第6回金沢学会

金沢学会2012 >第1セッション

セッション1

■セッション1
「金沢を遊ぶ〜金沢をまるごと楽しむために必要なツール、仕掛けを考える〜」


●コーディネーター  
宮田 人司 氏((株)センド代表、クリエイティブ・ディレクター)
●パネリスト       
林  信行 氏(フリーランスITジャーナリスト)
本江 正茂 氏(東北大学大学院准教授、せんだいスクールオブデザイン校長)

    

 

 

 


   





「金沢を遊ぶ」ということ

(宮田) 今回、私に課せられたテーマは、「遊楽都」の中の「金沢を遊ぶ」です。、金沢「で」ではなくて「を」が曲者だと思っておりまして、「金沢を」というところで一瞬悩んだのですが。そんな中で、今日は林信行さんと本江先生にお越しいただきまして、お話をしていきたいと思います。「金沢を遊ぶ」とは何でしょうというところからお話をしたいと思います。私は金沢に来て2年半たちますが、観光客になったつもりで、一般的にどのように思われているかを知るために、Yahoo知恵袋で「金沢 遊ぶ」で検索してみました。「金沢で遊ぶなら。来月の上旬から・・・」と、この人は3カ月ほど金沢で一人暮らしをするのですが、あまり金沢のことを知らないため、休日の過ごし方に困っているので、お薦めの場所、買い物スポットなどなど、いろいろ教えてくれと。
Yahoo知恵袋が偉いのは、きちんと答えてくれるのですね。答えが「そうですね。北陸最大といっても45万人都市ですし・・・3カ月とはいえ金沢に住むのですから、ソウルフードといわれる第7ギョーザ、宇宙軒のとんバラ定食、金沢カレー発祥のチャンピオンカレー、ハントンライス・・・」と書いてあって、これがベストアンサーでした。もう一つ答えがあって、こちらは「買い物だったらフォーラスと竪町。食べ物は冬の金沢はおいしいですね。お仕事もプライベートも楽しく過ごせると・・・」と、これはベストアンサーではないですよね。Yahoo知恵袋を読む限り、正直大したことはありません。とはいえ、現代の多くの皆さんは、ネットの情報を頼りに旅に出ます。僕もこの会議で何度もIT関係の話をしてきていますが、ここはやはりもう今は無視できないと思います。

 「金沢を遊ぶ」というと、結構いろいろな遊び方があると思うのですが、本気で観光をするため遊びに来る人、仕事のついでに遊んで帰る人、いろいろなスタイルがあると思います。ゲストの林さんには、もう何度も金沢に来ていただいていますが、来たら少し仕事していただいて、遊んで、おいしいものを食べて帰る。あと、観光だけで来られる人もいます。そういういろいろな遊びのスタイルに対応できるまちが、実は金沢だと思います。
 今話したとおり、現代人の遊びには、もう情報が必須だと思います。今はiPhoneやほかのスマートフォン、iPadのおかげで、今までコンピューターがなかったような家にもタブレット型のデバイスが入ってきて、何かしらの、インターネットから情報を入手する手段は相当に広がっています。今どきの情報には、もちろんテクノロジーが必須です。私がここに来て2年半、どんなことをしてきたのか。あと、私がなぜ金沢市に越してきたのかという意味も含めて、金沢は情報と技術というところにどのような取り組みをしているのか。私が関わっている部分で簡単にお話ししたいと思います。
 情報と技術という部分で言うと、金沢は人と産業の創出にすごく力を入れてきていると思います。その中でご紹介ですが、クリエイティブベンチャーシティ金沢という構想があって、私も今、betaという人材育成のための教育事業をやっています。私はここがこれからの一つのキーワードになると思っていて、遊ぶには情報やインフラが非常に重要です。
 Evernote社は、シリコンバレーで最も注目されている成功している会社の一つだと思います。Evernoteは「すべてを記憶する」というコンセプトで、パソコンでもスマートフォンでも、あらゆるものをメモすることができるようなアプリケーションですが、米国から金沢に来ていただいて勉強会をやりました。これにはわがまちの市長も参加していただき、彼らがサービスやアプリケーションをつくるときの考え方やつくり方を、かなり本気で議論させていただきました。日本法人の会長の外村さんという方ですが、この方も金沢を好きになった方です。一度金沢に来ていただいて、おいしいお鍋やおすしを食べていただいて、シリコンバレーに帰られてから「また金沢でみんなに講演してほしい」と言ったら、「うまいものを食えるのだったらいつでも行く」ということで、二つ返事で来てくれました。シリコンバレーからも、金沢に非常に強い魅力を感じて来てくださっている方がどんどん増えています。

 これまでbetaでは、いろいろなセミナーをやってきました。これは放送作家の仕事とはどんなものかという話をしたときの写真ですが、そもそも北陸には放送作家という方はいないのです。東京には死ぬほどいるのですがなぜかこちらにはいないということで、今、かなり売れっ子で、「しゃべくり007」や「嵐にしやがれ」等、レギュラーを9本抱えている僕の後輩の木南広明さんに来てもらって、放送作家としてのビジネスの話をしてもらいました。「失敗から成功へ」というテーマで、ゲストの林さんにも後援していただきました。ITだけではなくアート関連のジャーナリスト兼コンサルタントをしていらっしゃいます。特にスティーブ・ジョブズの動きをずっと第一線で追いかけられていて、本も何冊か書かれています。この時はスティーブ・ジョブズに学ぶ、逆境から成功に持っていくというお話をしていただきました。Design Thinking(デザイン思考)という、経営に関するお話なのですが、こういうデザイン思考に関して教えている学校は日本にはほとんどなくて、私も2年前にこちらでこういうことを始めてから、金沢で最先端のデザイン思考の教育をしています。中島信也さんはイート金沢でもおなじみですが、小西利行さんとお二人で「伝えるから伝わるへ 10倍売れるコピーの書き方術」というテーマでお話いただきました。この二人がサントリーの日本茶伊右衛門のコマーシャルを作っていますが、ご存知のように伊右衛門は、お茶では1番か2番ぐらいに売れています。
 後のセッションでお話ししていただく菱川勢一さんにも、教えていただいています。これからの映像ということで、3日間講義をしていただきました。日本で今、映像を撮らせると言えば業界では菱川さん、そういう人に直接3日間みっちり学ぶことができる講座は、本人が「金沢でしかやりません」と言っていますから、恐らく金沢だけだと思います。金、土、日の三日間でやったのですが、県外からの受講者が多くて、中には家族連れで金沢に来られて、お父さんが勉強している間に家族が観光するという受講スタイルの方も、2〜3人いらっしゃいました。これはエデュケーショナル・ツーリズムと書いてありますが、勉強しながら家族が観光して歩くというのは非常に面白いし、すごくいいなと思いました。このときは天候にも恵まれて、お母さんとお子さんは金沢を観光して歩いていたということもおきています。
 金沢市では、クリエイティブベンチャーコンテストを開催していまして、新しい何かを始める若い人たちに、教育の機会を設けスタートアップの資金も提供してチャンスを創出していこうという金沢市の産業創出支援事業です。林さんにも審査委員として参加していただき、金沢経済同友会からも審査委員としてお願いして出席していただきました。

 今回は金沢大学の大学院生が見事グランプリを受賞しました。彼はもともとスマートフォン向けに金沢のバスの時刻表を位置情報から導き出すというアプリケーションを作っていて既に2万人ぐらいが使っていました。ピーク時で5秒に1回誰かがアクセスしています。自分の持っている技術で金沢市民を豊かに、幸せにしたいという思想の下で、その事業モデルに対して金沢市が支援するということで見事グランプリを獲得しましたが、見事この12月に起業しました。もう一人の受賞者も11月に起業して、二つのベンチャー企業が金沢市で生まれました。これが審査の風景です。これらの活動で、一つ産業を創出していこうということをやっています。
 情報をいかにスマートにたくさんの人々へ届けるのかが、これから研究していくべき技術だと思います。スマートフォンのスマートとは、いかに情報をスマートに入手・発信することができるかということだと思います。発信・入手で重要になってくるのはインフラです。金沢市は市内全域で公衆無線LANをスマートに使えるようにKANAZAWA AIRという名称でインフラをして整備います。金沢市では外国人を含む観光客やビジネス客、学生などがインターネットを利用して、まちなかで手軽に情報を取得し、その場から発信できるよう公衆無線LAN環境の整備を推進することで、まちなかのにぎわい、観光、誘客、国際会議の誘致など、新たなビジネスチャンスの創出につなげていきたいという趣旨の下に行われているものです。
 ということで、今、金沢市だけではなくて、ほかの都市でも公衆無線LANの動きはどんどん出てきているのですが、いわゆる無線LANにはチャンネルというものがあります。なぜ今日こんな話をするのかというと、金沢無線LANはいいのですが、全然使えないではないかという声が結構聞かれます。無線LANを使われる方は分かると思いますが、実際、まちの中を歩いていて無線LANを使いたいと思っても、リストが山ほど出てきてどこに接続していいか分からないとか、接続したはいいものの、全くインターネットにつながらないという状況が起きています。これは金沢だけではなくて全国的な問題で、東京でもそうです。まちを歩いていると、Wi-Fiどころの騒ぎではなくて何だか分からない状態になっていますよね。ここで問題になるのが先ほど言ったチャンネルなのですが、インターネットに接続する公衆無線LANには13チャンネルというチャンネルがあって、この13チャンネル全部を使うと大変なことになります。


 図で説明しますが、理想的なチャンネル配置を行っている場合はこういう形になります。13チャンネルあるうちの1チャンネル、6チャンネル、11チャンネルを使うと、ここに山になっていますが、山の高さが強度だと思ってください。真ん中が強いです。これを無計画にチャンネルをどんどん増やしていくとどうなるかと言うと、例えば、どこかの人がここで8チャンネルを勝手に使ってしまうと、ここで電波の干渉が起きます。重なっている部分で電波を拾ってしまうと、外に出られなくなったり、無線LANの品質が低下してしまいます。同じ空間では最大3チャンネルまでしか使ってはいけないというのが理想的な環境です。

 では、今、金沢市では使えないではないかという話になっていますが、これはNTT西日本さんに調べていただいた調査を基に私の方で作ったグラフィックで、片町のシダックスの前はこういう状態です。これを見るだけで気持ち悪くなってきますが、この状態が今の片町です。乱立しています。電波干渉は都市部ほど不安定な状況になっています。本当であれば都市部や観光地こそ、こういうものを使いたい場所ですよね。そこがこういう状況になってしまっているので、これでは便利どころか電波で迷子になってしまいます。あちこちに道路標識があって、よく分からないような状況になってしまっています。
 金沢では、電波のような見えないものにも景観的なルールをきちんとつくった方がいいのではないか、そうすることでみんなが気持ちよく、美しい環境の中で楽しく学べる都市と言えるのではないかと考えています。

 先ほどの無線LANの話ですが、きちんと環境さえ整えば非常に使いやすいものになるはずなのです。今回発売されたiPhoneも、次世代の通信方式であるLTEが標準装備されていて、今はLTEはユーザーが少ないので非常に快適なのですが、これも今までの携帯電話と一緒で、どんどん込み合ってきて、すぐに使いづらい状況になると思います。それでソフトバンクにしてもauにしてもドコモにしても、Wi-Fiをどんどん進めてきているのです。ですから、LTEがどんどん普及していってもWi-Fiがまちなかで使えることが、これからインターネットで情報をスマートに入手していくためには一番いいインフラになっていくはずなのです。先ほど見ていただいた図のような状況が起きてしまっているので、金沢では「電波景観」という、目に見えないものであっても景観ととらえてきちんと整備することで、見えないものでも美しくというような運動をしていきたいと考えます。
 公衆電波のルールづくりをする電波計画コンソーシアムのようなものを立ち上げて、Wi-Fiが混線している問題はいろいろな理由があると思いますが、ここである程度のレギュレーションづくりをして整備をしていくことで、本来の公衆無線LANの目的である観光客や学生などが使いやすいインフラのあるまちづくりの一つになっていくはずだと。 

 この辺のお話のために、本江先生には仙台から来ていただいています。本江先生は仙台スクール・オブ・デザインの校長としてご活躍されていますが、そこから海外やまちづくりの話に広げていきたいと思います。

(本江) 本江です。仙台から参りました。都市・建築学が専攻で、建築のデザイン、都市デザインを教えています。水野先生と同じ専門で、学生たちと一緒に具体的な建物づくりをやっているのですが、小さいまちですのでいろいろなことをやらなければいけなくて、せんだいスクール・オブ・デザインというスクールも始めています。

 金沢と仙台ですが、宮田さんと打ち合わせをしたときに、勝手におれたちは姉妹都市だという話をしました。結構似ています。寒くて天気が悪いとか、海に面しているのだけれども海っぺりにあるのではなくて少し引いたところにある。人口規模も、仙台市は行政単位としては100万人ですが、金沢は周辺も入れれば同じぐらいの人のボリュームがあって周りからはちょっと切れている。それから、東京との距離感も割と近い。仙台は今、新幹線で早いものだと100分、金沢も北陸新幹線が来れば2時間半ぐらいですから、日帰り圏になります。これは結構大きなことなのです。

 それから、歴史的には政治と軍事が非常に大きいプレゼンスを持っているというのも仙台と金沢の共通のところで、先ほども少し話がありましたが、大学や学校がすごくたくさんある、仙台も、学都仙台と言うこともあります。どちらも大きい城下町で、城下町だったことが誇りで、近世の歴史に対する非常に強いプライドを持って、仙台も何かと言うと伊達政宗が出てきてほかに出すものがないということです。これが同時に呪縛にもなっていて、なかなか新しいことが始められないでいるというのも近いかもしれません。気質も真面目だけれども結構派手好きで、でも本当はけちでプライドが高いとか、城下町独特の同じところがあるかもしれません。
 違うところは、先ほど町家のリノベーションの話がありましたが、金沢には素晴らしい伝統的な都市空間がたくさん残っている。仙台は残念ながら戦災で完全に丸焼けになりましたので、近世の建物は全く残っていません。それで今回の震災もあって、海べりはだいぶやられましたので、環境の歴史で言うと仙台は残念ながら物は残っていません。
 もう一つは、金沢と言うと金沢美人ですが、仙台は大変寂しいことに、名古屋、水戸と並んで日本三大不細工の産地といわれています。これを言うと仙台の方は気を悪くするのですが、でも、客観的に見てもかなりそうだという感じがします(笑)。そんなわけで、片思いなのですが仙台は金沢に勝手に親近感を抱いていて、何か新しいことを起こしていく典型的な東京ではない場所があるとすると、金沢や仙台のようなまちではないかと思っているところです。
 宮田さんとお目にかかったのも、”beta instruction“というのは何をやっているのですかということを来させていただいたときです。地方都市は、創造的な人材をつくり出すポテンシャルはあるから、できるようにしようよということだと思います。せんだいスクール・オブ・デザインという大それた名前ですが、広い意味でのデザインをみんなで考える学校で、東北大学と仙台市が基盤になっています。建築の学校もたくさんあるので、デザイン系の大学院生と地域のクリエイティブな仕事をしている人たちを集めて、そこでコラボレーションをする機会をつくります。そうすることで地域の再生に資するクリエイティブな人材を育て、新産業と産業の活性化につながるということを言っています。ビデオを作ったので、せっかくですので見ていただきたいと思います。
(ビデオ上映)
 テーマを幾つか決めていまして、これは雑誌を作っているメディア軸です。それから環境軸、これは社会軸で、仮設住宅の人たちにテントを作って映画の上映会をやりました。コミュニケーション軸、このときは新しい働き方を考えていました。
 こういうことを文科省から補助金をいただいて5カ年のプログラムで今は3年目です。半年単位で回していくという形でやっていて、今まで150人ぐらいを修了させています。このビデオも、SSDに入る前は地元の結婚式場で写真室の係をしていた人が撮ったものです。SSDでいろいろコラボレーションしているうちに、おれも映像の仕事で独立してやるということでその会社を辞め、独立して映像のプロダクションをつくって、仕事の機会を得て、今、結構仕事が続くようになっています。SSDの外ですが「とうほくあきんどでざいん塾」というものを始めています。これはデザイナーがたくさんいても、それを雇ってくれる会社がないことには産業にならないので、地元の中小企業などのクライアントサイドに、デザインをどう活用していけばいいかということを共有していくような仕組みをつくったりしています。
 宮田さんは人と産業の創出とおっしゃいましたが、それは放っておいてもどんどん起こってくるものでもないので、耕したり、温めたりしないと、芽も出てこないのかなと思います。どちらも学校の体裁でやっておりますが、温めて育てるための仕組みをつくる必要があって、それが楽しそうに行われていないと駄目だなということが一つで、ここで校長をやっております。校長の仕事はなかなか大変で、トラブったときに謝るというのが一番大事な仕事なのですが、宮田さんともそういう校長談義をしていたところです。
 今日のテーマの「都市を楽しく遊ぶ」というお話についてですが、一つ事例をご紹介します。仙台で僕が関わっている仕事ではないのですが、非常に面白い例です。都市を遊ぶ、みんなで楽しく使うということに関連があると思いましたので紹介します。

 これはフランスのモンペリエというまちで行われているfestival des architectures vives、生き生きとした建築のお祭りです。フランスのモンペリエは地中海に面した南仏のまちで、歴史も古く、ヨーロッパらしい感じです。周りには普通に郊外の地域がありますが、中世からの歴史と由来のある城郭都市になっています。
 19世紀にブルジョア文化が花開いていて、まちの真ん中には新古典主義の建物である立派なコメディ劇場があったり、凱旋門があったりします。
 モンペリエでは、クリーム色のすごく明るい、きれいな石が取れます。まち全体がクリーム色のとてもきれいな明るい色でできていて、彼らは自分でプチシャンゼリゼと言っていますが、そういう通りがあって、いかにもフランスという感じの建物が立ち並んでいます。シトロエンのDSに大事に乗っている人がいたりして、なかなか合趣味的なまちでもあります。

 少し路地に入るとフランスっぽいところがあります。自転車が止まっていたり、ユトリロの絵にあるような路地があったりして、見上げるとくねくねとしていて、その先にカテドラルが見えるというようなところです。
 モンペリエに行くと、道は細いのですが建物は結構大きくて、ものすごく大きな出入り口があります。なぜこんなに大きな入り口があるのかというと、19世紀に経済的にブームになった馬車が入るからです。馬車のためにの大きな出入り口を持った立派な建物が幾つもあります。ところが、これは全部プライベートな建物ですから普通の人は入れなくて、横のところにオートロックが付いていたりします。中はアパートになっているので、住んでいる人はもちろん入れます。
 道が狭いので、建物のファサード自体はそんなに作り込んでおらず、割と無愛想なものですが、この扉を開けて中に入ると、すごく立派なのです。すごくきれいな中庭があって、きれいな階段で上に上がっていくようになっていたりします。少し古いものでも意匠を凝らした中庭を持っています。この中庭は全部プライベートで、お店は通り側にあって中庭に面してはないので、普段は住民以外が見ることはありませんが、こういう遺産がたくさんあると。地元のモンペリエの建築家のグループは専門家なのでこのことを知っているのだけれど、他の人は見る機会がなかなかないということで、アートイベントとしてやることを考えました。
 毎年6月にやっていて、もう10年ぐらいやっています。どうするかというと、中庭をただ一般公開しますと言っても、建築に関心があればいいけれど、普通の人が行っても「立派だね」と言って帰って終わってしまうだけになるので、アーティストを公募して、コンペ形式になっています。資料もふるっていて、モンペリエの中で10カ所ぐらい、中庭を開放してくれる大家さんを集めて、中庭についての図面や写真を集めた資料を作って、この中で好きな空間を選んで、そこにインスタレーションを考えてくださいというコンペをまずやるわけです。ヨーロッパを中心に世界中から、200件ぐらい応募が集まりました。デザイナーや建築家、インテリアデザイナー、アーティストが応募をしてきて、その中でコンペがあり、10個とか15個とか、中庭の数だけ選ばれる。その人たちに予算をあげて、短い期間ですが滞在政策をさせてそれを一般公開するというイベントです。

 作られるものは、例えば、これは蚊帳のようなもので、中には花があって、無数のチョウの幼虫がいます。幼虫の状態で持ってきて、置いている間に蛹になってふ化するという少し気持ち悪いものや、布をばっと吊って映像を展示するか、テントの出来損ないのような何かよく分からないものもあったりします。このようなものを見せるという企画です。
(ビデオ上映)
 彼らが作ったビデオを少しだけ見たいと思います。いろいろな中庭にいろいろな作品を置いていく。建物と作品とのコントラストを見てもらうということがまずありますし、一般公募で予算も限られているので、作品自体は微妙にしょぼいところもありますが、でも見に行くと、すごく空間がいいということにみんな気が付くわけです。十何カ所か見に行って、生き生きとした空間がたくさんあることを再発見する、そういうツアーを1週間ぐらいやるというアートイベントです。

(宮田) 人は結構来るのですか。

(本江) 来ますね。何千人単位で。開催は6月、南フランスはもう暖かくて、夏という感じなのだけれども、実際はからっとしていて、バカンス本番直前でタイミングも絶妙です。

(宮田) ちょっと空いている時期なのですか。

(本江) そうそう。ちょっと空いている時期なのです。もう少しするとバカンスで、もっと海辺の方ですが、どっとみんなが来るようになる時期です。
 このイベントに日本からも作品を出せと言われたので、われわれも頑張ってエントリーをしました。「U-CHI-WA」というタイトルの作品です。
 僕たちが射止めた中庭は、エロー(Herault)県というところにあるのですが、県庁のある広場に面している由緒ある立派な建物です。13世紀の建物で、香港上海銀行が入っているのですが、奥に中庭があって、上には普通に人が住んでいます。うちの学生たちと僕と助教の5人組での東北大学チームでエントリーし、その中庭にインスタレーションを作りました。これはうちわでできています。よくイベントなどで使うプラスチックの、1枚50円とか80円のうちわです。たくさんオリジナルのものを作りました。これはヨーロッパにはないようで、片面はピンク色で作って、モンペリエの地図になっています。
 われわれの作品があるところだけでなく、ほかの十何カ所か回るところも地図にプロットしてあって、うちわがツアーマップとしても使えるようなにしました。滞在時間が限られているので、現地での作業時間を圧縮する意味もあって、このうちわをたくさん使ってインスタレーションをしました。
 うちわには隙間があるので、ぎゅっとはめて組み合わせると織物のようにできて、別の構造なしでじゃばらのようにつながるのです。にょろにょろと長く織りあわせていきました。表面はピンクで地図になっていて、裏面はクリーム色でうちわの使い方がいろいろ書いてあります。これを使ってぐるぐるとヘビのように丸めたり、置いて真ん中にばさばさっとうちわを置いたりしました。広い空間の中にワイヤーでつり下げたり、どのようにつり下げるか三次元モデルなどを作ってやったのですが、現地に行かないと分からないので、結局、現場で生け花のようにアドリブで作りました。
 このように宙吊りになっている中を歩き回れます。これは本当にうちわを組み合わせただけでできているので、切れると崩れてしまうのですが、プラスチックのうちわは結構強いので、このようにぶら下げて、見上げるとこのような中庭です。高いところから見下ろすとこのぐらいの立体感のある空間で、なかなか立派なスペースです。
 
 表にはこういう看板がありhotel de mirmanと言いましたが、うちわを付けたりしました。

(宮田) このうちわのデザインは学生さんが描いたのですか。

(本江) イラストも絵も全部学生たちが描いています。これはモンペリエの美しい石の色が印象的だということがあるので、その色とコントラストの強いピンクを使うというようなことはデザインしています。
 地元の小学生が学校の見学で回ってきたりもします。うちわなので、これをお土産であげますということにしたところがミソです。うちわは、見ればぱたぱたとするものだということはみんな分かるのですが、あまり持ったことがないし、特別にデザインされたうちわを基本的にあまり見たことがないので、みんなすごく欲しがるのです。子どもさんにあげたり。

(宮田) このまちの人は、暑いときはどうしているのですか。

(本江) からっとしているから、あまりばたばたする感じはないのです。ビールを飲むぐらいです。うちわ自体が東洋的な感じがするということもあって、みんなすごく欲しがります。そんなに大きいまちではないので、しばらくすると町中の人がみんな持っているという感じになるのです。みんなうちわを持ってあおいでいるので、持っていない人は「それ、何?」と言って、僕も欲しいなという。

(宮田) コミュニケーションツールになっていますね。

(本江) 本当にいろいろな人がツアーパンフレットとうちわをセットで持っていて、「それ、どこでもらえるの」とみんなが言っています。まちの中で、地元の小さい子どももうちわを持っている。これはピンクで目立つので、みんなが持っている、「ああ、どうも」というような感じで持ってくれる人がたくさんいて、これはやらせではないのですが、本当にこのうちわを見ながら歩いている人たちがいたりするようになりました。

(宮田) これは本当にまちで遊んでいますね。やはりデザインされた美しいうちわをみんなが持っていると絵になりますよね。パチンコ屋でもらったうちわを持って歩いていても、ちょっと絵にはならないですものね。

(本江) そうなのです。1枚80円ぐらいだったと思いますが、同じ値段でできます。手伝ってくれた現地の学生に、ユニクロの浴衣をプレゼントしたりしました。地元の新聞に僕たちの作品が表紙になりグランプリをいただきました。コンテストで「I hope you have fun」というようなプレゼンテーションをしたのですが、こういう仕掛けになっています。
 僕たちの作品も含めて、デザイナーやファインアーティストが社会的な問題を問うような作品ではなく、きれいでかわいいものが多いのです。そういうものがたくさん集まっていて、モンペリエの普段は見られないところを見て歩ける。行くと、作品もさることながら、こんなに立派な建物がわがまちにあったかということを皆さんが再発見する、ちょうどいい契機になっています。

(宮田) いいですね。
(本江) 小さなまちなので3時間ぐらいで見て回れて、終わったらビールを飲んだり、ワインを飲んだりするのにちょうどいいぐらいの時間を使えます。
 地元の人も来るし、そんなに大きなイベントではないので、遠くからたくさんの人が押し掛けるという感じではないのですが、様子を知っている人はみんな見に来ます。
 もう一つ面白いと思ったのは、建物のオーナーの方たちも結構一生懸命なのです。自分のところの庭には非常にプライドを持っていますから、ここをうまく見てほしいと。僕たちの建物のオーナーは、未亡人で非常にインテリの女性でしたが、早くからすごく気にしてくれていて、いろいろ手伝ってくれました。オープンしたらすぐに全部の中庭を見て、「いいものが二つある。二つの一つは君たちだ。もう一つあって、どっちかが勝つと思うんだけどね」というようなことを言って、僕たち以上にすごくそわそわしているのです。そしてお客さんだったということもあってかもしれませんが幸いにして僕たちがグランプリをいただいた時は、オーナーの方がすごく喜んでくれて、「よかった。君たちはわれわれの空間のことをよく分かっている」と言って褒めてくださいました。 滞在政策ですから、その間、いろいろな国の人たちが来て、時々カンファレンスなどもあり、いろいろなところの人たちと話し合う機会をつくる。そんなにお金はかかっていないのだけれど、いろいろな仕掛けがあって、関わった人がみんな「モンペリエっていいところだな」と思って帰るという仕掛けになっています。すごくいいのは、お客さんとそれを迎える人が、できるだけお金を落としてくださいという感じではなくて、まちを使って、まちがいいところだということをみんなで発掘し合って、誰が一番気が利いているかというようなことを、プライドを懸けて見せ合うことになっている。すごく気が利いた仕掛けだなと思って、「まちで楽しく遊ぶ」というお題をいただいたので、まち全体を使って楽しかった思い出の中で一つご紹介しようと思ったものです。

(宮田) 作品も、変に暑苦しいメッセージのない、こういう作品はいいですね。みんなが楽しめる。

(本江) だから、すごくウィットの効いたものを出すというようなことがあって。
 僕たちの建物のオーナーが言っていたもう一つの作品は、バルセロナの建築家チームの作品で、棺桶二つ分ぐらいのものすごく大きい氷の塊の中にヒマワリを凍らせて閉じ込めてあるのです。中庭に絶妙な大きさをデザインして場所を決めて置いたのだと思いますが、期間中にだんだん溶けてくるのです。そうすると、じわっとヒマワリが現れてきて、何度か行っていると、最初はすごいソリッドな氷の塊だったものが、だんだんまばらに溶けてきて、かわいいヒマワリが出てくる。そして、ヒマワリも持っていっていいですよという、僕たちとはまた違うデザインになっていました。そのようなものが幾つもありました。

(宮田)では、林さん、お願いします。

(林)今回、宮田さんの方から、ITジャーナリストの視点も入れつつ、海外の方でどのような事例があるかを中心に話してくださいと言われて、そういう意味では本江先生の話とも少しかぶってしまうところもあるかもしれませんが、お話しさせていただこうと思います。
 肩書的にはITジャーナリストということで、日本のテレビ、雑誌、ラジオなどでも情報を発信しているのですが、実はコンサルタントとして、日本の企業がどのように海外に進出できるのかというコンサルティングもしていまして、日本の媒体以外にも、イギリスのBBCやフランスのテレビ、韓国、アメリカなどのメディアでも情報発信をしています。日本ドットコムというのは日本の情報を世界に発信していこうというサイトで、去年書いた「スティーブ・ジョブズと日本」という記事がいまだにナンバーワンなのですが、この記事は一応、日本語以外に中国語、フランス語、スペイン語、アラビア語でも発信されています。
 仕事柄、取材などでよく海外に行っていまして、私の1週間を振り返ると、先週35〜40年ぶりにドイツのフランクフルトに、月曜日は初めてシンガポールに行ってきました。フランクフルトは前に行ったことがあると言っても当時は3歳ぐらいで全然記憶がなくて、どこに行ったらいいかも全く分からない。普通、観光で行く場合、事前にガイドブックや『地球の歩き方』などを買っていけばいいのですが、そもそもぎりぎりまで仕事をしてからいきなり行ってしまうので、調べている時間が全然ない。最近、スマートフォンやiPadのようなタブレットのせいで、事前の調査を全然せずに、いきなり海外に行ってしまうことが増えました。海外に行ってもiPadなどが定額の料金で安心して使えるので、現地に着いてからようやくフランクフルトの見どころなどを調べるのです。そうすると、日本語でもドイツ語でもたくさん情報が出てくるので、アルテオーパーに行ってみようとかという形で回るのですが、これから私のように事前調査をしない人が人口的にもどんどん増えてくると思います。

 なぜ月曜日にシンガポールに行っていたかというと、Googleのカンファレンスに招待されていたのです。このプレス向けのカンファレンスにはネクストビリオンと書いてありますが、今、インターネットを使っている人口は、世界で20億人といわれています。ただ、今のインターネットの人口はほぼ英語の人たちが中心で、実は日本語の発信力はブログでは世界ナンバーワンとか、オリンピックの何かの競技の間はTwitterは日本がナンバーワンとかというのが結構あって、実はすごく存在感があるのです。英語以外でこれだけ存在感があるという特殊な市場になっています。
 ネクストビリオンというのは何の話かというと、インターネットに次に登場する10億人は、もちろんBRICsのブラジル、ロシア、インド、中国も非常に大きいのですが、そういった大国だけではなくて、カンファレンスが開催されたシンガポール、インドネシア、マレーシアなど、東南アジアが実はこれからどんどんインターネットに進出してきて、その総数は10億人規模になってくるという話でした。
 恐らくこういう人たちもこれから経済力をつけてくると、世界中をいろいろ観光して回ることがあると思いますが、そもそも母国語でガイドブックが出ているかという問題もあって、いきなり現地に来てインターネットを利用するという人が、かなり増えてくるのではないかと思います。では、インターネットで検索して上位に来るような情報発信をすればいいのかという疑問もありますが、それ以外に最近よく注目されているのが、スマートフォンのアプリです。

 例えば、リクルートのじゃらんが作っている京都のガイドですと、じゃらんが出している京都のガイドブックと地図が連動するのです。帰りの新幹線までまだ少し時間があるから、歩いて行ける範囲に何かないかなというときに、地図を開くとじゃらんの記事のページが出てくるという電子雑誌との連携もできるようになっています。金沢でもこういうガイドのアプリがたくさんあるのですが、皆さん、こういうアプリをご存じですかというと、恐らくほとんどの方がご存じないのではないかという懸念もあります。
 実際、僕もフランクフルトに行って、毎回ウェブで検索するのも面倒くさいので、幾つかアプリをダウンロードしたのですが、そもそもフランクフルトについて知識がない人がいきなりガイドブックを落として、現地に着いてから最初から最後まで全部読んで計画を立てようとしても、そんな余裕もない。そういうときに何が一番頼りになるかというと、結局、写真が一番たくさん入っているガイドだったのです。こういった写真を見て、きれいなところに行きたいというのがすごく訴求力があるというか、すぐに行動に結びつくような効果があるのではないかと思っていて、そういう意味では、菱川さんが金沢の写真をたくさん撮っているというのは、非常に期待できるところだと思っています。

 ちなみに、世界最大の写真サイトといわれているFlickrで金沢の写真を探すと、月見光路の神社のこんなきれいな写真が出てきます。これは僕もどこだか分かっていませんが、調べても行ってみたいと思います。もちろん観光ガイドに載っている兼六園などもいいのですが、それ以外でも、全然知らなかった普通の人たちが撮った写真で、これは宮田さんすら知らないのではないかというところを発見したときの喜び。

(宮田) 僕はその悔しさと言ったらないですね。

(林) そうですね。そういったことは、これから結構重要になってくるのではないかと思います。
 そういった写真を通じたコミュニケーションで言うと、私や菱川さんも非常にハマっていて、菱川さんは仕事にも応用していらっしゃるという話を先日betaの方でしていたのですが、Pinterestというサイトがあって、きれいな写真が出てくることも結構需要な要素ではないかと思います。金沢以外の話になってしまって申し訳ありませんが、僕は観光ガイド系のアプリはほとんど使っていませんが、唯一好きで見ているのが、京都の「花なび」というアプリケーションです。これはご存じの方いらっしゃいますか。京都のお寺などは普通の車は入っていけなくて、タクシーの運転手だけがお寺の境内に入って行けるのです。そういった場所を、タクシーがお客さんをお寺に送り届けた後にiPhoneで写真を撮って、「花なび」というサイトに登録します。そうすると、昨日やおとといの紅葉などの様子が掲載されます。もちろんこれもGPSを使って、今、自分がいる京都のこの場所の近くではどんな花が見ごろなのかを見つけて、そこまで歩けて行けるというサービスになっています。「花なび」というサービスをやって、非常に写真がきれいな方など人気運転手さんも何人か出てきています。これはMKタクシーさんなどだと電話番号は出てこないのですが、一部のタクシー会社、個人タクシーなどだと携帯電話の番号も出てくるので、この運転手さんだったらきれいな花を知っているかもしれないということで電話をかける、そんな効果もあったりします。

(宮田) 今、iPhoneを持っていたら、すごくきれいな写真が撮れてしまいますからね。

(林) そうなのですよね。多分、運転手さんも写真を撮って、その写真がどんどん見られるようになるとモチベーションが高まって、さらにきれいな写真を撮ろうと思う。

(宮田) しかも携帯に電話がかかってきてしまうのでしょう。出会い系タクシーですね。

(林) こういったアプリを作ることには確かにすごく意味があると思いますが、ただ、アプリを作るだけだと駄目であって。「花なび」はどういう展開をしているかというと、同じ「花なび」の情報を一部のホテルのサイネージに発信したり、あるいはタクシーのサイネージで表示するというマルチな展開をしています。ですから、たくさんアプリを作ることが重要ではなくて、できれば本当に質が高いアプリを1個だけ作って、それを全方位でやった方が意味があるのではないかと思っています。

(宮田) 効果がありますね。
(林) こういった本当に意味があるアプリを1個だけ作って、商店街に行ってもそのアプリを薦められる、ホテルのコンシェルジュに聞いても「このアプリを入れていますか」と聞かれるぐらいだったら意味があるけれども、そうではないようなアプリ展開をするぐらいだったら、むしろアプリなどいっそ要らないというか、やらない方がいいということはないですが、やってもあまり効果がない。
 では、そうでない場合には何をやったらいいかというと、やはり海外の人が見る場所に情報を露出していくことが大事ではないかと思います。海外の人が日本に来て、真っ先に東京や京都などに行ってしまうのは避けられないと思いますが、そうではなくて本当に通の人が行くような場所を探して行く際のガイドとしては、Lonely-planetという非常に有名なガイドがあります。

 Lonely-planetはウェブサイトですが、きちんとアプリもあります。石川で探してみると幾つかあります。これが面白いのは、石川に行ったら何をすべきかというto doリストなどもあって、「All things to do」をタップしてみると、兼六園に行くべきだ、金沢城、妙立寺、金沢21世紀美術館などがありますが、5番目ぐらいから結構面白くなってきます。POLEPOLEや、香立(こたつ)というお好み焼き屋さん、おでん三幸本店など、宮田さんでも知っているかどうか分からないところが出てきます。海外の人が金沢に初めて来て分からないというときに、こういうものが実は頼りになってくるのではないかと思ったりします。ある意味なじみの店をつくってもらうことが結構大事ではないかと思ったりもします。僕のこの後の提案は本江先生に近い話になってくるのですが、まちぐるみイベントは結構効果があるのではないか。まちぐるみイベントをやる際に、そもそもこのまちに住んでいる人たちの意思に全然関係のないイベントをやってしまっても意味がないので、住人の人たちがどういうまちになってほしいかということをよく組み入れた上でやるといいと思います。まちぐるみイベントと言うと、オーストリアのアルス・エレクトロニカがあります。毎年9月に開催されているのですが僕は好きで、まち全体がアートイベントの会場になっていて、古い教会などがアートのインスタレーションの会場になっていたりします。
 それ以外では、僕が毎年4月に行っているイベントがあります。ミラノの、普通の人は知らないようなバルバッソというレストランが世界のトップデザイナーにはなじみの店になっているのですが、それはなぜかというと、毎年4月にミラノサローネというイベントがあるからです。実は50年近い歴史があるイベントで、今年は海外から19万人、イタリアの方だけでも10万人ほどが参加しています。僕が毎年ミラノサローネに行くのは、実は妹がミラノに住んでいるという地の利があるからなのですが、妹は全然デザイン関係ではないのですが、ミラノサローネ期間中は、地図を見るとミラノ全体がイベント会場になっていて、ただでドリンクが飲めるので、子どもを連れて行こうかという感じで参加するようなイベントになっています。
 ミラノサローネは、仙台のWOWという映像集団の展示を、築100年ぐらいの古い郵便局でしていたりします。そういうイベントがあると、次の年も、今年は何をやっているのかなというような形でどんどん行くような場所になっていくし、僕がミラノのまちで毎年必ず訪れたい場所が幾つもできてくる。そんなミラノサローネ的なイベントができたらいいなというのが一つです。
 ミラノサローネに関しては、50年の歴史があるおかげという部分もあるかもしれませんが、最近非常に面白くなっています。そもそもミラノサローネは大きい展示会場でやっている家具のトレードショーだったのですが、そのトレードショーに行くと、どうしてもスーツを着たビジネスマンによる商談の話ばかりでつまらない。本当のデザイナーはそういったものではないだろうということで、フリオサローネ(場外サローネ)という形で、展示会場の外、まちの中でゲリラ的にイベントをするというのが広まっていって、それが最近、日本でよく言われているミラノサローネです。
 さらに、フオリサローネもまちの中心部でやっているのは飽きたという人たちが、トルトーナという倉庫街の地区を開拓して、トルトーナ地区の倉庫を使っていろいろカッティングエッジな最先端のデザインを展示するイベントをはじめ、それを勝手にトルトーナ・デザインウィークなどと呼び、別のデザインイベントができてしまっています。そのトルトーナ・デザインウィークが大きくなってきて、結構会場が広いので、みんなで自転車を買って、自転車を使って回るようにしようと言って、実際にトルトーナ地区に自転車を寄付して、シェアリング自転車にしたりしていました。
 最近ではトルトーナ地区ももう古いと言って、去年ぐらいからはヴェントゥーラ・ランブラーテという電車の駅もないようなところが、また新しい最先端の地区として開発されています。こういった形で、デザインイベントによってどんどん新しいまちが開拓されていく、こんな状態にまでなっていけばいいなと思っています。

 あと、こういったイベントをやっていくと宿の問題も結構あると思いますが、ここに解決策を出してくるのではないかと思って最近期待しているのは、Airbnbというサービスです。BNBはイギリスなどの宿のBed and breakfastのことで、去年ベストセラーになった『SHARE』という本でも話題になりましたが、家に1個余っているソファがあったら、うちのソファで誰か泊まっていいですよということをAirbnbに登録して、1泊1000円程度で自分の家のソファをホテルとして貸し出すというサービスです。
 去年、『SHARE』が出ころぐらいには、そんなサービスを使う人がいるのかと思われていたのですが、今、本当に人気のサービスになってきまして、日本ではまだまだですが、例えばリトアニアの方がうちで余っているソファに泊まりませんかと1泊1000円で貸し出ししています。あるいは、皆さんも木のおうちに1回泊まってみたくないですか。こういった木のおうちを建てられた方が、自分たちで住むのもいいけれど、泊まってみたい人がいたら1泊1万円で貸しますよという形で提供しています。
 あるいは、こちらは島をまるまる1個。もし、この島に泊まりたかったら、1万8000円出せば島をまるまるお貸しします、1泊泊まっていいですよというサービスが出てきています。
 北陸でもこういったものを出している人がいるかな、いないのではないかと思って検索してみると、実は富山県で1軒だけ出しているところがありました。どこかというと、氷見市で、漁港にある古い民家をまるまる1軒、3000円で自由にお使いくださいという形で出していて、泊まっている人がいるかを見ると、「本当に素晴らしい体験ができた」とかと、コメントがたくさん書いてありました。冒頭の方でこれからは体験が大事になってくるという話もありましたが、こういった普通の旅ではできないような体験を提供していくということも、重要なのではないかと思ったりしました。
 最後に付け足し的に、宮田さんからいいWi-Fiネットワークが重要だという無線の景観の話もありましたが、そこに関してはカナダのベルエア(BelAir)という会社が、まちぐるみのWi-Fi、非常に電波的にきれいなネットワークの技術を持っていて、ロンドンやボストンなどでやっています。ここは最近、エリクソン社に買収されて、僕はエリクソンでも講演をしたりして親しくしているので、ぜひここと組めばいいのではないかと思ったので付け加えさせてもらいました。

(宮田) エリクソンってあのエリクソンですよね。

(林) そうです。

(宮田) どういうことをやっているのですか。

(林) どういうサービスかというと、今の公衆無線LANはお店の人たちが無計画にどんどん入れていってしまって。

(宮田) 金沢もそんな感じです。

(林) そうですよね。店舗のサービスとしてやってしまっているので、ある意味、アンテナが多すぎてしまう。そうではなくて、きちんと計画的に、どの程度の間隔で置けばいいのか。あるいは、iPhoneやBlackBerryが使っているビジネスマンが、どの地域で何時ごろの時間帯にどれだけ公衆無線LANを使っているかを調査できるのです。

(宮田) きちんと調査しているのですね。

(林) そうです。それで、ここはもう少しアンテナを増やした方がいいとかということを計画的にやろうというサービスを提供しているので、すごくきれいなネットワークがつくれるのだと思います。

(宮田) 面白いですね。その会社が調査して、ここを減らした方がいいなどということをしているのですか。

(林) そうです。毎年、バルセロナでやっている世界最大の携帯電話のイベントで、この会社が唯一、まちぐるみWi-Fiと言っていて、そのサービスをやったらエリクソンという会社に買収されてしまったというぐらいに。

(宮田) 目立ったら買収された。

(林) そうですね。

(宮田) なるほど。こういうものは日本ではどこかやっているのですか。

(林) 公衆無線LANは非常に重要なサービスですが、あまりにも多くの人がスマートフォンを使いすぎて、携帯電話の回線がパンクしてしまっているのです。それを携帯電話の回線を使わないように逃がすために、オフロード推進のために、今、携帯電話事業者さんがWi-Fiをどんどん増やしているのです。携帯電話事業者さんは公衆無線LANスポットの数で競ってしまっているので、ある意味ばらまきをやっていて、非常に汚い公衆無線LANのネットワークができている状態なのです。

(宮田) ではやはり、最初の話に戻りますが、金沢はああいうことをやっていくべきだと思うのですよね。

(本江) これは特殊な技術で抑え込むとかということではなくて、余分なものはむしろ減らした方がむしろいいのだとかという人的な調整をするわけですか。

(林) そうですね。どこの地域でどのぐらい無線LANが使われているかを調査するためのツールと、その場合、アンテナをどのように配置したらいいかというノウハウの部分がセットになっているサービスです。今、このサービスはエリクソンの下で、キャリアWi-Fiという形で電話会社さん向けに展開しているようですが、多分、まちごとの事例を結構欲しがっていると思うので、エリクソンさんに直接交渉したら、こういうものもやるのかもしれませんね。

(宮田) そうですね。いいノウハウを持っていそうですよね。なるほど。ありがとうございました(拍手)。今日は本江先生にも非常に面白い海外の事例をお聞かせいただいたのですが、ああいうことは多分、本当に大してお金はかかっていないですよね。

(本江) ほとんどかかっていないです。

(宮田) なのに、人々が参加したくなって、まちで遊んで、まちの外からたくさん人が来て、それが10年ぐらい続いている。金沢でもそういう活動は少しずつ行われているのですが、情報という意味でなかなかそこにたどり着かずに終わってしまうことが多いのです。これだけインターネットが発達しているのに、情報発信というところではまだまだで、結局これをどのように宣伝したらいいかというところでみんな詰まってしまうのです。今は取りあえずFacebookでいいのではないかというところで終わってしまっていますが、インターネットにはそうではない方法がたくさんあるはずだと思うのです。
 実は去年、僕もこの会議でAirbnbの話をしたのです。Airbnbが立ち上がったばかりのときで、このモデルは金沢のようなまちはすごくありなのではないかいう話が出たことがあるのです。今、Airbnbは実際、すごいサービスになっていますよね。この間、Appleも事例を紹介していましたよね。ちょうどTreeHouseが出ていましたが、わずか1年とか1年半ぐらいで、ものすごく成長しましたよね。あれも結局、埋もれていた情報を上手に整理して、インターネットで情報発信するというのが上手だったと思うのです。「うちに泊まれば」と言っていた人はたくさんいると思うのですが、それを可視化したのはすごいことだと思います。
 結局、インターネットのコンテンツが成功している理由は何かというと、今まで埋もれてしまっていた有益な情報を可視化したことだと思うのです。それが結局のところ人を動いて、その場所に来て、遊びにつながっているというのが、この数年で起きている一番ダイナミックな出来事だと思うのです。やはり「金沢を遊ぶ」というところでそのダイナミックさをやっていけると、人が動くのかなと思うのです。
 2〜3日前に行われたコピーライティングの講座で、コピーライターの小西さんが「人を動かしてこそコピーだ」と言っていました。コピーは非常に重要なのですが、埋もれた情報を可視化して、それを分かりやすい言葉で伝えてあげることが、これからしていくべきことなのかなと。先ほど「つくる人をつくる」とありましたが、われわれが今やるべきことは、地元でそういうことを考えられる人をつくることです。
 ついこの間、僕は仙台にお邪魔して、せんだいスクール・オブ・デザインの授業に参加させていただきましたが、やはりみんな目的がしっかりあるので顔が生き生きしていますよね。せんだいスクール・オブ・デザインは、仙台市の人でなくても参加できるのですよね。

(本江) そうですね。仙台市周辺。

(宮田) 周辺という曖昧さがいいですね。どの辺までなのですか。

(本江) 「東京から来たいけど」と言ってくれた人もいて。今、いる人だと盛岡から来ている人がいます。

(宮田) いらっしゃいましたね。

(本江) なので、いろいろできるようには。Airbnbの件なのですが、実は僕の研究室の卒論で、今年、AIR BNBの研究をした女の子がいて、盛り上がっているのに日本でいまいちですねと。日本でやっている人のところにとにかく泊まりに行って、どういうつもりでAIR BNBを利用しているのか、何が問題でなかなか伸びないかとかという話を聞いてくる。
 そうすると、いろいろな人が来てくれて、特に外国の方が来てくれて楽しいからやっていますよという交流目的の人と、一人で何件も物件を持っていてビジネス目的でやっている人と、きれいに分かれるという話でした。あと、英語ができないと難しいとかいろいろあって、今までの話とはのりが変わってしまいますが、Airbnbは法的には結構微妙で、旅館業法に引っ掛かるから白タクと同じで、金を取って泊めるのはまずいという話があるのです。もう一つは、賃貸物件だとそれの又貸しに当たるから、大家さんが駄目と言うとか、それは民民だから別の話ですが、旅館業法は結構グレーです。
 最初に町家リノベーション特区の話があったでしょう。あれと同じように、Airbnb特区とは言わないが、旅館業法の規制をがばっと緩めて、一応、登録だけしておいてくれれば泊めてもいいよというようにするとか、何かそういうようなことをして、北陸は家も大きいし、行って泊まってみたい、庭も自慢だから見せたいというモンペリエとちょうど同じようなことが、きっとあると思うのです。そして、泊まってもらって家庭料理を出してもいいし、仕出しのものを召し上がってもらってもいいですし、いわゆる観光ビジネスでお金を使ってもらうというのとは少し違う形で、いいところだから自慢したいという気持ちでやる。お客さんを迎えて喜んでもらうというのは、基本的には楽しいことなので、それをうまく回していけると、先ほどから言われている情報の可視化につながっていくと思います。
 楽しかったなと思ってくれた人が一人でもいれば、その人がいくらでも言いふらしてくれて、評判はつくられていくのが今の情報インフラですから、ガイドブックのいいものを作るとかという公的な情報だけではないやり方でやっていく。そのためには楽しんでもらう人をつくることが大事だし、自分自身がそのことに誇りを持って楽しんでやっていることが大事です。モンペリエなどはまさにそうで、全然宣伝していないですよ。だけど、やっている人たちが非常に自慢をしている。僕たちのオーナーも、僕たちがグランプリを取ったので友達をたくさん呼んでパーティーをしてくれました。それでこの人たちは日本から来てこうでというようなことを説明して、「来年もこの会にうちの庭を使ってもらうから」というようなことを言ったりして、その人が楽しそうだということが訴求力になっているという感じがしました。

(林) 僕も先ほどの町家の話はいいいなと思っていたのですが、町家の話を公式ウェブページだけ用意していても、多分、海外の人がいきなり「町家」と検索することはないと思うので、最初の露出先として、Airbnbを使うことはあると思うのです。そこからだんだん口コミが広がっていくと思うのです。
 最近、海外向けの日本の放送も幾つかあって、そのコンサルタントもやっているのですが、日本のそういう放送メディアは海外向けと言いながらも日本人ばかりで考えて、日本語で出してしまうので、海外の視点を持たなければいけない。やはりLonely-planetやAirbnbのようなものに出さない限り海外の人の目に触れないということを、どこかに持たないといけない。

(宮田) なるほど。分かりました。そろそろお時間がまいりました。本江先生は明日、お帰りになってしまいますが、今日お二人にいただいたお話をまとめて、明日につなげていきたいと思います。皆さま、今日はどうもありがとうございました(拍手)。


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