ディスカッション2 | |||||||||
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山口裕美 「芸の力と21世紀美術館」 ●金沢21世紀美術館は、成功事例の一つ。魅力がある都市には引き付ける魅力があってそれがパワフルなのだろう。美術館に行くまでのプロセスがあり、辺りにいろんなハプニングが起こる。美術館に行ったという事実と、そこで起こったことというのが記憶に刻まれて、実際には見た作品と思い出に繋がる。金沢21世紀美術館で、例えば視覚的な楽しみ、聴覚的な楽しみ、あるいは味覚的な楽しみというようなところで、楽しみの幅を広げられないか。 ●観光とは、訪れた地域を比較して、「金沢はやっぱり今までの人生の中で最高だったな」とか、自分が知識の中でマーキングする。人から定められた動きではなくて、自由意志でどんどん通りを選んでいく気持ち良さというのを堪能するということも重要である。21世紀美術館は順路を決めないで、いきあたりばったりで作品に出会うというような仕掛けだが、それとすごく似ている。しかも今までになかった知識を得られる。好奇心とその充足という点で、観光の最終的な帰結なのか。 ●ニューヨークの現代美術と言えば、たぶん10人中9人までが、「MOMA」(ニューヨーク近代美術館)を挙げるが、Diaというファンデーションがつくった美術館の方がもっとすごい。ニューヨークから北へ電車で1時間25分のビーコンにある。ナビスコというクッキー会社の菓子箱の印刷工場の跡地で、23,000平方メートルの中にたった24人だけの作品を永久展示している。2003年に造られた。石油で儲けたメニル家が1974年にスタートしたDia ファンデーションは、作品とも思えないようなものをコレクションすることで有名だった。一番有名なのはウォルター・デ・マリア(アースワークのアーティスト)のニューメキシコの砂漠にライトニングフィールドという作品がある。ステンレス製の高さ6mの避雷針を66m感覚に400本設置し、そこに雷が落ちるのを芸術として見せていくもの。 ●ニューヨークの不動産屋・ディベロッパーで有名なウィリアム・アーリーが、ビーコン・アート・ソサエティを設立。ホイットニーの美術館とかサンフランシスコ近代美術館の館長を務めたデビッド・ロスという有名なキュレーターに、ビーコン・カルチャー・プロジェクトを一任している。 ・ 金沢21世紀美術館がこれから活発な運動をしていくことを援護する形で、郊外の土地などがあったら、何か大きな仕掛けとかアーティスト・イン・レジデンスみたいな試みをしたらいい。金沢21世紀美術館にあるものとないものを補完しあうようなものだ。 ●ビーコンのアート効果は、工場しかなかったところに、NPOやギャラリーがどんどん進出してきただけではなく、低価格のアーティスト用のアトリエ賃貸計画ができている。それは、安く住んでもらうかわりにコミュニティサービスが義務付けられていて、アーティストは月最低4時間地域の人々に絵の描き方のワークショップをしたり、自分の作品をレクチャーしたりという義務を負う。それは、金沢でも実現可能ではないか。それから地元の大学生がビーコンの美術館とか、Dia ビーコンのボランティアとして働く中で、アーティストと一緒にやっていく時に、コミュニケーション能力を身につけている。 ●日本の現代アートには素晴らしいものがたくさんあって、海外の人にわかってもらうために、日本人の背骨はどんなものかを探しているうちに、私は神道美術に突き当たった。日本美術というと仏教美術がほとんどで、神道美術というのは戦争があったせいかタブー視されているところがある。神社にもう少し脚光を当てても良いんじゃないか。尾山神社もとてもユニークな造りをして、そこに行ったら、気持ちも引き締まるような気がする。神社がもう少しエンターテインメントにできるのではないか。あらゆることが準備万端整って、さぁ最後って時には、どうもラッキーなものがほしい。金沢21世紀美術館を3周ぐらいして、尾山神社にお参りしたらすごく良いことがあったとか、そういうことってすごく有効ではないか。「良いことあるよ、金沢って」みたいなものが、とても大切なような気がする。 大内 浩 ●金沢21世紀美術館のアクティビティが街なかにもっとはじけても良いというお話だった。美術館についての概念は、箱の中で何か集められた作品を見るということから、完全に変わってきている。前衛アートの人たちがやっていることは、私たちが学校で習ったアートとははるかに違うものに挑戦していることも、改めて考えなければいけない。 佐々木雅幸 「金沢サロンと都市の引力」 ●カフェこそ創造の場であって、都市を創造的にするにはとっても大切な場所であるとロンドン大学ピーター・ホールさんが言っている。創造的雰囲気に満ちた場所であり、それを大切にしない都市は創造都市になれない。その場合、その街の主流に属する人たちだけではカフェは生まれない。むしろアウトサイダーの人たちを呼んできて、違う価値観とぶつけあうなかで生まれてくる。金沢にとってその仕掛けとは何なのか。実は金沢のお茶室はそういうものであったのだろう。かつて金沢は「金沢倶楽部」を代表にして実にたくさんの倶楽部があり、そこから優れたアイデアや芸術や文化が生まれ、産業も生まれたに違いない。 ●大学とか知的な創造的なものを都心から排除してはいけない。新しい石川コンソーシアムなど、都心にそうした機能を戻さなくてはいけない。それはただ18歳の学生を集めれば良いということではなくて、もっとレベルの高い大人が勉強する場所でも良い。 ●21世紀は産業が変わる。アメリカは今、Creative Economy、Creative Industryが政策の焦点になっている。もう製造業ではなくて、研究開発や情報あるいはアート、エンターテインメント、コンピュータソフトウェアといったところでの世界のシェアをどれだけ押さえるかにウェイトが移っている。リチャード・フロリダという学者は、大きな産業構造の転換が生まれている中で、そういう分野で働く人たちが集まらない都市は見捨てられると説いている。イギリス政府も同じように13の業種を取り上げて創造産業として指定し支援している。創造産業、デザインや創造的な分野で働く人たちが都市にウェイトを移した時、彼らに選ばれる街、住みたい思う街というのは、何なんだろうかということに突き当たる。もちろん優れた美しい景観とか、ヒューマンスケールの街なみとかも必要だが、ある分野における評価軸をきちっと立てられるかどうかだろう。 ●「ミラノサローネ」は20年近く前に始まった家具を中心にした見本市だが、今や家具に止まらず、デザイン全般に関わる全世界の関係者が一堂に会する。ミラノがその分野での評価軸を立てるという、非常に強い戦略や意思が読み取れる。そういうサロン機能とサローネというのは、私たちにとても大切だ。ただ単にイベントを繰り返していれば良いというのでない。 ●「金沢文化芸術振興プラン」は、「金沢サロン」というものをきちっと確立することによって、新しい金沢の世界的な文化・芸術あるいは産業的な評価軸を確立しようとしている。金沢は、文化がインフラストラクチャーになっている。新しいファッションとかデザインとかを出す時に、「金沢の和」を再評価しながら、それと何かをぶつけたり、その上に積み上げたりということをしてきた。こういうところは金沢のこだわりだ。金沢独自の和の総合的な芸術文化の厚みをこれから発展させる時に、「倶楽部型創造都市」というキャッチコピーをつくった。日本的あるいは全世界的な意味で注目されるような芸術家や哲学者やあるいはプランナーを囲んで、お茶室なんかでわいわいがやがや議論しながら、金沢の将来を語るという、そういう場所をあちこちにつくっていきたい。その時、金沢の独自性が立てられるかどうか、シニアだけでなく20〜30代のこれから金沢を担う人たちが、そこで一緒に議論できることが重要だ。つまり、次の金沢を代表する文化人をつくれるかどうか、サロンと研修の機能を併せ持たせたい。 ●大阪のクリエイティブカフェのように、金沢でも工場跡や朽ちかけた町家の中でやるとか、いろいろ展開してみたらどうか。それが、ごく一部の金沢のエリートの人たちだけでなく、コミュニティ全体の知まさに「共同知」というふうにして広げていく、そのプロセスも合わせて考えたい。 川井田祥子 ●應天院で、ディレクターとして演劇祭や現代美術の展覧会などを行った。お寺ということで結構注目をされていたが、点でどれだけ頑張っても、その街は全然良くならない。草の根でやっている方がたくさんいる、それを繋ぎながら、創造の渦を渦として、ダイナミックな動きを巻き起こしていきたいということで「Creative・CAFE」を開催している。 ●「アトリエインカーブ」は、日本初の知的障害者のアートに特化した授産施設。知的障害のあるなしにかかわらず、アーティストとして一人でも多くの人が独立できるようなものにしていきたいというのでやっている。ニューヨークに行って「アウトサイダーアート・フェア」でデビューした。中には1枚の作品が100万円近くの値段が付いた作品もあって、コレクターやファンが付いたアーティストも4、5人いる。ゆくゆくは、その人たちが「インカーブ」を卒業して、アトリエを自前で持てるようになってほしい。それを支援するスタッフを養成するために、金沢美術工芸大学とコラボレーションしている。その結果として、アーティストとしてやっていける障害者の人の将来も開けるし、美術系の学生の可能性ももっと広がる。 |
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宮田人司 「インターネットの持っている力と都市」 |
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