持っておられるので、これから現代美術のアーティストを毎年一人掛川へお連れして、一人に一個ずつお茶道具を作ってもらって、それで七つ道具を作るというのをやろうとしておりまして、非常に安い料金でお得なものを作ろうと思っています。
 これは、夜話風のお茶会をしているところです。これは地元のお菓子ではないのですが、十団子(とうだんご)という、ひもを通した縁起物のお団子をみんなで食べたりして、ろうそくだけでの夜話風のお茶会をして、これからいろいろやろうとしています。
 それから先ほど話題にしました、今年の初めに金沢の福光屋さんとアーティストのミヤケマイさんと一緒に作った「六瓢息災」という縁起徳利があります。これはミヤケさんの絵柄で九谷焼を作っただけでなく、もう一つ、縁起徳利というからには、願いがかなうような根付けを付けたのです。これはミヤケさんが描いている二次元の表現を、とても優秀な造形師の笛田亜希さんが立体に作ってくださいまして、それをある程度重さがあるものとして一つのボトルに1個付けるということで、今も販売していると思うので、ご興味がある方は、おいしい六瓢息災と一緒に縁起徳利と根付けを手に入れてください。
 これは先ほど平田さんもおっしゃっていたように、何か願い事をするときというのは、願をかけるではないですが、重さが必要で、それを心臓に近い所に「お願い」という瞬間というのが多分あると思うのです。そういうときに非常に有効で、私も、ここ一番というときのプレゼントに使っているのですが、本当に喜ばれています。自画自賛ですが、本当にいいものができたのではないかと思っています。
 来年は別のプロジェクトが始まるのですが、残念ながらここでは言えないので、ぜひ私のホームページを期待して見てください。

(水野) 現代アートに絡むお二人のいろいろなシーンを見せていただきました。
 そこで、今度はお二人から、わが金沢で現代アートを金沢のあそびジャンルに加える試みだった金沢21世紀美術館について、どのように思っているか、ご意見を頂きたいと思います。金沢にとっては全く新しいもので、「これが芸術か」などという声や、「金沢も面白くなった」「にぎわいが出た」「あれはただ人が来ているだけではないのか」など、いろいろな声があるわけですが、そんなことを含めて金沢21世紀美術館についてご意見をお伺いしたいと思います。

(五十嵐) 金沢21世紀美術館の敷地は、先ほども少しお話があったように、僕が附属中学校に通っていて、3年間はそこに出入りしていたのでよく知っていますが、学校を通っていた記憶をたぐり寄せて、本当にすごく風景が変わったとすごく驚いたのをよく覚えています。建築としては、設計されたSANAAの妹島、西沢さんのペアは本当に世界的に活躍している建築家で、とうとうルーブルの分館も設計されますし、ある意味で日本が世界に誇れる建築家なのです。ところが、そんなにすごい建築家がいるのに、東京には彼らの代表作がなくて、金沢に代表作があるというだけでもすごく誇らしいことだと思います。僕は建築の立場から、21世紀美術館の評価というか、いいなと思うところを幾つか紹介します。まず、敷地の反対側で見通せること。分棟形式でボリュームがバラバラとあることで、すごく緩やかな空間ができていること。また、ある種、それなりにスケールはでかいのですが、モニュメント的に威圧的にならないという辺りがよくできていると思います。
 それから、塀がないのです。よく考えてみると、塀がないので、美術館の外から中はおろか、道路の向こうまで見えてしまう。これは先ほど言ったように、僕が付属中学校へ通っていた当時は塀があって、高いフェンスがあって、真ん中に運動場を取るために敷地の片側に寄せて校舎が建つので、裏側に何があるのかよく分からない。完全に風景が分断されていたのです。当時は分断されているとすら考えたこともなかったほど、当たり前のように囲われた学校空間があって、これができたときに、隣にはこんな建物がこのようにつながっていたのだということも含めてすごく驚いたのです。それは一つには、塀がないことと、全部ガラスでぐるっと囲まれていて、しかも、所々視線が全部抜けるようになっていて、一見、迷宮のようにボコボコと箱が散らばっていると同時に、ある所に出ると、すっと道路の向こうまで見えてしまう見通しの良さという二つが、すごく面白い形で融合しています。
 講義室も使わないときは外まで見通せてしまいます。普通、壁で閉ざされてしまいます。道路の向こうまで見えるわけです。奥の方に行っても、美術館の外側が見えるというのは、あまりない経験だなと思ったのです。普通、建物の奥に奥に行くと大体内側に閉じこもっていくのですが、中心になって奥になっても中庭があるということで、中に行っても外が見えるというすごく不思議な空間体験です。
 僕がたまたま行ったときにワークショップをやっていて、これは金沢21世紀美術館ならではだなと思ったのですが、福笑いのようにパーツでいろいろと子供たちが多分やったのだろうなと思ったのですが、これも美術館が持っている、とにかく丸いということと、バラバラと組み合わさってさえいれば、あるアイデンティティが保ち得るという形式の強さと、それをいろいろなバリエーションで考えられる緩やかさの両方がある。また、いろいろな人がこうやってあそぶこともできるわけです。
 これは一つの型を作ったということなのです。ありそうで、あまりない建築の型を作ったので、実は美術館以外にもさまざまに転用可能で、これを設計したSANAAの西沢立衛さんは、同じような形式で、今度は東京で森山邸という集合住宅をやったのですが、金沢21世紀美術館を見られている方は、これが21世紀美術館に似ていると分かると思います。リングをなくして敷地にボックス状のものを点在させているというかなりユニークな居住空間なのですが、やはり本当に開放的なのです。また一方で、路地のように道が続く所などは少し懐かしさを感じさせるという不思議な効果を持っています。これを見て実際にアートの展示も行われたということもあって、この空間が持っている、人と人がここにいると、見たこともない空間が生まれるという目新しさがあると思います。
 谷口さんが設計された豊田市美術館は大変素晴らしく、ある意味で厳格な、まさに美の神殿としてのミュージアムだと思うのです。これは、ここに入ったら背筋をしゃきっとして美術空間に向かわないといけないと感じるくらいたたずまいの正しい美術館で、外の風景は所々見えるという場所もあるのですが、基本的にはすごく厳格な美術館です。
 金沢21世紀美術館を見たときに思ったのは、いい意味でコンビニみたいだと思ったのです。それはガラスに囲まれているというよりも、敷居が低いというか、誰でも気軽に入っていくコンビニみたいな感じがあって、実際に展示作品も割と体感型のアミューズメント性の高いものを置いて、あまり堅苦しいことを考えずに美術館に入っていける仕掛けを作ったという意味では、先ほどの空間の形式と合わせて非常によくできていると思います。
 もう一つは、これは直径100メートルを超えているぐらいの巨大な円形だと思うのですが、円形というのは建築の常識でいうと、記念碑性が高いものに使う形なのです。すごくモニュメンタルなものを使うときに円を使うのですが、ところが、これがそうではないということに結構驚いたのです。建築のよく知っている形とは全然違う使い方ができるのだということです。つまり、上から見ると円だと分かるのですが、中に入ると円形というのはよく分からないのです。この感じは、例えば唐突な比喩ですが、地球が丸いことは誰もが知っているけれど、地球が丸いというのは地上を歩いていてもよく分からないですね。円が巨大になることによって円であることが忘れ去られてしまうような少し不思議な現象があって、中に入ると特にそういう感じがします。
 あと、ラウンドスケープを見ると、この巨大であるものは威圧感を出さないために丘を盛っているのです。全体として傾斜しているのですが、そのままだと巨大なボリュームが見えるのですが、小高い丘を盛ることで建物が少し沈んで見えるのです。その辺も、建物だけではなくて、威圧感をなくすために全体として周りにうまく地形を調整して建物が少し地面に埋没するような形で造っていることには非常に感銘を受けました。

(山口) 五十嵐さん、コレクションについては?

(五十嵐) コレクションは、専門の方から。

(山口) いやいや、ぜひ。

(五十嵐) 割とこういうのが多いなというのが印象で、それ以上、僕はコレクションを詳しく知らないのです。これはオープニングのときの印象だったので。

(山口) 別にいちゃもんをつけようというのではないのです。私の方は、五十嵐さんのおっしゃったご意見と大体似ているかもしれないのですが、私は平屋であることが大きいと思うのです。海外の美術館のこの10年ぐらいの傾向としては、昔はそれこそメトロポリタンのように階段をドンドンと上がっていく感じがあったと思うのですが、テイトギャラリーのように、あるいはポンピドーの広場のように、いろいろな所から人が流れ込んできて吸い込まれていくという、自然とスロープを描きながら入りやすく造るというところが主流になりつつあったと思います。そういう意味で言うと、日本の美術館建築は非常に遅れていたわけです。
 そこで妹島さんたちはちゃんと平屋にして、有料で入れる空間と無料で入れる空間というのを非常にうまく組み合わせて造っておられるので、私はやはり、金沢市民がとてもうらやましいです。特にタレルの部屋に無料で入れて、あそこに日がな一日いたらどんなに幸せだろうと思うので、もしいらしたことがない方がいるのだったら、行かなければ損です。これは言いたいですね。
 それから、やはり現代アートであるからこそ、クオリティのようなことで言うと、世界水準レベルでやらなければいけない。そこはどんなにつらくなっても、武士は食わねど高楊枝ではないけれども、世界水準のレベルを保っていく。それだからこそと私は思うのです。そこを予算で妥協するようなことがあってはならないというようにとても強く思います。今まで現代アートをやっているからこそ、とてもいいクオリティをやってきたと思うので、ぜひ秋元さんにも期待したいというか応援したいという気持ちがとてもします。
 それから、今までいろいろな個性があったと思うのですが、学芸員の方たちの顔が見える企画が多かったのです。これは一見ありそうで、実はあまりないのです。どこかで誰かの横車が入ってきたり、現状で言えば主催側になる大手新聞社や放送局のいろいろな思惑が入ってきたりするので、学芸員がきちんとキュレーションするというのは学芸員にとって非常に難しい状況があるのです。そこをあえて金沢21世紀美術館は顔が見える企画をやっているので、それもぜひ続けてほしいなと思います。
 
 
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