分科会C 「都心再生のプログラム」
     
蓑原 敬
大内 浩
「公共の場」での議論が必須
住みたい「町の像」を明確に
 
●大内:蓑原さんは、旧建設省の出身で、全国のいろいろな長期計画や都市マスタープランなどにも関与されたと承知していますが、この会議の印象はいかがですか。

●蓑原:昨日の会議を拝見しまして、これは全くパブリックな場であるということに、非常に感動しました。 パブリックの場というのは、ある地域社会なら地域社会、あるいは国なら国が、本当に何を必要とし、そのために何をどうしたらいいかということを、いろいろな問題、垣根、障害、自分たちの拘束条件を取り払って、きちんと議論をした上で、一体何をしたらいいかということを考える場であって、それは、官ではないのです。 何かある抽象的なことを考えて、官にお願いしますと言ったところで、何も進まないのだということを、共通 の認識として持っていきたいと思うのです。

●大内:日本では町のストックが非常に貧困だと思います。狭くてテラスも庭もない住宅、次の世代に住み続けられない住居、空間的秩序を欠いた都市、農村。あるいは歩いて暮らせる環境が未整備である。福祉・文化・教育がうまく連携していない。さらに町並みや歴史、文化への配慮不足等々、さまざまな本来ストックとして生かされるべきものが実は生きていない、あるいは我々は今までの過程の中で生かしてこなかったというようなことを指摘されています。

■文化的接触失った町
●蓑原:結局、私たちがつくってきた町というのは、何であったかということになるわけです。日本というのは、幕末から明治にかけて、世界に卓越した美しい都市と田園を持った国であったのです。ある本によりますと、たくさんの外国人が、それは単に都市の風景とか田園の風景だけではなくて、生活のたたずまいとか、そこに住んでいる人たちの非常に和やかな幸せそうなパターンというのを見て、これは本当に楽園ではないかということを異口同音に言っているのです。日本人の持っていた一つの文明というものを非常に高く評価しています。 ところが、それまでもいろいろありましたが、1955年体制が確立、急速な経済成長が起こり、都市化が始まって、その中で我々が作ってきた町のルールとか、町の良さが、非常にさんたんたるものになってしまいました。 しかも、町全体がほとんど野放図に拡散し、人が郊外に行って、町という一つの文化的な大きな接触機会を失ってしまうというような構造になってしまった。今、それをどういう形で再編成するかということが、最大の問題になります。

●大内:確かに金沢の町ですと、元々は馬や牛に荷物が引かれ、あるいは人は歩くということを前提につくられた町のなかに、自動車が入ってくる。あるいは鉄道が敷かれるという形で、町の構造を大きく骨格を変えていった。 さらに、この金沢のように非常に評価すべき住宅がブルドーザーで壊されている姿は本当に悲しいし、何か自分の内臓までかきむしられるような悲しさを覚えるのですが、なぜそれを丁寧に修復し、次の世代に受け渡すことができないのかいうことが問題だと思います。 蓑原先生の本によりますと、一つは法制度的な限界という指摘があります。 例えば70年に建築基準法の改正がありましたが、敷地主義、敷地のことについては考えていますが、それを超えた町というレベルで、あるいは隣の家までも含めて考えるということを実はできていない。あるいは建築の形式、具体的には、例えば金沢のように風情に合わせて建築をどのように誘導していくかということについても建築基準法は何もいっていないというような問題がある。 さらに、各省ごとの縦割りどころか、例えば国土交通省の中でも、住宅を扱っているところと道路を扱っているところと公園を扱っているところで全くばらばらのことをやっていて、その調整が行われていない。

■やはり分権化が課題
●蓑原:昨日も指摘がありましたが、例えば幅の広い道路なでオープンカフェを開きたいとします。そうすると、道路管理者と、道路交通 法上の警察署が出てくる。道路管理者は、いいかなと思っても、道路交通法というのは、歩道では、ちゃんと人が通 行できるという、通行の安全性を確保するために作られているわけですから、そこでいすが出てきたり、物を食べられたりというのは、法律からいってまずいわけです。 ですから、そういうオープンテラスの方が大事なのだということを、だれかが決めない限り、警察の人は一生懸命まじめであればあるほど、そういうのはつぶしにかかる。 そういう意味で、やはり早く分権化して、トータルな議論でそれを変えていかなければいけないという指摘がありますが、それを本当にどうするかというのが非常に大きな課題です。

■法制度をどう組み直すか
●大内:要するに今までは一つの価値基準で、それにどう合理的に合うかということで、例えば建築基準なら建築基準、あるいは都市計画は都市計画でできたのですが、一方で、もう一つ、わたしたちは本当にどういう町に住みたいのか、この町をどうしたいのかということをベースに、それを実現するために法制度をどう組み直すか、あるいは補助金の制度をどう組み替えるということをしなければならないというわけですね。 最初に蓑原さんが言われた、まさに公共の場というのは、実は日本人はガバメントが公共だと誤解している。実はこういう場所、私たちが今ここで昨日から大変な時間と労力を費やしています。多分まだまだ足りないと思うのですが、こういう場が本来のあるべき公共の場で、その公共の場で議論され、あるいはそこで得られたコンセンサスをどのように町の政策論としてやっていくか、あるいはそれぞれの皆さんが具体的なビジネスの場で展開していくかということが、一番重要なテーマだということが、今回のこのセッションの結論に当たると思うのです。 結局、私たち自身がどういう町に住みたいのか、どういうライフスタイルをここで実現したいのかということを明確にしない限り、政策や補助金で町はつくれないということを、はっきり、頭に入れなければいけないということではないかと思います。

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