第7回金沢学会

金沢学会2014 >第2セッション

セッション2

■第2セッション
「都心に木造住宅を 」


●コーディネーター
水野 一郎氏(金沢工業大学教授)
●ゲスト       
鄭 秀和氏(インテンショナリーズ代表)
内海 彩氏(階US代表取締役)
明石達生氏(東京都市大学教授)
後藤正美氏(金沢工業大学教授)


水野
それではさっそくセッションAを始めたいと思います。@は「大人の金沢」という非常に精神的に豊かになる話でございますが、こちらはリアルにハードウェアでいきたいと思います。「都心に木造建築を」と言っている意味は金沢には都心にいっぱい木造建築が残っているからです。ところが都市行政としては免震構造もそうなのですが、特に戦後、木造をなくそう、都市を不燃化しよう、それが近代化なのだということをずっと続けてきたわけです。ですから、木造の街から不燃化することを終戦後の最初の近代化事業となります。不燃化が最初の近代化事業ということです。都心から木造がなくなることが都市づくりの目標としてずっとあったわけです。そのことが今になって金沢にとっていいことなのかどうかということを今日は少し考えてみたいと思います。

ここに書いてありますように火災、震災、焼け野原になった経験もございました。私の本籍は実は日本橋でございまして、日本橋界隈は大正時代の関東大震災によって壊滅的にやられまして、私の父は川へ飛び込んで火事が過ぎるのを待っていたそうです。このあたりの戦災では富山が焼けて、金沢からでも赤い空が見えたとよく聞きます。そんな焼け野原になったことから、なんとかして近代化という名目で不燃化する都市ができないかということが目標でした。その戦災を受けた後の復興事業が日本の経済高度成長、それから都市化が進行しました。このようなことからほとんどの都市の都心は膨大な量の不燃化の建築物が積み重ねられました。非戦災の金沢でも、幹線道路沿いは近代化事業、再開発事業を経まして、不燃化した街並みができています。金沢駅から武蔵、南町、香林坊、片町の路線はこの近代化制度の成果です。そのような中、コンクリートばかりの、鉄骨ばかりの建築でいいのかという反省からかもしれませんけど、もう一度木造を見直そうという機運が高まってきております。
建築専門誌の「新建築」とか「日経アーキテクチュア」で近年木造特集が盛んです。そういう建築文化としての木造を再評価しています。法隆寺は1200年持っている等も含めて、エコ再生資源としての木材、サステナブル社会での木材、地域の産業を活性化させるための農林業の振興に伴う振興策や木と人間生活のシニアレス性、健康や癒しになることから見直されてきています。最近では耐震、耐火の木造に対する研究も非常に進んできております。今日はその専門の方もお呼びしております。
他に公共建築物木材利用促進法は2010年にできました。三階建て以下の小規模の建築は木造にしなければならないという法律です。これを実際に施行体制まで持って行った市町村は全国でまだ数百しかなく、ほとんどはまだ実行しておりません。そこで金沢は実行したほうがいいのではないかと思っています。金沢の都心は木造でございます。幹線道路沿いのみが近代化都市区域で不燃化されました。
この図面の景観条例ですが、黄土色部分が伝統的計画保存区域です。その中心はもっと高い歴史文化象徴区域で、このほとんどが歴史的空間です。片町から南町、香林坊までピンクっぽいところが近代的都市計画消失区域です。紫のところは近代と伝統の交わるところです。すなわち中心地のほとんどが伝統環境保存地域です。この地域の建物のほとんどは木造でございます。この都心も木造ではダメですよ、不燃化しなさいというのが都市計画の決め手の法律でございます。この法律を克服する今日のテーマでございます。

セッションAでは最初に後藤先生から木造は強く、耐震性もあるぞという発表です。内海先生から木造の集合住宅について発表していだきます。明石先生は都市工学科を卒業後に国交省にお勤めになり、色々な町づくり、建築に関わっておりましたので、これに関する法律はどうなのだろうということをお聞きしたいと思います。これらの発表のあと、建築家の鄭さんからこれはどうなったのかという話をお聞きしたいと思います。日本で初めてのことなので結論にたどり着けるかどうか、出来る限り前進できるようにしたいと思います。


後藤
金沢工業大学の後藤と申します。伝統構造の耐震ということでここ十数年、二十数年近く研究しておりまして、2010〜12年の国交省の建築基準法の中に伝統工法の木造の基準をきちんといれましょうというプロジェクトに入りまして、このような経験を踏まえてお話できればと思います。伝統木造という言葉一つでみなさんイメージが違います。また伝統木造って何というと皆で違います。私の一つの答えは「木を組む構造、瓦をなるべく使わないで木を組んで家を建てるのが伝統構造、木造」です。こういう木造の耐震性が強いのかどうかという調査、実験例を紹介したいと思います。
私たち構造技術者としては色々な災害に対応する木造をつくらなければなりません。特に最近は地震が多く、他に台風、竜巻など色んなことがあるのですけれども、今回は地震のみについて紹介します。石川県にある妙成寺の木造建築の写真です。他に主計町、ひがし茶屋街というような有数の伝統木造があります。これらの伝統構造に地震が起こると、地震が多い日本になって、石川県にも過去にこれだけの地震がありました。特に1799年の地震は当初、兼六園の真下が震源地と言われていました。近年の研究によれば内灘の海岸沿いが震源だとわかりました。この地震はかなりのもので金沢城の石垣が崩れたという記録が残っています。一説によると大地震の周期は260年とも言われています。1799年から260年となると2060年ごろになります。もう少し時間がかかるという風に見るのかそのあたりは微妙です。
これが石川県内の断層です。確率的には5%以下と言われ、かなり低いわけですが、阪神大震災は8%でした。ですから、確率はあまり問題ではなく県内に多くの活断層があることが問題だと思います。

今年11月に長野で地震が起こり、現地で写真を撮ってきました。右側の神社、建物は完全につぶれて倒壊しています。奥の正面の拝殿はつぶれそうになっています。画像には断層が通っています。地震が起こるたびに報道で目にされるのが、木造の家がつぶれているものです。本当に木造の家が地震に弱いかというと実は強いという見方もできます。新潟の中越地震の写真です。震度7の地域でも全体のパノラマ写真を撮るとこんな形になります。左の方に倒壊する写真が2、3件ありますけれども、他は無被害のような状況です。これをニュースで見ると左の倒壊している側のみが出てくるので、見ている側としてはこの地域全てがつぶれているというイメージになってしましますが、現地で写真を撮るとこうなります。上の方の住宅は在来の建物で震度7の地震で壊れる可能性もあると示しています。
鳥取県西部地震の規模は阪神大震災と全く一緒です。マグニチュードでいうとこちらは正真正銘の7.3ですが、阪神大震災では実際7.2だったものを被害が大きいことで7.3にあげたという経緯があります。鳥取県を大分走り回りましたけど、この写真の家の一番被害が大きかったです。家の中に入ると傾いてはいますが、つぶれてはいません。ということは、マグニチュード7.2、7.3でも倒壊しない家があるということです。
金沢の街についてですが、市役所の方に色々と協力していただいて調査を行っています。金沢市では年間200棟が解体されています。金沢市内に10000棟の町家があると言われていましたが、それが毎年毎年200棟ずつ解体されているということで今は7000棟です。いいか悪いかは別にして、研究者の立場からするとこれから壊す家を詳細に調査できるという利点があります。
金沢の町家の柱の図になります。金沢と京都の町家を比較すると、金沢のほうが華奢で9センチほどのものが平気で使われていたりします。普通の今の住宅は4寸=12センチぐらいなのでかなり細いです。9センチの柱だと地震が来ると倒壊してしまうような華奢というか華麗というか軽やかというかそういった見方ができます。これを耐震要素ということで見ていきますと、結構耐震性があります。2012年に兵庫県三木市にある世界で最大の振動台と呼ばれているものがあります。この上で全国的に伝統建築と言われる建物を二棟作って再現していますけれども、奥の方は石の煉瓦に載っているだけの建物、奥のほうは地面に立っています。阪神大震災の揺れを再現すると、このような建物の被害が確認できます。普通の木造の家をつくれば、阪神大震災の直下型の地震でも耐えられるということがわかります。2000年に東本願寺の耐震改修工事を親鸞聖人の御遠に合わせて全部やりたいということで、模型を作りました。煤が大量にあり、構造が見えなくなっていたために、模型を作ったのです。学生が一週間お寺に泊まり模型を作りました。お寺の場合、木造建築は重いです。東本願寺の木造建築、御影堂は世界最大と呼ばれており、全部で6000トンの重さがあり、天井より上で4000トンの重さがあります。写真では細く見える柱は直径70センチのケヤキです。こういう太い柱が使われているわけですけれども、4000トンの重さを支え、直下型地震に耐える構造化を検討します。東京大学防災研究所で実験されました。実際に寺に行き、耐震の足りないものがあるかを調査し、補強部分を確認しました。
明治24年に建てられてから結構経過しているので、木材はかなり傷んでいます。しかし、代わりになるものがありません。直径70センチと言いましたが、一つの木材を四等分して70センチにしたものです。元々は3メートルくらいのケヤキの木を使って、建てられているすごいお寺なのです。柱が傷んでいてもこれに代わるものがないため、日本全国の檀家さんに声をかけ、ケヤキの太い木は切るなと50年後に本格的に回収するためにとっておけという段取りをしなければならないそうです。本格的に50年後に改修するということで鉄などをいれ補強しています。ただし、全部巻き付けているだけです。これは木材に傷をつけないためで、天井裏と床下に鉄骨を渡す等、今も最新の免震装置をいれ補強しています。
金沢では耐震診断マニュアルを作成いたしました。これは京都に次いで全国で二番目です。伝統木造の耐震診断マニュアルです。昭和33年以前の建物はこれで全部チェックし、耐震性を確認すれば、残しておけます。ただし、新築の建物には適応できません。次のステップは民間編です。社寺編をつくろうという話がありますが、そこで止まっています。社寺編ができれば日本で最初のマニュアルとなります。
これは能登半島の門前の街並みです。火災前の街並みですが、震災後に景観の途中に新しい建物が建ってしまっています。歴史的、伝統的な街並みの黒島地区に、地震で壊れ、被害を受けたからといってこのようなものが建てられてよいのかと思います。吉田旅館という築120年くらいの木造でちょっと入りましたけど、構造的な被害はなかったのですが、今は解体され箱根のお菓子屋さんの店舗になっています。同じ日の新聞に右は箱根再生、左は金沢の街を伝えましょうという記事が並びました。市民の中の意識を高めて欲しいというものです。
アメリカに行った時に家の図面を住人が持ってきてくれました。耐震診断を誰がいつどのようにチェックしたかがわかるので、集合住宅というのは安心できます。ところが日本ではこのような法律文書が一切ありません。ですから、耐震診断の際も最初から調査が必要になります。維持管理をきちんとしないと建物はシロアリに食べられる等、文化財もシロアリに食べられた例もあります。ロサンゼルスのある町ですが向こう三件、両隣二件の同意を得なければ、自分の家を増改築してはならない、改装してはならないというルールがあります。アメリカにはあまり歴史が無いので歴史を作り景観を残したい、景観はみんなのものという意識が高いのでこのようなルールがあるようです。増改築のため自分の家の桃の木を切りたかったが、隣のおばあさんが桃の木と山の景観を見るのを楽しみにしているので、切ってはならない、認めないとなりましたが、1万ドル支払い増改築をできるようにしました。利己主義的だと思われるアメリカですが、歴史のないぶんだけ景観を大切にしています。

水野
町屋のマニュアル、社寺のマニュアル含めて金沢が先行するとバックアップができますね。続いて内海さんです。

内海
KUSという会社をやっている傍らでティンバライズというNPO法人の活動をしています。ティンバーとはwoodでもなくlogでもなく建築材料としての木材という意味です。その造語でティンバライズという言葉で活動していますが、伝統や慣習にとらわれずに木という素材に向き合い、もう一度新しい可能性に色々探っていこうということで活動しています。
四年前に東京で展覧会を開催いたしました。その時に作ったモンタージュです。会場は表参道だったので表参道の街並みにいまこれだけの木造の建物を建てていくことが出来る状況が日本でも整っていたことを示すために造りました。耐震性や耐火性を備えたその都市においても、都市をつくっていくような建築となる中高層の大型の木造建築を私たちは都市木造と呼ぶことにしました。それが実現可能になりましたよという話をしていたのが2010年ごろで、ここ2、3年でそういったものが建ち始めています。特に木に関しては燃えるというところで耐火性能をどういった形で持たせることができるかというのが2009年から2010年に開発や技術が考え出されていました。それがおよそ三つの形にまとめられると思います。方策1というのが「被覆型」といいまして、これは木で構造部分が作られています。それを燃えない素材で覆い、燃える木の構造を守るという耐火性を持たせています。一番簡単な方法ですが、これにより木造でありながら木が見えません。二番目は「燃え止まり型」です。真ん中に木造の構造部材がありますが、その外側を一度燃えない材料、燃え止まり層と呼んでいるのですが、それで包み、外側をさらに木で燃えしろとして木を貼ると、燃える速度が決まっており、それを利用してゆっくりと燃えさせる。さらに火が来た時に完全に止める層があるとこれは木造ですので外から木が見えます。しかし、これは製造方法が複雑でコストとしてもさらに高いものとなってしまうという問題があります。方策の3としては鉄骨を内蔵させるという案があります。「鉄骨内蔵型」これは厳密に言えば構造としては鉄骨造になりますが、木がゆっくり燃えながら鉄に熱が伝わるのを抑えてあげることで耐火性をもたらすことができ木の表情を表に出すことができます。以上の3つが現時点で可能な実現できる耐火性能を持った木造建築になります。
東部地域振興ふれあい拠点施設は埼玉県春日部市にあります。上部の送風部分だけが木造であり、左下には木の柱がおおわれています。大阪木材仲買会館は「燃え止まり型」が出来ました。中に燃え止まり層をモルタルで作りました。内装としても木の梁などが大きく見えています。金沢の駅の裏手にあるエムビルですが日本で最初の鉄骨内蔵型ビルディングです。五階建てで鉄骨に木をまいたような形でできております。中は画塾として使われています。このような形で近年新しい木造で耐震と耐火性能をもったものが実現してきました。
ここからは私の事務所で東京都世田谷区下馬に建てられた五階建ての集合住宅についてご紹介いたします。駒沢通りという幹線通りにあり、五階のうち一階はコンクリート造、二階から五階までが木造になっております。ガラス越しに木が斜め越しに組んでありますが、これも構造の木材としてまかなっています。デザインの説明ですが、非常に小さい建物で、しかも不整形な敷地の景勝に合わせて建てられ、ボリュームいっぱいに建てられ最大限の容積率を獲得いたしました。これにより小さい敷地の中でエレベーターと階段が多くを占めてしまわないよう、外部にらせん状の階段をつくることでそれぞれの住戸のブランを取りやすく、かつ一住戸に対する都市からのアプローチがそれぞれの距離感も生まれてくることになっています。なおかつこのような階段をつくることで、単純な積層ではなく少しずつ違ったものになっており、同じ間取りに重なるプロトタイプから解放された集合住宅です。断面図のスケッチはこのようになります。一階部分はコンクリートでできており、二階からうえが木造です。柱と木がここでは重要な構造要素となっている。燃えない材料であり、火でおおわれており木が表れていません。ガラスの奥に見える斜めの格子ですが、地震や火事に抵抗する要素となっています。建物の耐震性と耐火性能を満たしながら、なおかつ木が表に現れる建物になっています。専門的になりますが、床と柱の扉の部分に木造ですが、石膏ボードでおおわれており、外からは見えません。
このプロジェクトは昨年終了したと申し上げましたが、スタートしたのは2003年です。その時点では建築基準法改正が行われ、木造建築がどこにでも作れるようになっていましたが、制度を満たしている具材がまだどこにもない状況でした。そんな中で是非木造で建てられるなら建ててみたいというお客さんがいらっしゃいまして、プロジェクトがスタートしました。最初の一年で柱、床、屋根のそれぞれの耐火と耐震認定を取得しまして、翌年これを用いたい評定を受け、二年ぐらいかけ建築の確認をしました。そうしたところでいよいよ建つかという時期に建築偽装問題がありまして、そこから改正建築基準法があり、建築業界にとって不遇だった時期です。さらにリーマンショックがあり、プロジェクトが動かなくなる時期が二年以上続きました。そこから2010年に公共建築物等の木材利用促進法が施行され、それに伴い木造建築の伴い、先端的なものに対しての補助金が出るようになり、これによりプロジェクトを再開しました。そのあと、基準がいろいろ変ってしまい、構造評定といった一般建築確認よりもさらに詳しく構造を見てもらう評定がありますが、それを受け、確認を取りまして、ようやく、おととし着工、昨年竣工となりました。木造があまり脚光を浴びていなかった時期から、2010年以降で木をどんどん使っていきましょうという動きがあり、木造建築に対する雰囲気が変わっていくのがここ10年でありました。
建築家や技術者の立場としては2、3年で美術の課題はクリアできますが、例えばその後銀行さんにお金をかりましょうとかいうところで躓いて行ったのがここ10年の中にある。建築が出来上がるためには世間のいろんな方のささえがあって実現することもまたここ10年のうちで感じてきました。
五階建の建物になりますと戸建住宅のような木材ではなく大断面の集成材とか金物を組んでいくようになります。偶然ですがこの写真は石川県の集成材工場で作られたものです。
現場の施工の様子ですが、大きな施工技術に慣れた人も必要な一方、細かい大工さん的な技術も必要です。こうした建築物が建てられる場合には誰が新しいタイプのものを立てていくのかも課題であります。

水野
新しい技術を少しご覧になれたかと思います。続いて明石先生です。

明石
都心に木造建築をということですが、作る側にいましたのでどんな政策が考えられるのかという話をいたします。「木造の市街地はそんなに危険なのか」という話を最初にいたします。次に「準防火地域でも木造が建てられるのか」です。最後に「政策目標・どのように構築するか」というお話です。
現実を直視して段々明るい話にしていこうと思います。阪神大震災の死因ですが、大部分の方は木造建築で亡くなっています。家具などによる圧迫死が88%、焼死が残り約1割です。被災額判定として全壊または大破は81%です。必ずしも全壊または大破は必ずしも潰れてはいません。
以前、建設省住宅局の防災対策室の課長補佐をしていました。構造を見ると普通の木造建築であれば大丈夫であったが普通でない木造建築が結構ありました。どのように建築基準法が変わってきたかというと偽装のあと色々と手が入りまして、それで中間検査を必ずするようになりました。その中で後藤先生から異論はあるかもしれませんが、ちゃんと金物を入れるようになりました。
普通以下の大工さんが建てられた木造建築はたぶん危ないのです。木造は構造計算を要求されていないので、こういうことだけはしっかりということにしてきました。
市街地の火災シミュレーションを見てください。津波でも起こったのですが、地震が起こった後に平常心バイアスがというものがあります。大したことはない、落ち着けと思う心理状態です。津波と同様にあっという間に逃げる場所がなくなってしまいます。同地多発火災が起こる場合もありますが消防力ではまったく対応できません。こういう時はブロック塀などが倒れており、消防車が全く入れなくなるからです。阪神大震災で焼死体となってしまった人たちは逃げられなくなった人たちです。これらは消防車が入れなくなっておこりました。
山形県で酒田の大火が昔起こりました。風が吹いていると大変な事態になります。中心市街地が全焼したことがあります。雨が強くなって風が止んでようやく火が消えました。こういうことはそれなりに起こるということです。どういうことを政策ではやっているかというと木造密集地の解消で、木造密集地は不燃領域率が40%を超えるように東京都は70%を目標にしている。面積の中で不燃建築と6メートル以上の道路と100平米以上の空地を拾った率です。40%を超えるか超えないかのところで延焼する率が変わってきます。そのため40%を絶対超えるなということが不燃化の政策目標です。不燃領域率を高めるために裸の木造は作らないというのが準防火地域を設定している理由なのです。準防火地域では木造建築は建てられないと言う人がいますが、実際は建てられます。金沢市は大部分が準防火地域に指定されています。外壁を防火性のあるもので被覆するなど延焼を抑えるための措置が求められています。つまり、木材を主要構造に用いた木造は建てられるが、木の質感のあるまちづくりは中々難しいです。延焼のおそれがある部分は隣の敷地や道路から3メートル、二階は4メートルであり、ここが防火性のあるもので被覆しなければなりません。木造ではあるが木造には見えないものは全く風情を感じられません。
目標は何かというと木材産業の振興というと地域経済にはいいことであります。木材が対火被覆でおおわれていても、そこに木材が使われているので問題ありません。木を感じる暮らしが必要であれば内装に木を使用すれば良いわけです。金沢の街並みには木造の建築がふさわしいですが、そうするためにはどのようにすればよいでしょうか。準防火地域の指定を外すのが一つ目にあります。そうすると危ないかもしれませんが、木の規制はなくなります。もう一つは準防火地域の制限の中ではあるが、木の質感のある街を再現できないかです。外した地域としては香取市があります。佐原、小江戸の町並みが残っています。成田空港にも近く日本を感じて、好きになるためには伝統的な町があったほうがいい。街かど消火栓の中に消化の設備が入っています。必ず初期消火をするので準防火地域を外しました。京都の祇園があります。ここの人たちも消火をきちっとしますので、準防火地域を外しました。金沢市では歴史的町並みが残る地区については重伝建を使うなど、広く木の質感が感じられる街並みづくりを拡大するには延焼火災を防ぐことが必要である。金沢でも火災が発生しても自分たちで必ず消すという底力があれば、準防火地域を外しても良いと思います。


御三方の木造に対する認識がわかりました。木造建築には自身の思い入れが強く、色々あって一概には言えませんが、御三方の意見で大分まとまりました。特に都市木造のビジュアルは将来の木造建築への不安をバシッと払しょくしてくれた良いプレゼンだと思いました。耐震診断マニュアルが金沢でまとめられているということですが、日本としての先駆けとなり面白いと思います。

内海
最後の明石さんのお話はわかりやすく分類されていて、火を消せるのであれば準防火地域から外れ、質感を感じたいのであれば内装を、町並みを考えるなら外装というお話でした。外で使う場合は可燃、不燃という話もありますし、腐るなどという問題もあり、中々使いにくい面はあります。下馬の住宅でも外装で木を使ったりしているが、凹んだ雨掛かりになっていないところで木造にしてその内側に耐火被覆の層も見て、その内側に構造体がある。これだとお金がかかりますが、お金をかからないようにすれば木が表に出てこないようになります。木でない材料を使って被覆して安全性を持たせることになってしまうので、木の質感を感じられる街並みには色々な方の理解が必要になってしまいます。

水野
今のところ改正基準法によって外壁に木造を使うことは下地に配慮すればできるということです。特殊建築の用途ですが、これは例えば金沢に古くからある料亭さんでは面積的に不可能です。昔の建物が中に残っているだけであって、あれを増改築しようと思うと木造はダメですよと言われます。お寺さんでもこの規制を受けてしまいます。
ひがし茶屋街の写真ですが、一軒一軒がびっしりくっついています。極端な話、一枚の壁に両隣がある場合もあります。ぴったりくっついていますから一軒の建物と言えば一軒の建物なのです。これで200年持っているわけです。一つの理由としては土壁です。これは燃焼いたしません。今は瓦が乗っかっているので屋根からも出ません。この地区には消火器が配布されています。各家には火災報知器がついていますが、両隣含めて4件ついています。そのため、どこかで火災が起こるとなるシステムになっています。消火栓、防火用水が一つ入っています。これらがあって200年持っているということがあります。延焼の恐れのある部分に処理をするともう少し安全になると思われますが、延焼のない町づくりはソフトウェアの部分であって、市民の了解がないとできないことははっきりしています。
(ヨーロッパの街の写真を紹介)
東京都江東区にある木材会館は大火検証法と避難安全検証法の適用を受けて、木材を極力不燃化せずに使用しています。大阪市中央区にある日本圧着端子製造外装の木格子は20年後取り替えを想定しています。
内装材や外装材など木造は色んな形で可能になってきています。そんな中で木造の都市をつくろうというところは一つもないわけですが、金沢でしかできない都市づくりを考える上で重要なヒントになっているのではないでしょうか。これは伝統的な街並みをつくりたいのが一つ、もう一つは新しい技術や構造などを取り入れながら作っていけばよいのではないでしょうか。非戦災や大きな災害もなかった江戸、明治、大正、昭和に平成と建物を残しているバームクーヘン的な都市としての木造都市もありうるのではないかと思います。明石先生いかがですか。

明石
今まで色々なスライドを見せていただいた中で下馬の夜景がありました。あれは素晴らしかったと思います。ショーウィンドウのように木が出てきて、立地も駒沢通りというおしゃれな場所ではあります。日本の建築を考えるとテクノロジーがありながら、木の良さを繊細に出てくるのがすごいと思います。金沢には詳しくはありませんが、クラフトワークで伝統的で繊細なグッズを見せているところがありましたが、金沢の伝統的な、歴史的な木造建築物もあり、木の質感を見せることを選択し、クリエイティブシティたる木を使って、ユネスコでの発信に調和するのではないかと感じた次第です。

水野
ティンバライズは2020年の東京オリンピックで全ての施設を木造建築でやろうという提案があります。巨大な模型があちこち巡回しているようですね。

内海
九月に東京で展覧会を行いました。オリンピックの競技施設や仮設の観客席を全て木造で行うという提案を行いました。選手村やプレスセンターといった将来集合住宅やオフィスに転用されていくような大きな屋根の建物と床がかさなった建物と両方作れることを技術的に模型で示す展覧会を行いました。

水野
それを金沢にもってきたいなあと思っています。内海さんが設計された建物の業者が石川県というお話がありましたが、その会社が日本中に町役場やオフィスビルを造っています。ですから、技術的にはストックはあるはずです。伝統的なことではなく先端的なものでもストックはあるということです。先ほどのマニュアルも持っているなど基盤は揃ってきていると思いますが、鄭さんはいかがでしょうか。

木造建築でオリンピックをするというのは凄いし、本当にできるのと思いましたが、現実の先を行っているのがいい案だと思いました。ただ伝統的な意匠だけを残していこうとするとリアリティが弱くなってしまうのかなと思いながら、新しいものと古いものをセンスで統合するのは重要だと思います。

水野
後藤さん、明石さんからもっと壊れているのではという話もありましたがいかがでしょうか。

後藤
戦後すぐの家が多かったという隠れた理由がありました。普通に作れば耐震性を持つのは共通認識かと思います。また平成職人町家のような様々な職人が集まる町家もあればいいと思います。

水野
金沢でも空き家の増加が問題となっています。それに対して利用できないかという考え方があります。一つはシェアハウスや住宅関連です。もう一つは外国人が色々なものを体験し、楽しむという使い方です。最後にもう一つは旅館です。旅館として使用申請を出しているところは金沢市ではいくつかありますが、実質的にはまだ成果をあげていません。シェアハウスは消防法などの理由で許可が下りないなど、外国人への貸家制度もありますが周囲から不安の声が出ています。地域住民が一体とならないと進んでいきません。特区の話と同じです。クリエイティブシティの大きなところはソフトウェアとしてのこれを持っているのかもしれません。

福光 都心構想を進めるとしたらどこからスタートしたら良いと思いますか。

水野
一番やりたいのは南町界隈です。今、空室率が一番高いです。ビルは銀行系、金融系が八割を占めています。そのうちの六割か七割は東京資本です。ほとんどが財政的に苦労しない空き家ビルになっています。金沢の活性化のガンであり、あそこを面白くしたいと思っています。

福光 階層制限はありますか。

水野 今は九階建ての制限があるようです。

内海 実質的には五階から十四階の耐火制限をクリアしている建物は日本にはまだないようです。

福光 建て替えの時に面積が減ることはないのですね。

水野 
補助金や助成金、特区などなると支援が出ると思います。以上、お時間となりました。ありがとうございました。

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