鼎談 2 「金沢をみる」
     
大内 浩
     
宮田人司 平田孝子  
   
記憶に残る香り等、五感に訴える仕掛けが重要


  
(大内) 鼎談2のテーマは「金沢をみる」ということで、皆さんにちょっとリフレッシュをしていただくために、後ほどいろいろな仕掛けを用意しております。まず、「みる」という言葉ですが、これも平仮名にしました。なぜかというと、ちょっと皆さんに頭の中で考えていただきたいのですが、「みる」といっても、要するに眺めるという、ごく普通の「見る」というものもありますし、観光の「観」という字を使って「観る」というのもあります。これは観察の「観」でもあるわけです。それから、例えばお医者さんが皆さんの体を診断するのも「診る」。あるいは、町を診断するという意味でも「診る」という意味もあると思います。
 それから、巡るというような意味での「みる」というのもあると思いますし、あるいはその延長で、「みる」というのは知るということでもある。そういう意味にも、実は「みる」という言い方が使われると思います。あるいは、他動詞や自動詞の変換をしてみると、他動的に「みせる」というニュアンスに「みる」という言葉を変えていくこともできると思います。また、魅力の「魅」を使って「魅せる」というのもあると思います。あるいは、さらには、人のお世話をするというのも「看る」というニュアンスがあると思います。
 今日はお二方、非常に面白い。面白いと言っては失礼かもしれませんが、今までの金沢創造都市会議の中では少し異色の方もいらっしゃいます。実は、お隣の右手の宮田さんは3度目でいらっしゃいますから、既におなじみの方もおられると思いますが、平田さんは今日は初めてこの会議に参加していただきました。
 宮田さんはもともとアーティストで、音楽を作ったり編曲もされていたようですが、今はITのさまざまなコンテンツをプロデュースされています。私にはあまりよく分からないジャンルでもあるのですが、その辺のところも含めて後ほどご紹介いただきたいと思います。
 平田孝子さんは、フレグランス&ジュエリージャーナリスト。私にとっては全く縁のない世界なのですが、香りについてのさまざまな事業を東京と香港とフィレンツェで展開されていらっしゃる。それも香りだけではなくて、ジュエリー(宝石)のたぐいも含めていろいろな事業を展開されていらっしゃるそうです。
 
(宮田) 私は3回目になりますから、毎度おなじみという感じにはなってきたのですが、皆さんのプレートの肩書きを見ると、大学教授とか分かりやすい方ばかりで、この中では僕と山口裕美さんが一番怪しい感じの仕事なのです。
 「株式会社ゼン代表」と書かれても、何だかよく分からないと思いますが、私はもともと音楽の仕事をずっとやってきていたのですが、10年程前、ITなどとまだいわれていないころからコンピューターを使って音楽づくりをやっていました。ゼンという会社を10年ぐらい前につくり、ちょうどドコモのiモード対応機種が出たときに、着メロを世界で最初にやったのがわれわれの会社なのです。ただ、音楽をやっていた経緯があって着メロにという流れは美しいのですが、たまたま思い付いただけで、狙ってやったわけではないのです。最近は3Dのアニメーションを作ったりもしていまして、もともと僕は才能のある人間ではなくて、たまたまいろいろなスキルがあっただけで、その時代に合ったものをどう見せるかということを商売にしてきたのです。
 今は、そんなわけで、直近でやった3Dアニメーションを少し見ていただきたいと思うのですが、去年、私がキャラクターを作ってシナリオを書いて、アニメーションを作った作品があるのです。それはわれわれの会社とエイベックスで一緒に作ったのですが、たまたまそのアニメーションを気に入っていただいたアーティストがいました。MONKEY MAJIKというバンドで、今年、SMAPの香取慎吾君が主役をやった映画「西遊記」のテーマ曲を歌っていたアーティストなのですが、そのアーティストも3Dのキャラクターにしてしまって、僕が作ったキャラクターと一緒にコラボレーションしているプロモーションビデオがあるので、それを簡単に少しだけ見ていただきたいと思います。

* ビデオ上映 *

(宮田) 今ご覧いただいたアニメーションはCG全部フル3Dです。僕がこれにこだわったのは、3Dのアニメーションで有名なものというと、アメリカのピクサーの「トイ・ストーリー」から始まって、最近だと、今年公開した料理のアニメがありましたね。あれを見てすぐ3Dと分かるのですが、僕が狙ったのは、3Dに見えない映像だったのです。要は、すごいべたっとした2Dの映像。要は、フラッシュアニメーションのように見えるテイストを作りたくて、実はこれは結構難しいことなのです。それが今までの3Dアニメーションでないところなのです。
 それと、このアニメーションは去年、最初はインターネットだけで放送したのです。毎週1本ずつ26週間やったのですが、それというのも、CGというとやはりお金の掛かるアニメーションなので、あり得ないことなのです。そこを無理やりそういうやり方をしました。毎週、このキャラクターが劇中で着ている洋服が毎回変わるのです。変わる洋服を全部その週に、ビームスという洋服屋さんで同じものを売るという仕掛けをしました。ちょうどここにきて、これから台湾と香港でこれが始まるところなのです。ですから、テレビで全くオンエアしなかったのに、そういう展開になってきたというのが、やり方としては新しいかもしれないですね。

(大内) なるほど。もう2つ疑問が出てきてしまったのですが、一つは、まるで手描きのアニメーションのように、実は3Dでやるというのはどれほど大変なことなのかというのは、どう理解したらいいのでしょう。

(宮田) まず技術的な部分なのです。今、CGというのは、実写のように、リアルな表現の方向に行こうとすれば、お金さえ掛ければどうにかなるのです。ですが、今見ていただいたようなテイストのCGというのは、お金も多少は掛かるのですが、どちらかというとリアル感ではない部分で、どこまで作品として追い込んでいけるかということなのです。見せたいイメージがばっちりあって、写真のように見せたいのだったら、そのように作り込んでいけばいいのですが、そうではなくて、この場合は本当に漫画に近い形に見せたいという最初のイメージがあるわけです。そこまで追い込んでいくというのが実は結構大変な作業で、それを技術者に伝える僕の言葉が足りない部分もあるのですが、R&Dといって、作る舞台がありますよね。彼らに僕のイメージしているものをどこまで伝えるのかということも結構難しかったですし、彼らはそこをイメージしていなかったわけですから、ではどのように見せたいのかというところで、例えばイラストレーションをイメージしてくれと。イラストレーションが紙の中で動いているようにやりたい。それを実現するためにはどういう技術をすればいいのだというところで、技術開発のところが本当に大変だったのです。

(大内) なるほど。これを今、台湾でもやるとおっしゃいましたが、これが例えば台湾であったり、場合によっては世界各国に行ったときに、あれを受けた側が、あの中に入っていって、いろいろインタラクティブなことができるとか、そういうことは。

(宮田) それはまた別の話で実はリクエストがありまして、このキャラクターは、先ほど見ていただいたように覆面をかぶっていたのですが、なぜ覆面をかぶせたかというと、CGで人間を表現するのは実は一番難しいのです。やはりどうしても気持ち悪くなってしまったりする。覆面をかぶっていれば、半分人間に見えないから、そこら辺はごまかせるかなというのもあって覆面をかぶせたのです。
 それが功を奏して、例えば今僕らはITの仕事もやっているのですが、ITでいうとネット証券などの金融関係ですね。ネット証券をやられている方はご存じだと思うのですが、この辺はどこの会社を見ても、同じようなホームページなのです。ああいうソリューションが売られているのではないかと思うほどほとんど同じようなページで、ほとんど差別化がなくて、お客さんはどこで選んでいるかといったら、手数料が安いかどうかということだけなのです。でも、ただ安くしていこうというのはいずれ破綻すると思うのです。
 今はみんなそちらの方向に行ってしまっているのですが、ある証券会社だけは、手数料は一番高いのに相当な数のお客様を抱えているのです。この会社は、他社と違うところでプレミアム感を出していきたいということで、ほかの証券会社でやっていないようなコンテンツとエンターテインメント性をもっと持たせたようなことをやっていきたいというところで、こういうキャラクターを使ったりとか、私どもへそういう相談がありました。今、金融関係の会社と、例えば自分のポートフォリオを見せるにしてももっと格好いい見せ方ができないかとご相談いただいたりして、そういう方向性でも今度CGが使われだすことにはなると思います。

(大内) なるほど。こういうベースを提供した上で、さらに別の付加価値を乗せていくことができるようになる。
 もう一つ、今おっしゃったのだと、人間を3Dでやると気持ち悪いというのは、ロボットはどこまでいってもロボットでいてほしいというか、あまりにもリアルなものになってしまうと、逆に人間の側が拒絶反応を起こすということでもあるわけですね。

(宮田) そのように言われていましたが、ただ、今年などはロバート・ゼメキスの監督作品でアンジェリーナ・ジョリーがCGで出てくるという、これから公開されると思うのですが、あれはすごいみたいです。僕もまだ見ていないのですが。

(大内) すみません、私もおよそ分かっていないのですが、そんなことも皆さんから後ほどご疑問があれば、いろいろと教えていただきたいと思います。
 それではもう一人、全然違う分野であるかもしれませんが、ひょっとするとどこかで共通な点があるのかもしれない。平田孝子さんの方からお仕事をご紹介していただきながら、そのユニークさをぜひ教えていただきたいと思います。どうぞ。

(平田) 皆さま、はじめまして。フレグランス&ジュエリージャーナリストの平田孝子です。よろしくお願いいたします。私も一体何をやっているのだときっと思われるので、自己紹介も兼ねてお話ししたいと思いますが、金沢ではおなじみの山口裕美さんのご紹介で、今日はこちらへお招きいただきました。ありがとうございます。
 今日、私は「金沢が香る、金沢で香る」ということで、金沢らしい香りについてフレグランスジャーナリストの立場からご提案させていただきます。皆さまにとってはひょっとしたらかいでいらっしゃる香りかもしれないというのを、後ほど皆さまにもぜひ香っていただこうと思います。
 私がそもそも現在の職業に就いたきっかけというのが、この仕事をやっていて、あまり同業の方がいないのですが、私は子供のときに東南アジアの国、インドネシアのジャカルタ等で過ごしたことがあります。宮田さんも先ほど伺ったらタイで育ったということで共感を持ったのですが、私は70年代半ばから後半に父の仕事の関係でジャカルタへ行って、現地のインターナショナルスクールに通っていたのです。インドネシアというのは人口の7割がイスラム教ですが、当時、学校にはさまざまな宗教のいろいろな国籍の方々がいらっしゃったのです。私の住んでいる家の隣が、チャイニーズインドネシアの華僑の方でした。もう一つお隣の方が、敬虔なインドネシア人のイスラム教徒の方だったのです。
 あるとき、4歳半ぐらいだったと思うのですが、夜中の4時半ぐらいに、火事だからとにかく逃げようと母にたたき起こされて、隣の家が燃えているのです。少しブロックがあるので大丈夫だったのですが、お隣のおうちは全焼して、わが家は事なきを得て問題はありませんでした。ただ、その火事になった理由というのがすさまじくて、お隣の敬虔なイスラム教の信者の方が、厨房から流れてくる豚肉のにおいが耐えられなかったので火を付けたというのです。それを聞いて、カミュの不条理な世界というか、太陽がまぶしかったから殺人をしてしまいましたというのと同じぐらいで、放火というのは日本では非常に大きな罪だと思うのですが、地元メディアは火を付けたお隣のインドネシア人の若い奥さまに対して非常に同情的で、理解できると言うのです。
 それで、香りの違いということと、文化間の宗教の違いであるとか、いろいろな風習の違いで、こうもいろいろなことが起こるのかと思いました。それから、東南アジアですから、熱帯の花々や果物の香り、市場の香りや、貧富の差も大変激しいので少し通りを挟むとスラム街のような所もありまして、においでこんなにも気分が変わるものなのかというのがそもそもの原体験としてあって、それで私は香りを言葉で表現したり、香りをマーケティングするような仕事に就いたわけなのです。
 同時に、ジュエリーに関しても、やはりインド人の方やアジアの方々は皆さん、石そのものをお守り代わりにされていたり、着飾るとか装うということもありますが、自分の身を守ったり、自分の日々の生活の中に香りやジュエリーをうまく取り入れて、おしゃれをしたり楽しんでいらっしゃるのを見て、色から受ける影響や香りから受けるメンタルなものがいかに大きいのかというところから興味を持って、今の仕事が始まりました。
 私が香りの仕事をしようと思ったのは、相変わらず地球上で戦争やテロ等が起こっていますが、21世紀を迎えた今も世界のどこかで争いが絶えなくて、いまだ平和とは程遠い暮らしをしている人たちがいます。それで、一滴のフレグランスで悲惨な戦いをなくすことができるかどうか分かりませんが、香りがあることで心豊かになるのではないかなということを、皆さんに五感の大切さのようなものをお知らせしたいと思って、今の仕事をしています。
 そもそも香料の歴史というのは約5千年ほど前、紀元前からあるのですが、およそ50万年前から人類は火をおこすことを身に付けました。何でも燃やすととにかく煙が出て、においが出る。そこで香木を燃やすといいにおいが出るということで、香りへの関心が始まりました。有史以前、そういうことで香りが存在するのではないかということが認識され始めたのです。
 それから、香水の歴史というのは500年ほどあります。今、一般に普及されているアルコールににおいがついているものは約500年の歴史なのです。日本でもおよそ1千年前、来年、源氏物語が約千年になるのですが、平安時代に香道が盛んに行なわれたり、戦国時代にも茶道と並んで香道が盛んになって、やはり戦国武将が自分の武運というか、甲冑にたきしめて戦場に赴くですとか、お能もそうですし、非常に香道というものが戦国時代に盛んになりました。
 金沢は本当にお料理もおいしいですし、繊細に感じていらっしゃると思います。われわれ日本人というのは意外に、無臭の国に暮らしているのではないかと思っているのですが、生活の中にいろいろなにおいがきっとあると思うのです。それを感じていただけたらいいなと思っていました。
 それから金沢で「みる」ということで、私は昨日到着したのですが、北國新聞の夕刊で昨日、国連大学の研究機関が設置されると伺いまして、これは大変素晴らしいことだなと思いました。今年でいえば、香料の世界では、紛争やテロなどがありますと香料の価格自体も高騰しますし、主に中近東辺りが香料の原産地であることも多いので、香料自体が手に入らなくなるということも結構あります。それから、今年は特に地球温暖化を体感するような1年だったと思うのですが、そういうことでだんだん天然の香料、昔から当たり前に取れていた香料が今本当に大変貴重になっているのです。先ほど宮田先生もおっしゃっていたように、当たり前のものを手に入れることが難しい時代になってきた。それは古くから暮らしている木造の建築であったり、木でできた家具であったり、お箸であったり、そういうものがだんだん難しい時代になっていったのではないかと思っています。
 私は今、仕事で日本と香港、イタリアを基点に行ったり来たりしているのですが、アジアの感性でうまくイタリアとミックスしたようなジュエリーということで、パルファムブレスレットという商品があります。いろいろな色なのですが、実はヒスイなのです。ヒスイの石をもとに作って、日本の着物技術の組みひもを使いまして、香りをしみ込ませるジュエリーを作ってみました。こちらは今、日本と香港とイタリアで展開しています。
 皆さん、生活の中で日々心に響く香りがいろいろあると思うのですが、私は金沢というと、まずとても好きなのが棒茶の香りなのです。皆さんにとって金沢の香りというのはどんな香りがあるのかも今日は伺おうと思うのですが、嗅覚というのはとにかく一番、人の長期記憶を可能にするものなのです。だから、先ほど「金沢をうたう」というところで音楽が流れたように、その音楽がかかるとその時代その時代を思い出されるように、香りをかぐことで、5年前のことであるとか、ふと何かそのとき聞いていた音楽だとか、そのとき食べたものだとか、いろいろな景色までよみがえることがあると思います。
 最近、香りの分野で私もかかわっているのは、医療とのコラボレーションも大変多くて、アロマコロジーという分野なのですが、例えば認知症の方、アルツハイマーの方、それから産婦人科・外科的な治療などの術後の痛みの軽減や、麻酔アレルギーの方なども香りを使うことによって麻酔の量を軽減するだとか、大脳や内分泌の免疫系の先生方などともコラボレーションして香りの可能性というのをいろいろ探っています。
 やはり香りというのは、本当に有史以来あるものなのですが、最近やはり香りを大事にしない傾向になってきているのではないかなと思うので、ぜひ香りに目覚めていただけたらいいなと思っています。
 三大香料として世界で最も愛されているのが、バラ・ジャスミン・アイリスです。アイリスというのはショウブ、アヤメなのですが、これが大変高価なのです。最高級といわれるバラの香料はブルガリアローズといいますが、これを1リットル取るために、一体どれだけのバラの花びらが必要だと思いますか。
 では、挙手してください。1.1トン。2.2トン。3.3トン。

(宮田) 10トンほどあるかもしれない。

(平田) 10トンですか(笑)。
 答えは3トンです。1リットル取るために、バラの花びらが3トン必要なのです。これで約1500万円します。だから、バラの香料というのは、調香師さんたちは鍵を掛けて大事に保存しているというぐらいなのです。ジャスミン、アイリスも大体そのぐらいで、産地によっても若干開きがあるのですが、そのときそのときの年次で変わります。
 あと、ファッションの世界で黒やパープルがはやったり、お香やオリエンタル、スパイシーな香りがはやると、必ずその後、世界規模で起こる事件があるのですが、宮田先生、大内先生、何か分かりますか。

(大内) 何だろう。お分かりの方、いらっしゃいますか。

(平田) 戦争です。
 それから、宮田さんのやっていらっしゃるIT化が進んだ中で、特にバブル後半以降、一番消費が進んだ天然香料があるのです。これは何でしょう。

(宮田) ラベンダー。

(平田) ああ、癒しとかですね。答えはミントなのです。
 まず2番目の、オリエンタルな香りがはやると戦争が起こるというものですが、古くは第一次世界大戦、第二次世界大戦や、昨今ですとニューヨークの同時多発テロのときも、ファッションショーで、とあるブランドは、テロリストシックとかファッションハイジャックというテーマでファッションショーを開こうとしていたぐらいだったのです。あまりにも不謹慎だということでお蔵入りになってしまったファッションショーもありました。
 やはりファッションや香りというのは、時代の空気を1歩先、2歩先を早くかぎ分けていて、何か歴史が動くときというのは不穏なにおいがするので、われわれは、「こういう形のボトルがはやって、こういう香りの香料がはやり出すと、そろそろ何かきな臭いことが中近東で起こるのではないか」と。占い師ではないですが、経験則から、ベトナム戦争などもそうでしたし、必ずそのようなことが起こっています。昨今またスパイシーな香りがはやっているので、また何かあるのかななどと思っています。
 3番は、IT化が進むと皆さん会議が長くなったりします。天然香料のミントには覚醒作用と鎮静効果などの眠気覚ましの効果等があるので、フリスクやガムやミントのスーッとするものを好むわけです。それともう一つ、次に飛躍的に増えたのは、香林坊にもスターバックスがあって、びっくりしたのですが、コーヒーの需要というのもIT化が進んで大変増えた天然香料です。
 一つの香水の中に1000種類ぐらいの香料が入っているのです。香りというのは一つ一つブレンドしていって、まるで一つのオーケストラというか、音楽を奏でるように作るのです。香りを作る調香師さんというのは、オーケストラでいえば指揮者のような存在の方で、香りを頭でぱっとイメージして組み立てて作るのです。本当に作曲家のような才能があります。
 香りというのは、かつては権力の一部で、権力者のみが自分を神格化させるために使って、限られた人たちしか使えないものだったのです。先ほども申し上げたように、香りの歴史は大変古く紀元前までさかのぼることができるのですが、古代エジプトなどでは、なぜミイラが今でも残っているかと申しますと、香料だらけで包帯でぐるぐる巻きにしてあるからです。あの中には約12種類の没薬(モツヤク)や乳香(ニュウコウ)など、いろいろな香料が入っていて、それとタールをブレンドしたものでぐるぐる巻きにすることによって、今なおああいうものを腐敗させないで残すことができているのです。
 それから、有名な話なのですが、クレオパトラは本当にバラ好きでした。バラと特にジャスミンの香りが大好きで、本当に毎日欠かさずバラ風呂に入ったり、バラ湯を欠かさず使ったり、それからナイル川を渡るときには黄金の金箔を張った船に、マストの帆は紫色のシルクでできて、そこには丁子(クローブ)の香料をたくさん塗って、彼女がやって来ると、女王様がやって来たと分かるぐらい、香料をたくさん使ったのです。とにかく歴史上名を残している方々の香料というのはすさまじくて、例えば古代ローマのネロなどは非常に独裁者で有名ですが、香り好きでも有名で、ご自分の結婚式に何と国家予算1年分のお金を掛けて香料を使ったり、とんでもないこともやっている。香料で身を滅ぼしている人は、歴史上たくさんいらっしゃいます。

(大内) 今だったら、逮捕ですね。

(平田) そうですね(笑)。
 香料は、古代ローマぐらいまでは油に混ぜていたのです。それが10世紀ごろ、羅針盤がアラビア半島でできて大航海時代になるぐらいから、アラビアの辺りでアルコールができたのです。アルコールの技術ができることによって長期保存が可能になったり、現在の香水の原型ができるようになりました。それが十字軍の遠征でエルサレムで戦争を行っているときに、10世紀か11世紀ぐらいにヨーロッパに伝わって、今の香水の原型ができました。
 香水が飛躍的に発展したのがルネッサンスなのですが、世界最古の薬局で、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラという教会に薬局があって、香料を扱うのは修道士さんが薬目的で、香水ということだけではなく、飲んだり塗ったり、殺菌をしたりといった目的で使っていたのです。だから、日本の戦国武将の方々がお香をたいたのと同じように、やはり十字軍遠征や戦地に赴いたナポレオンなども後の世で大変香りを使っていたのですが、皆さん、消毒目的だったり、お風呂にも入れませんから、消臭効果や気分を高めるために香りを使っていました。
 世界最古の薬局は1231年にメディチ家によってできましたし、日本においては平安時代の有名なもので東大寺の正倉院の国宝になっている蘭奢侍(らんじゃたい)という、ミャンマーから渡ってきたといわれる香木があります。ご存じの方もきっと多いと思うのですが、歴史上で4人の方しか切り取ったことがない本当に大変貴重な香木で、それを一番刈り取ったのが織田信長だといわれていますが、藤原道長と明治天皇と織田信長と足利義政の4人です。
 私もお手紙を頂くと、金沢の方は書道が達筆な方々が多くてすごいなと思うのですが、墨の香りの中にも実は香水が入っているのです。それは樟脳という成分で、英語でカンファーというのですが、それが入っていることで、なぜか墨をすっているときというのは非常に心が落ち着いたり、正座をしてきちんと背筋を伸ばしたくなる。意図的かどうか分かりませんが、あれはそういう香りの効果を狙っています。それと、墨自体の長期保存を可能にするために、そういった香料が入っています。
 香りが本当の意味で今日のような形で一般に使われるようになったのは、産業革命を経て19世紀後半から工場化が進んで、どんどんガラス工芸で大量生産ができるようになってからなのです。今のように皆さんが普通に香水を求められるようになったのは20世紀、マスカルチャーになってからです。

(大内) ありがとうございました。何かすごく一気にたくさんのことを勉強させていただいたというか、多分皆さんも同じような気分で、「うわあ、知らないことばっかりだった」というか、本当にいろいろなことを勉強させていただきました。宮田さんもうなずいていらっしゃいましたが。

(宮田) そうですね。きちんとパワーポイントを作っているなと思って。

(大内) そっちに感心しましたか(笑)。そうではなくて、例えばIT系の方たちがある種のストレスに対してミントに頼るとか。

(宮田) そうそう、僕は先ほどあそこで少し気になったのです。僕はこの仕事をして疲れるようになって、ラベンダー系のものを買うようになったのです。

(大内) なるほどね。よくコーヒーとミントというのは、IT社会とかなり連動しているという話はありますよね。

(宮田) 周りでは確かに多いかもしれないですね。

(大内) チョコレートもそうですが、ミントの香りがあんなに強いチョコレートがなぜ売れるのだろうと初めは思っていましたが、今は当たり前のように世界中で手に入りますよね。

(平田) そうですね。まさに今、現代女性は疲れていると思うので、スイーツブームですが、チョコレートが増えているのも疲れやすい昨今のストレスフルな社会が影響しているのかなと思います。
(大内) まだまだいろいろと勉強させていただきたいことはあるのですが、それはまた後ほどお伺いすることにしましょう。
 

次ページに続く
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