第5回金沢学会

金沢学会2012 >第2セッション

セッション2

■第2セッション
「技を楽しむ」 〜ものづくりの「技」の発展を促す方策を考える〜


●コーディネーター  
佐々木 雅幸 氏(大阪市立大学大学院教授)
●パネリスト     
川島 蓉子 氏(伊藤忠ファッションシステム株式会社isf未来研究所所長)
武邑 光裕 氏(札幌市立大学教授)


 

 

 

 

 


創造経済、クリエィティブエコノミーの時代

(佐々木) 低気圧がやってきまして、大変な強い風だというので、JRは昨日の夜から午前中のサンダーバードを全部止めるという暴挙に出ました(笑)。回復を待ったのですが駄目だというので、結局、MKタクシーで駆けつけました。実はこのケースは過去にもありまして、市役所の会議で私が座長をしていてやはり同じことになったときにも、大体予想どおりの時間に着きましたので防災訓練のようなものです。
 私のセッションは川島蓉子さんと武邑光裕さんと一緒に語り合う。テーマは、「技を楽しむ」ということになっています。技について、私が考えていることをお話ししたいと思います。この会議は、創造都市ということが底流になっていまして、最近、私は創造都市というのは、市民一人一人が創造的に働き、暮らし、活動する都市のことだと言っています。今、私が働いています都市のように、市長一人が騒々しいというのは、困ったものだと思っています。それで、「技」というふうに考えたとき、「arte」というラテン語があるのです。そんなものは知らないと言われるかもしれませんが、これがarsやartsにいくのですが、もともとarteというのは技と美の両方を指しています。それでイタリア人というのはみんなarteということについては独特の感性を持っていますから、技は美しいものをつくり出す技であり、技そのものが美しいということもあると思います。
 そして、artigianoという言葉があります。これはarteから来ているのですが、これは職人ということです。つまり、美しいものをつくり出す技を持ったのが職人です。その人たちがやる仕事をoperaといいます。operaは、オペラハウスで歌うオペラだけではなくて、職人が日常的にする仕事もoperaです。ですから、それはイタリア語ではcreate、非常に創造的なものであり、英語で言うとそれはcreativityということになって、現在は製造業経済、マニュファクチャリングエコノミーからクリエイティブエコノミーに変わってきているというのが私の考え方で、クリエイティブエコノミー時代の都市というのはクリエイティブシティになる。つまり、創造都市というのは時代が要請しているものだと思っていまして、その根底にあるのはarteだろうということです。
 時代というのは20世紀の工業経済から21世紀の創造経済に変わると、トップダウンの大量生産ではなくてボトムアップの文化的生産であるし、消費は非個性的大量消費から個性的文化消費に変わるわけです。流通もネットワークに変わります。そうなると、都市や地域が優位性を持つのは、クリエイティブな人材であり、技であり、知恵であり、文化です。こういう要素が大事になってきます。創造都市というのは、そんな都市だということなのだろうと思っています。
 つい2週間前もボローニャに行っていたのですが、私の創造都市論の原点のボローニャには、たくさんの美と技をつくり得る職人たちがオペラをしています。ドゥカティやフェラーリも、同じようにこの町でつくられているオペラの作品です。つまり、ヤマハやトヨタ型のものづくりではないということが特徴でありまして、オペラそのものもオペラハウスで実にヴェルディ、オスティーニからやられてきたものです。この中心に大学があって、本来、今日のテーマは「楽都」ということであって、技と美を楽しむ人々が集まって大学をつくっている。この大学をつくったのは教師ではなくて、そこに集まっている学生たちであったわけです。
 わが金沢も、大概この流れに乗ってきています。つまり、金沢というのは前田利家が作った工芸的生産をベースにした都市であって、世の中が近代的大量生産になったときには金沢はあまりうまくいかないけれども、創造経済の文化的生産の段階では、もう一度個性的に発展をするというような文脈にあるだろうと。この文化的生産を生産と消費の両面で成し遂げることができるような循環に持っていければ、金沢モデルとしてはうまくいくだろう。そんなことで、さまざまなアートやあるいはオペラの現場が生まれてきております。
 この中で私にとって非常に面白いのは、21世紀美術館という美術館が2004年にできて、創造都市の中心的な文化施設になり文化資本になっていまして、その周りに実にたくさんの美術館のクラスターが生まれてきました。このミュージアムクラスターがあって、さらにその周りにクラフトのお店やショップのクラフトクラスターが生まれているというところが、金沢の文化的生産を支えていて、これがユネスコから評価されたということで、2009年にユネスコ創造都市ネットワークに認定を受けて、創造都市会議と金沢学会で議論してきたことを踏まえて、大量生産のフォーディズムに対して文化的生産のクラフトイズムというものを世界にはやらせようということで皆さん方とディスカッションした中で「クラフトイズム憲章」を作りましたが、これも基本的には技というものです。このときの職人は、伝統的な仕事をする職人から、アニメやメディアアートをつくり出す最先端のクラフト、職人たちも含めています。
 近年は、先ほどAirbnbの話がありましたが、例えば創造都市ネットワークのサンタフェから学びながらクリエイティブ・ツーリズム、金沢ではこれはクラフト・ツーリズムという形で展開してきたわけですが、このツーリズムの中に他に代え難い創造的な体験、経験というものを生かしていく、そういったクリエイティブなものへ変えようという動きを、サンタフェと連携しながらやってきています。

 ユネスコの創造都市ネットワークが2004年から、ちょうど21世紀美術館がオープンした年に始まっているわけですが、このような流れが世界に広がり、アジアにも広がっておりまして、昨年は山野市長と一緒に私はソウルでこの会議に出てまいりました。そこで市長が、「2015年に金沢で世界のユネスコネットワーク創造都市会議をやる」と宣言されました。ご承知のように2015年3月に、予定どおりいけば北陸新幹線が開業するということに合わせたタイミングで発表されたわけです。私は、ある意味でこの金沢に世界の創造都市が集まってもらったときに、このまちを楽しんでもらう、都市を楽しみ、技を楽しみ、時間を豊かに過ごしてもらう、そういった準備を今から始めていくことがいいのではないかといったことで、今回、「遊楽都」というテーマがあると考えているわけです。
 あとはご自由にお二人の話を伺って、討論を楽しみたいと思います。どうぞよろしくお願いします(拍手)。それではレディファーストで、川島さんからお願いします。

(川島) 伊藤忠ファッションシステムの川島蓉子と申します。本題に入る前に、私が何をやっているのか全く分からないと思いますので、最初に少しだけ自己紹介しますと、大卒で伊藤忠ファッションシステムに入ってちょうど30年になろうとしているところです。ずっと、町と店と人から市場を読むということを仕事としてまいりました。ですので、とにかくいろいろなところに行ってしまうというのが私の仕事でして、セッション1の話で言うとミラノサローネというところにも通い続けていますし、なぜか金沢にもこの4月から月に1回ぐらい通うようになっておりますし、ちょっとご縁があって先週から今週にかけてはサンフランシスコに行ってきたというように、とにかくその場に行って体験する、人の話を聞く、店を取材する。ライブにやることが大事ではないかというふうにして、仕事をしてきた人間です。
 それともう一つは、企業のブランドづくりや売り場づくりのお手伝いをしてきていまして、ここ数年ですとパナソニックやキヤノン、オムロンヘルスケアなど、割合硬い会社のブランドづくりと商品開発のお手伝いをしています。どういうことかというと、つまり「使い手の視点でやってくれ」あるいは「一人の消費者の視点でやってくれ」もっと嫌な言い方をすると、私は大嫌いなのですが「女性視点でやってくれ」というような仕事もあります。
 そんな中で最近とても気になっているのは、佐々木先生の話にもありましたし1番目のパートでもお話があったように、これからどう創造的であるか、クリエイティブであるかということが、今、特に大企業にとっては大事なのではないかということです。そう思っていたところ、金沢のものづくりの現場でも、創造的であるということが大切だということが分かってまいりました。今日は福光さんから、虎屋さんを題材にものづくりについて話してほしいというオーダーがあったので、虎屋さんの話を事例に、老舗のものづくりについてお話ししたいと思います。
 私は仕事の傍ら、物書きをここ10年ぐらいやっていまして、取材して本を書くということを、生業の半分ぐらいにしています。5年ぐらい前に、突撃で虎屋の本を書きたいという話を第十七代目の当主の黒川光博さんにお願いして、本を書かせていただきました。『虎屋ブランド物語』という本です。
 なぜ本を書きたいと思ったかというと、企業理念がもともと大きかったのです。企業理念は「伝統は革新の連続である」。まさに今日皆さんのお手元に配られている大内先生の本のタイトルと、大きく重なるところがあると思います。歴史が480年もあり、もともとの出身が京都の企業であるということも私は知らずに、黒川社長に「本を書かせてほしい」とお願いしたわけですが、最初にインタビューしたときに聞いたのがこの話だったのです。
 「『伝統は革新の連続である』というのは素晴らしい企業理念ですね」というお話をしたところ、「いや、川島さん。それがまずいのだよ。放っておいても480年歴史があるのだから、とにかく革新、革新とやっていかないと全く通用しないものになってしまう」という話を聞き、さらに興味を持って取材したのが、当時進んでいたこの三つのプロジェクトでした。一つがトラヤカフェ、一つがとらやミッドタウン店、もう一つがとらや工房です。共通しているのは、外から見ているとものすごく保守的な会社に見えていたことです。ところが、社長は大変アバンギャルドな方で、常に新しいことへの挑戦を社員に考えさせる。しかし、企業の根底にあるのは職人のものづくりであるということが、はっきりと分かってきました。

 これが虎屋の東京ミッドタウン店です。行ったことがある方はいらっしゃいますか。結構今日は多いですね。比率が3割ぐらいだと思います。ありがとうございます。ここは十七代当主の黒川社長が、第二の本店と言っていいぐらい、力を入れたプロジェクトでした。本店は赤坂御所の向かいにある真っ黒く重厚感あふれる虎屋です。第二の本店をミッドタウンに作るに当たり、とにかく新しい虎屋をつくっていこうというコンセプトですので、なんとプランを社内公募にかけたのです。新入社員でもいいし、役員でもいいから、応募するようにということで公募をかけ、一等賞を取ったのは当時25歳だった女性です。プロジェクトチームも別に組まれました。これも上司の指示を仰がなくてもいいから手を挙げなさいと。組織の中にあってはこれも大変前衛的なことです。抜擢されたのが30代の5名ぐらいのチームです。
 これは皆さん企業にいらっしゃるので言うまでもないと思いますが、もめますよね。何せリーダーが25歳の女性ですから、大変な議論がそこでは重ねられるわけです。しかも、彼女が提案したコンセプトはどういうものだったかというと、「私が友達に『ちょっとおいでよ』と気楽に言えるようなお店をつくりたい」、つまり今の赤坂の店には呼べないという話なわけです。新しい虎屋は、もっと軽やかに明るく楽しくしたい。となると、そのチームはいろいろコンセプトを練るわけです。新しい虎屋とは、軽やかな虎屋とは。ということは、そもそもの虎屋とは何だろうということが分からないと新しい虎屋というのはつくれないわけです。そこで、徹底してそもそもの議論をするわけです。そして経営会議に企画をぶつける。
 私はそのプロセスをずっと取材させていただいたので、見ていて驚いたのですが、社長はアバンギャルドですが経営陣はものすごく保守的なので、会議で却下されるのです。何十回と却下が繰り返される。そうすると、見ていて面白いのは、若者チームがだんだん考えるようになるわけです。自分たちがそもそも考えていた「虎屋らしさ」というのは何だったのか。意外といいところがあるかもしれない。そこからどう新しいかを考えないと、これは突破できない。経営陣も揺らぐわけです。何回も何回も若者に言われていると、おれたちが考えていた「虎屋らしさ」というのは、もしかすると時代に合っていないのかもしれない。メンバーとして参加していない40代や50代の人たちも揺らぐわけです。おれたちはあのプロジェクトに参加していないのだけれど、いいのだろうか。みんな頑張ってるみたいだ。つまり、このプロジェクトがよかったのは、社員の大半が「虎屋らしさ」について考えたことだったと私は思うのです。大きな意味で言うと、ものづくりをベースにした企業の今後のブランディングを、全社が考えたに近いプロジェクトだったということです。
 しかもいいのは、形になったことです。このミッドタウンのお店が形になったということは、社員はここに行けば自分の会社の向かう先が分かるわけです。時代にこうフィットしていくのだということがブランドブックなどがなくても分かるわけです。さらに素晴らしいのは、ここに創造性が加えられていることです。つまり、広義の意味でのデザインというものがきちんと実現されている。インテリアデザインをされたのは、今、東大の名誉教授でいらっしゃる、建築家の内藤廣さんです。それから、この馬鹿でかいすてきな暖簾を考えたのは、私が大好きなアートディレクターの葛西薫さんです。そして、お菓子のデザインはフードコーディネーターの長尾智子さんという方がされています。つまり、最後のところで形にするときに圧倒的な創造性が加わったということで、素晴らしいお店ができあがったと思います。
 それと、これはぜひものづくりの現場の方が技を楽しんでほしいと思ったのですが、一等賞を取った25歳の女性は、途中泣きながらプロジェクトを進めていたのです。でも、お店が開いて実績ができてくると、どんどん自信がわいてきてしっかりしていく、取材をしていてそういうプロセスを見ました。恐らく自分の技を確信し、自分の技に誇りを抱き、ブランドをつくっていく一翼を担ったことが、彼女をそうさせたのではないかと思いました。

 2番目の事例はトラヤカフェですが、行ったことがある方。ちょっと減りましたね。6人ぐらいです。トラヤカフェは表参道ヒルズと丸の内と青山1丁目のツインビルにあります。ここは何もこういう和風カフェを狙ったわけではなくて、社長の圧倒的な危機感が生んだコンセプトです。つまり、ものづくり、和菓子を作るという職人技を土台にしたブランドが、これからごく一般のお客さんが、ずっと羊羹を食べ続けてくれるのかどうか、和菓子というものを日常的に食べてくれるのかどうかということを懸念したわけです。私もこの取材の最中、この「夜の梅」というのを何本も買っていただきました。大変おいしいものです。大変重いし、大変おいしい。でも、1本食べきれるかというと、家族4人がむしゃむしゃ食べてもなかなか食べきれません。
 という中で、このトラヤカフェのコンセプトは、虎屋が作るもう一つのお菓子です。つまり、金沢のものづくりの現場の方は、自分が作るもう一つのものとは何だろうということを考えていかないと、本当に市場に受け入れられるものができないのではないかという危機感を、私もちょっと抱いています。結局は、もう一つのと言っても、突き詰めていくと生業に行きつくのです。なりわいです。つまり、虎屋の場合も新しいものを求めて突き詰めていくと、結局はあんこに行ったのです。上の方は「小豆とカカオのフォンダン」ですから小豆が使われているものですし、下の方はあんペーストということで、あんこをパンに塗って食べたりアイスクリームにかけていただくようなあんこのジャムみたいなものです。そんな実験的な試みと、先ほど佐々木先生と話していたら、佐々木先生は京都の虎屋のファンでいらっしゃるということで私も大変うれしかったのですが、京都の本店も大改装していまして、大変素晴らしいお店になっています。つまり、そういうアバンギャルドなこと、前衛であることを次々に仕掛けながらも、一方で大事なのは伝統、あるいは技をどう伝承するかということです。

 先ほど武邑先生から伝統と伝承は違うのだという話を聞いてすごく勉強になったのですが、それをする施設がとらや工房というもので御殿場にあります。徹底して和菓子の、「うちはしょせん和菓子屋でしかない」という社長が和菓子屋の根っこを磨く場所をつくっています。竹林を抜けていくと、大変すてきな建物が現れます。これも内藤廣さんの建築です。手前の二つの窓からは虎屋のあんこを練っている様子を見ることができて、次の二つの窓ぐらいからは和菓子を実際に職人が作っている様子を見ることができます。最後までいくと、こうやって出来立ての和菓子をお茶とともにいただけるセルフサービスのコーナーがあります。普段は近所の方や東京からわざわざ出掛けるマニアックなスイーツ好きなどがいい加減に、いい塩梅ににぎわっているので、とてもすてきな場所になっています。ここでは、虎屋が普段作っていないお菓子、上生菓子ではないお菓子、おまんじゅう、きんつば、大福、人形焼みたいなものを実験的にどんどん作っています。当然、あんこは全部違います。 面白いなと思ったのは、ここの職人たちがものすごく誇りを持ってこの実験をしていることです。「川島さん、うちの菓子は虎屋よりずっとうまいんだよ」と、とても誇らしげに言ってくれるのはいいことだなと私は思っていて、それを社長に話すと「なかなかあいつらもいいな」と言う。やはり技を楽しむというのはそういうことではないかなというふうに思いました。これで、お菓子が250円でお茶が250円ですから、これが高いか安いか分かりませんが、景色を眺めながらいただく和菓子がこんなにおいしいという体験は、恐らく使い手から見たときに、その後の日常につながっていくと私は思います。

 今日は、せっかくなのでトピックスを一つだけお伝えすると、この後何をやったかというと、東京ステーションホテルにTORAYA TOKYOというお店がこの前できました。さすがにここに行った方はいませんよね。ぜひぜひお薦めです。私もこのプロジェクトには少し関わらせていただいて、いわゆる虎屋という老舗がどういう会議形態を経てコンセプトをつくり、職人の技を磨くかというのを目の当たりにしてびっくりしたのですが、とにかく会議を仕切る社長がアバンギャルドでいいです。円卓で大変物々しい会議が始まるのですが、役員の議長が大変規律正しく「お1人5分で」みたいなことを言うと、「そういうのはよくないよな」と言いだすのが社長で、「そういう委員会みたいなことはやめよう。今日は内藤さんからきちんとした忌憚のないコメント、川島さんも好きなことを言ってください」というような、いわゆる報告会ではないきちんとした会議がなされる。しかも、それを現場の、徹底して和菓子を作っている職人と突き詰めて新しいものをつくり出すということは、大変重要ではないかと思いました。 最後にキーワードを見せてお話を終わりたいと思います。私が最新で書いているのはエルメスの本です。エルメスというのも大変素晴らしいブランドで、語りだすとまた切りがないのすが、技を楽しんでいる企業に共通するキーワードを最後に話して終わりたいと思います。
 一つは、流行で終わらない創造に挑んでいるかどうかということです。それから、そもそもうちの会社は何だったか、あるいは、そもそも金沢のものづくりの人であれば、自分の技とは何だったかという、生業をきちんと見極め、貫いていく姿勢ではないかと思います。私がかねがねものづくりの現場を訪れて思うのは、使う豊かさを提案できているかどうかということなのです。作って終わりでは全然意味がない。例えば、これは私が使っているメイド・イン・ジャパンのお財布です。イタリアに住んでいる林ヒロ子さんという女性が作っている財布ですが、こうやって開けると、こういうふうに広がるのです。そもそもこの皮の細工が素晴らしく美しいわけです。これを海外で使っていると、大変多く褒められます。「それは一体何なの?」というのと、「日本ってすごいね」と。つまりこれがいいのは、もちろん革に型押しをした精緻な柄も美しいのです。でも、使う豊かさで言うと、主婦というのは財布をスーパーで広げたときに、小銭がぱっと渡せるかどうか、つまり行為が美しく見えるのかどうか、あるいは行為がスムーズに見えるのかどうかが大変重要なことです。そこまで提案できているものづくりであるということが大きいように感じます。簡単に言うとユーザー視点とも言いますが、単に効果、効率だけのユーザー視点ではないのです。一般の方に豊かさや楽しさや美しさということを提案することが重要ではないかと思います。
 価値と価格のバランスというのは大変難しい課題です。自分がこんなに手間をかけたからとか、あるいは売れそうにないからちょっと安くしておこうというような値段の付け方が、どうもものづくりの現場に多いような気がしていて、そうではなくて、お客さんの身に立ったときに、これもそうですよね。これは3万円ぐらいするのですが、私は十分価値に見合ってると思います。恐らくここには客観的な視点、つまりマーケティング的な視点が視点に立った客観的な必要になってくると思います。

 これはエルメスの副社長の話ですが、「これからはインテリジェントな消費ということが必要である」ということを言っています。使い手である消費者に対して、恐らく使う豊かさも含めて技を楽しんでいる人がそれを伝えられるかということです。その伝える行為も含めて、インテリジェントな消費を提案しているということです。
 そして最後に、まさに第1番目のパートで出てきたフレーズなので重なりますが、これは先ほど虎屋のお仕事で私が大好きな葛西薫さんのフレーズです。「伝える」と「伝わる」の間には深くて広い溝がある、大変大きな違いがあるという話なのです。「伝える」というのは、こんないいものを作ったから素晴らしいのだよみたいな話ですよね。つまり、一方的な情報発信です。これはインターネットであろうが、一方的な情報発信である。ではなくて、「伝わる」というのは、きちんとユーザーにそれが理解されて、一般の消費者にその価値が理解されて使われること。つまり、そこには双方向のコミュニケーションが生まれ、使って豊かさを感じればリピーターになるはずです。そこに適正な循環が生まれるということが、私はものづくりの現場を取材していてものすごく大きな課題だと感じています。
 それは、外から見ていて、「金沢ってすごいんだろうな」と勝手にイメージを持っていたのです。すごくできているというイメージがあったのです。ところが、実際に伺ってみると課題としては大変厳しいものがあり、やはり「伝える」と「伝わる」の間には、まだまだ大きな溝があるような気がしました。
 あえて言うと、ものづくりだけではなくて、実は金沢というブランドそのものも、もっと伝わった方がいいと思いました。私はたまたま4月からご縁を得て通っていて、「金沢大好き」という方にいっぱいお会いするので、素晴らしくいい話を聞くわけです。今日も多分みんな大好きなのだと思うのです。そうすると、いい話はいっぱい聞きますが、これはごく一般の消費者にしてみると、ほとんど分かっていない話なのです。だからもっとこの会議も、「伝わる」ということに意識的になっていただきたいですし、それに私が何かお手伝いができることがあれば、一生懸命したいと思っています。少し長くなりましたが、どうもありがとうございました(拍手)。

(佐々木) 私も虎屋のファンで、とらや一条店は皆さん、行ったことがありますか。ぜひ行ってください。

(川島) ぜひ行ってください。

(佐々木) ここはご当主が住まわれていたところで、御所の隣です。一等地ですが、そこが今カフェとして開かれています。もう一つ素晴らしいのは、虎屋文庫という業界のあらゆるものを集めておられます。まさに博物館です。
 それで、「伝わる」「伝える」という話があって、これは武邑さんに受けてもらいたい、メディアの話になります。札幌から武邑先生をお呼びしました。札幌もユネスコの創造都市ということで、市長と去年一緒に行かれまして、素晴らしいプレゼンをソウルでもされていました。金沢より大きいまちですが、いい連携パートナーだと思っています。よろしくお願いします。

(武邑) こんにちは。武邑と申します。昨日の夜、札幌から着いたものですから、今日の佐々木先生の困難は、ほとんど体験していないのです。札幌は本格的には数年前から佐々木先生のご指導・ご助言をいろいろいただいて、今、ユネスコの創造都市のメディアアーツの部門で申請を準備しているところです。早ければこの12月、もしくは来年早々にでも、申請書を出すという段階に来ています。
 札幌の創造都市をドライブするラボを作ろうということで、まだ実体はほとんどないのですが、大学の施設等をシェアさせていただいています。今日は「技を楽しむ」という、札幌あるいは世界の状況の中で、メディアアーツと創造経済の話を少しさせていただこうと思っていますが、このラボは、いかに都市を伝えていくかということもミッションになっていまして今年の7月に設置されました。創造都市札幌の施策と国際芸術祭の推進とを当面のミッションにしておりまして、メディアアーツやトランスメディアな都市のストーリーテリングを開発していきながら、メディアとしての都市の可能性を、地域課題と向かい合っていく市民ラボとして展開していこうというラボです。

 これは、いきなりどうやって伝えるかというお話を受けようと思って用意してきたわけではないのですが、ちょうどぴったり符号して。これは、GoogleのNgram Viewerといって、20世紀、大体1500年代ぐらいからですか。例えばこれですと1950〜2007年まで、小さくて分からないと思うのですが、札幌と東京と大阪と福岡と名古屋と横浜を、世界がどう情報量として評価したか。つまり、評価というか英語でどれだけの情報量が発信されていたかというものです。そうすると、見ていただくと、1970年のちょっと前ぐらいから、青が札幌なのですが、いきなり札幌が東京も抜いて、1979年、1980年ぐらいまでダントツで1位になるのです。これは、皆さんもよくご存じの冬季オリンピック、札幌オリンピックというアジアで最初に開催されたオリンピックの影響と、実はもっと調べていくと、ご当地の小松空港の近くにあります中谷宇吉郎博士の博物館があります。その中谷宇吉郎博士の北大時代の研究というのも、実はこの時期に一気に世界化してきているのです。


 今はまさに東京一極集中ですから、東京が圧倒的で、札幌は本当にだいぶ下の方に低迷しています。これは何とかしなければいけない。都市自体は観光客の方も含めて国際的な評価というものを、ユネスコのお力だけではなくて、内発的に自ら都市がストーリーを持って世界の人たちに多くの情報を発信してもらえるような都市を目指していこうということで、都市のドラマを創出するというテーマをわれわれは持っています。
 一つの手段としては、この3年ほど世界中で3Dプロジェクションマッピングという表現イベントがいろいろなところでおこなわれていまして、この間は東京駅でもありました。テレビでご覧になった方は多いと思います。今一番世界で最も評価の高いマッピングがシドニーのオペラハウスの帆船を舞台に、誰もが知っているこのオペラハウスの屋根の部分を全部プロジェクションにしたというものです。

 いきなり船からこれを見るとどうなっているんだということですが、これはシドニーのアートフェスティバルの一環として開催されたものです。ドイツのブレーメンという、それほど大きくない都市のスタジオが作ったものです。国際コンペがあって選ばれたものです。今、考えられる最高のプロジェクターを使って、この屋根の部分をどんどん変化させていく。これは有名な作品なので、YouTube等に上がっていますので、後で見ていただければと思います。もうCGと現実が区別がつかないくらいになっています。

 一方、私ども札幌では、ラスト500mといわれた札幌駅と大通公園を結ぶ地下空間を最初から構想させていただいて、CGMといって市民が生成するメディアコンテンツのサイネージの空間をつくって、ここで今、いろいろな市民主導のコンテントが流れているという空間をつくったりしています。
 これは先ほどのマッピングとはもう全くかけ離れるのですが、創成川公園というところで市民が参加してマッピングしようということで、参加といっても光を追いかけて子どもが走っているとかそんな風景から始まって、実は光を浴びていくという新しい経験が呼び起された実験でした。夏にやったのですが、これになんと2日間で1万2000人の人が集まってくれました。普段なかなかこういうことでは来ない市民が、よく来てくれたなという感じです。(映像上映)予定していた投影面に人があふれて皆さん座ってしまったものですから、見るというより光を浴びて参加するという形態に、一気に変わっていきました。子どもたちが光を求めて走り回っていたのが印象的なイベントの一つです。これも私どものラボが今年初めて手掛けたプロジェクトです。

 もう一つは、国際芸術祭です。坂本龍一さんにゲストディレクターになっていただいて、ゲストの世界的なビジョンを地域がホストとしてしっかりと引き受けて、アーティストとの交渉あるいは搬入、さまざまな都市の祝祭を彩る地域イベントを、自ら地域が考え、それを実行するというものです。普通、有名な国際派キュレーターに地域は丸投げをして、お願いをしてやっていただくというのが大体のパターンなのですが、札幌はあえてそれをしないで、これを1回クリアすると、次は3年ごとと今考えていますので、次のゲストディレクターがどなたになるかはまた別としても、坂本さんの2014年の国際芸術祭がクリアするころには、フェスティバルによって地域の中にフェスティバルエコノミーが創出し、一つのノウハウを持った人材が育ってくれるのではないかと期待しています。
 われわれのラボは実体がないので、全部シェアをしています。これは北翔大学というところの素晴らしい空間、400人ぐらいのホールもある延べ8700平米という地上8階、地下1階のここを案外自由に使わせていただいて、いろいろなことをやっています。佐々木先生にも顧問になっていただいて、特別アドバイザーにMITのメディアラボの伊藤穰一さんにも入っていただいています。
 われわれが着目している札幌の資本というのは、社会資本は冬季オリンピックからずっと形成されてきたのですが、何といっても創造的資本というものが非常に潜在的に育ってきているのです。初音ミクの生地ということもあって、世界的には札幌というものがそういった形で今見られているのですが、基本的には垂直統合で、中央のメディアも大きな産業もないものですから、支店経済と中央メディアのコントロールが効かないということで、コンテンツ産業自体が完全に中央から独立して、自分たちで自立した展開をしなければいけないという構造ができています。ですから、すぐに世界と直結するのです。こういう感覚というものが、札幌の国際性というものを、多分これからつくっていくのだろうとわれわれは思っています。

 ルーマニアに「オタク・マガジン」というのがあって、素晴らしいクオリティーの雑誌なのですが、昨年、編集者を二人講演で呼んで、エコノミークラスで二十何時間かかって札幌に来てもらったところ、今年12月に「オタク・マガジン」の札幌エディションというのを作って発刊する予定になっています。
 初音ミクは、山口県のYCAMというメディアアートの専門機関と連携、コラボレーションして、つい先ごろですが、オペラのシンガーとして登場するというようなこともやっています。
 基本的には、創造性の経済というのは、表現する経済、人々が表現する経済だろうと考えていまして、ものづくりの未来というものも、まさにウェブがこの10年でコンテントのCGM、消費者が自らつくり出す、市民がつくり出すコンテントやメディアという環境を実現したのと同じように、これからの10年というのは、多分、この教訓がリアルワールドに反映していく時代、工作、工芸の時代だと思っています。クラフターの時代だと思います。

 今、ファブラボやいろいろなクラフターのラボが、世界に約1000カ所ありまして、これが一気に驚くべきスピードで世界に拡張しています。上海だけでも今100カ所オープンしています。これは上海で一番有名なハッカースペースなのですが、市民がオープンソースのソフトウエアを共有しながら、オープンソースのハードウエアをつくって、しかもそこで新しい、どこにも見たこともないような製品をつくり出すというようなことです。
 こんなことができる背景というのは、結局は消費者が情報や物を生産する工場、これは家でも何でもいいのですが、これが整ってきたということだと思っています。皆さんもお宅には、ハイビジョンのビデオカメラがあったり、高性能なカメラがあったり、コンピューターがあったり、ソフトウエアがあったりすると思います。あと、これに今お話しします3Dプリンターが加わると、もう家庭である程度何でもできてしまうという時代です。つまり、情報や物というのは、今や与えられるものではなくて、自分たちでつくり出していくという環境にあるわけです。
 これまで市場というのは、物理的な市場に限定されていましたが、世界中のさまざまな地域、あるいはネットの空間の中で生成されるスペースというのが、非常に大きな経済空間にもなってきているということだと思います。

 最近出たクリス・アンダーソンの『MAKERS』という本です。有名なイラストなのですが、各家が工場になって全部自分のところで作ったものを出荷しているというものです。この中で重要なのは、オープンソフトウエア、ハードウエアが、新しいものづくりの革新を生み出している。言ってみれば分散型の製造業である。リアルなものづくりがデジタルコンテントと同じような工程へと変化してきている。ウェブのような製造業というのが、これから生産手段を支配する、それ自身が消費者だということです。デジタル製造と個人製造の統合が起こって、第3次の産業革命が起こるというのが、彼の本の趣旨です。

 これがなぜ起こり得るのかということを、われわれは札幌でよく考えて研究しているのですが、最近よく聞く、日本語ではレリバンシーとかとよく言いますが、レラバンスという自分を表現したい、できる、自分の価値観に近い存在だと感じる、対象への共感や支持したいという消費者の心と力の相対とわれわれは定義しているのですが、基本的にはわが事かという幻想だと思うのです。つまり、ブランドを自分のことのように考える。あるいは、その製品を自分のことのように愛していく。その人が、あるいは対象が、どんなことであってもそれがわが事のように作用する。従来の製品は、ある意味で大ヒットだとか、誰もが持っているとか、あるいは高くて買えないけれども夢のような製品だとかというような、一つの枠組みの中に存在していたのですが、この力が増大してくると、作ってしまうのです。 われわれはみな作り手であり、遊びの中からさまざまなものが生まれてきた。これはオライリー・ジャパンのDoughertyという人が作ったMakeという運動ですが、単純に言えばサプライからプロサンプション、生産消費というものが上位概念になってきていて、もうサプライ産業というのは本当に、残っていきますがある意味では作り手で、あるいはスティーブ・ジョブズで最後ではないかといわれているのですが、つまり本当に欲しいもの、消費者が求めているものをつくり出すという時代は、ある意味で一つの転換期に来ている。

 そうすると、どんどんどんどんユーザーがハッキングやリミックスをたやすく行えるような製品が上位に来て、まさに消費者自身がつくり出すという行為が、非常に大きな動きになっていく。実はもう、予備的には消費者の88%が創造的な生産活動を行っています。特に最近の編み物・手芸市場の拡大というのは、すさまじい勢いです。札幌にもユザワヤさんができていますし、もう大変なことになっていて、手芸男子とかと言ってうちの学生もユニクロで買ってきたものに自分でお裁縫しています。何と言うのでしょう、ちょっとカスタマイズという現象は、圧倒的に増えてきています。
 もう一つ市民クリエーターというのは、単純に趣味を通じてジョブ・チェンジが起こっています。学生が時々音楽家になってみたり、会社員が時々木工師になってみたり、OLが時々裁縫師になる。これはファイナルファンタジーのクラフターというキャラクターなのですが、このクラフターにみんながなっていくということをメタファーにして作られています。また、皆さんご存じのように、「Etsy」というこのサイトは、2011年だけで100万人の個人のクラフター、手作り職人の売り手が、約5億ドルを超える取引を行ったサイトです。こういう個人売買のサイトの成長というのも、目を見張るものがあります。

 次3Dプリンターです。今、20万円ぐらいでもかなり精度の高いものが出てきました。今、300万円ぐらいで相当なことができますから、昔、Macの最初のレーザーライターが出たときも200万円弱しましたので、物理的な世界の中でのポストスクリプトがどういうふうに起こっていくのかという革命も間近だと思います。そうなってきますと、もう私たちのインクジェットのインクと同じようなフィラメントという樹脂なのですが3Dプリンターの造形を形づくるものです。

 もう一もアムステルダム国立美術館が来年の3月にリニューアルオープンします。すべて完成するのに4年ぐらいかかったのですが、この間、リニューアルの前にとんでもない発表をしました。12万5000点の所蔵作品すべて、高精細画像でウェブサイトで公開、勝手に何を作ってもいいよと。Tシャツを作っても、ステッカーを作っても、製品を作ってもいいですよと。作りたければ、「こんな技術を持っている会社がいますよ」と言って紹介してくれるのです。これはパーティーで、そのアナウンスしているときです。実際にいろいろなものが作られています。これはタトゥー、ちょっと革命的なことだったのです。レンブラントが自分の車のステッカーになる。これをすべて容認したということで、これは伝統的美術館の再生につながっていく一つの運動だと思っています。 こんなところで、私たちは実態を持たないラボですが、活動全体を世界と拡張していくということをやっています。来年1月にはGoogleとFacebookの次に何が選択肢としてあるのかという国際会議をやります。あと、2月にはメディアアートのシンポジウムをまたやろうと思っています。佐々木先生にもお世話になると思いますので、よろしくお願いします。以上です(拍手)。

(佐々木) 大変楽しい話になってきました。私は今、この技を楽しむ時代環境というのは、まさに創造経済の下で伝統的な技にどういう新しい光があるのか。あるいは、アムステルダム国立美術館、例えば前田家の「百工比照」がフリーに使えるとか、これはとんでもないことになります。それが行われるわけです。そうすると、伝統というものの厚みがたくさんある方が、可能性は素晴らしくあるわけです。
 10年ほど前に松岡正剛さんが京都で「The MIYAKO」というコンテンツを作られたのだけれど、これは全部、知的所有権のためにビジネス化できなかったのです。だけど、これがもし世界の潮流になりますと、都市の競争において、コンテンツの蓄積があるところが圧倒的に強いです。それに、先ほどから出ている川島さんが言っているような技が合わさっていったときに、とんでもない力になってきます。今、農業では6次産業などという幼稚な話をしていますが、あんなレベルではないです。ものすごい状況が生まれます。それがもう間近に来ているということだろうと思いました。
 お二人から非常に対照的な形でプレゼンしていただいたので、例えば川島さんから質問や感想、あるいは武邑さんから質問や感想という話をちょっと入れまして、いかがでしょうか。

(川島) 仕事柄インタビュアーをやることが多いので、ぜひ聞いてみたいことがあって。このところ、あらゆるところで今日の第3次産業化革命みたいな話を聞くことばかりなのです。サンフランシスコもバークレーもその話で持ちきりで、恐らく世の中が激変するということは確実だと思うのです。でも、だとすると、変わるものと変わらないものというのが必ずあるわけで、そのときの変わらずに私たちが今大切にしなければいけないものというのは何なのだろうというのを、ぜひ武邑先生と佐々木先生に聞いてみたいと思います。

(武邑) そうですね。変わらなく残したいものを残すということには、能動的な意志が必要だと思います。それが私は伝承ということでもあると思うのです。能が冷凍保存のように何百年も前にそのままの状態で残っているのは、やはり意志を貫いたからですよね。崩してはいけないと。だから、それも一つのありようだと思うのです。
 今度のオバマ政権は、2014年までに低学年の工作室に高性能の3Dプリンターを1000校に配布するということをこの間決めました。しかも、それはこれからのものづくり、デジタル、メーカーのものづくりの従事者になるのではなくて、その風上のシステムエンジニアを育てるという明確な目的を持っているので、この流れは多分相当本気だと思います。そうすると余計、伝統的な手の技やこういったものは意識的な保存というか、継承の仕方を考えていく必要もあるでしょうし、逆に言えば、そういった波が来ても残るものは残っていくし、そういうものを作っていくのが、多分、伝統だと思うのです。

(佐々木) 私が答える前に、武邑さんから川島さんへの質問やコメントを。

(武邑) 私も虎屋さんの昔からのアーカイブをずっとやっていたものですから、虎屋さんのいわゆる和菓子の図案というのでしょうか。図案の原本を見せていただいたことがあって、なぜこんなものがあるのだろうと。あれは多分、門外不出だと思うのですが、私は出すべきだと思うのです。これはいろいろな反対意見は昔からあって、私が京都に4年いたときにも「これは出した方がいい」と言っていました。あるいは、石川県の「新情報書府」を取材させていただいたときも、もっと出すべきだと何度も言ったのですが、やはりそのときには抵抗があって、これは外には出せない。外に出せないものと出せるものとの線引きは今どこにあるのでしょうか。

(川島) それはお菓子の木型のことをおっしゃっているのですか。

(武邑) そうです。木型と、あとは図案を描いたスケッチ。

(川島) 私は虎屋の人間ではないので、虎屋のことを代表して言うわけにはいかないのですが、多分、全部クローズにしているというのも違っていて、虎屋文庫というところで定期的に展覧会をしているのですが、恐らくその保存状態を保つために、簡単に人の目に触れさせてはいけないものもあるのかもしれません。
 でも、伺えば伺うほど、先ほどのアムステルダム美術館ではないのですが、きっとそういう貴重なアーカイブを、どう公開し、今的に創造性を加えていくかということは、とても面白い試みではないかと思います。そんなことを、老舗だからこそやっていったらいいと思いますし、老舗というのはアーカイブを結構持っているのですが、公開していないところが多いというのは先生のおっしゃるとおりで、それはぜひ積極的にやっていく時期ではないかと思います。

(佐々木) 私もずっとお話を聞いていて、ある意味で地域が持っている固有の遺伝情報、のストックがうまくできているところ。そして、そのストックが絶えず市民的に引き出せるところ。こういったところはものすごくビジネスチャンスも広いし、新たな挑戦者が生まれるのだと思います。多分、金沢のようなところというのは、老舗が持っておられる遺伝情報が、いろいろな形で地域ににじみ出ているのです。それで地域が共有している、コモンストックになっているのです。そのコモンストックになっているものが、金沢のブランドを形成している。
 そのあたりをもう少し自覚的にしていくということと、この生産と消費のあり方が完全に変わるわけです。つまり、非常にインタラクティブになってきて、プロサンプションとかプロシューマーとか、いろいろな形でいわれてきて、生産と消費が別個にそれぞれ行われてきた段階から、インテリジェントな消費と言われだし、あるいはCGMもそうだけれども、生産と消費とが垣根を超えて行われて、しかもその単位が都市で行われる。その都市の単位で固有の遺伝情報がきちんとストックされて、それが共有されていくという形で、都市自体が創造資本になるというのが創造都市だということではないだろうかと、あらためて思いました。どうぞ大いに乱入してください。

(武邑) 先程の3Dプリンターについてもう少し事例をご紹介します。積層造形やカッティングするものなど、幾つかいろいろなパターンがあるのですが、これはずっと樹脂で下から積み上げていくというもので、これも実際に作ったものです。金型とか何かのクオリティーの高いものも、今はかなりできるようになってきています。こうやってどんどん積み上げていくという発想です。
 実際にどんなものが作れるか、作ったこんなものがあるという提案をみんなオープン化して、そういう人々のアイデアに基づく製品が全部ウェブサイトに載っているのです。それをフリーでダウンロードすると、そのデータ、CADのデータ等を使って自分でもそれと同じものが作れる。これだけでも大きな変化なのです。
 基本的にこのハードウエアも、全部オープンソース・ソフトウエアの流れとリンクしてきたもので、全部オープンなのです。インターネットではFirefox等皆さんが使っているいろいろなブラウザがありますが、そもそもフリーでオープンなので、あれに誰かが特許を持っていたら、われわれはこんな環境を享受できていないのと同じように、3Dプリンターの世界も全く同じで、価格はどんどん安くなっていくでしょうし、物理的な制作のクオリティーも高くなっていく。ウェブで起こってきた現象が全くそのまま、ものづくりの中に下りてくるということで、これは相当な脅威を生み出すと思います。
 今、映画会社が恐れているのは、自分の映画をコピーされることではなくて、自分の映画に出てくるアニメーションキャラクターのCADデータをそのまま配布されると、フィギュアやキャラクターが個人のところで作れてしまうのです。つまり、もう音楽や映像というコンテントをプロテクトするのではなくて、3Dプリンター用のデータをいかにプロテクトできるかということに今、焦点が移ってきているというようなことです。

(佐々木) まさに創造的な技が新しいメディア環境の中で大変大きい競争要因になるし、それを生かすような環境を早く準備したところが相当の優位性に立つということが分かっていて、それを考えているのが実は創造都市のネットワークなのだということではないかと思っています。
 私は、第3次産業革命なんてまどろっこしい言葉は使わないで、これからは創造性革命だと。創造性革命ということを自覚的にやれる都市がリーダーになると勝手に思っています。どうもありがとうございました(拍手)。

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