●金森 今、たまたま空中ポストイットのお話が出ました。これは去年先生がおっしゃってくださって、私どもも大変興味を持って伺ったお話です。これをお話願いませんでしょうか。それから、私は先程の地域通 貨のようなお話を大変興味を持って聞かせていただいたのです。東京の多摩地区あたりのことも伺えたらと思います。

●竹村 地域通貨の方は、最近ではエコマネーや地域通貨という一般概念としていろいろな方が言われています。資料も多く、殊さら新しいことでもないと思います。要するに、その地域内でしか使えないということです。大体は地域やジャスコなどの大型店で使っても中央にお金が流れて行くのですが、地域の中で循環するということが一つのコンセプトでした。
  例えば、タクシーに乗るのもあれだし、自分で運転しても行けない、身内に頼むのもちょっと大変というときにお互いライドを提供する、ついでに乗せてもらうようなことです。しかし、タダでは少し気がひけて人間関係に負担をかけるようなものはいっぱいあるわけです。そういうものを互換的、互酬的なサービスにしようということです。そのときに紙幣化するのか、電子マネー的にするのかというようにきちんと目に見える媒介があった方がいいということになります。 電子化をするとかたちはないですが、だれがどういうサービスで使ったのか、だれに渡ったのかという履歴が残ります。そのお金に属人性が戻るということです。もともと通 貨の概念の始まりは、物の交換から属人性を払拭することです。これは経済の原理的な話です。つまり、伊藤さんから何かをもらうと負債になり、僕は負い目を感じるわけです。この物には伊藤さんのオーラが何となくまとわりついているわけです。だから、勝手にまた人にあげたりはできないわけです。しかしお金を払うと、結局は伊藤さんという属人性を払拭でき、匿名的な物になります。だから、だれにでもあげてもいいし、だれかに回すこともできます。
  つまり、物や人間から属人性を払拭することによって、もっと広い交換に物や人を開いていくシステムとして通 貨があったのです。それが、経済交換のボーダーレス性をプロデュースしてきたという面 は非常にありました。それを縁切りというか、属人性を払拭するのに神や寺院の空間ということで、必ず市は寺社の空間で建てられて、いったん神に預けることによって属人性を払拭してだれのものでもなくなるということでやっていきました。それを神やお寺の空間を媒介にしないでやる方法として貨幣というものが出てきました。原理的にはそういう文脈があったのでこれは大変なジャンプです。つまり、いつも負債を負いながら互酬性の中で共同体的な交換をしていた文脈から、物や人を解放する大きなジャンピングボードだったのです。貨幣というのは、すごい飛躍力を持った装置だったのです。 しかし行き過ぎて、今ではバーチャルマネーあるいはグローバルマネーで非常にいびつな構造ができてしまっています。そういうときに、もう1回いいかたちで昔に戻らなければなりませんが、物々交換や共同体的なしがらみに戻るわけにもいきません。しかし、何らかのかたちでそういう野放図に匿名化してしまった経済をバランスするのにどのような方法があるのか。そのとき、第3のやり方として、僕は属地性タイプと呼びたいのですが、ある程度属人性や属地性を回復したマネーシステムというものによって共同体的なしがらみに戻るのでもなく、今の匿名経済のアンバランスを是正するようなことが可能になるのではないでしょうか。 属人性、地域性でいいますと、ある程度履歴が電子的な記録(ログ)として残るシステムは非常にいいのです。紙幣にしてしまうとまた匿名的な紙幣の効果 になってしまいます。その中間段階はいろいろあり、通帳式にする方法をとっている場合もあり、いろいろなバリエーションがあります。何にしても、どんな方法が便利かというよりも自分たちはどんな経済をつくりたいのか、議論する中で、ふさわしいシステムのを見つけていくのです。どこにもレディーメードの普遍的な答えはないのです。その地域でその人たちがどんな経済活動をしたいのか、どんな地域でありたいのか、どの程度に属人性が残る人間関係、社会関係を持って生きたいのかという選択によって、ふさわしいソリューションは無限に出てきます。これが一番いい答えというのはないのです。世界中で有名なイサカアワーなど、先進的なよく知られた例はあります。しかし、それはその地域においてとりあえずは機能している一例にすぎません。ベストな回答や普遍的な回答などはある世界ではないので、それぞれにゼロからやっていくということです。
 今、そういう意味で、人やその場所に属する属人性、属地性ということをいいました。僕は、最近インターネットや電子の世界でいろいろな仕事をしていて、地球の生きた地殻変動や地震の活動を可視化するようなプログラムなどもつくっています。特に今の属性ということについて一言で簡単にいいますと「いつでも、どこでも、だれとでも」というのが電子時代のいいところです。今、ここにいなくてもどこでも携帯電話によって仕事ができる、サテライトハウス、田舎に住んでいてもインターネットによって都市と同じように仕事ができるというように、空間や時間の制約から解放されることです。まちがいではないのですが、そのような方向ばかりが強調されています。確かにそういう面 もあるのですが、そういう時代になればなるほど、逆に今この場所でしかない固有の経験や情報というものの価値も再びクローズアップされてくるのではないかと思うのです。
 僕は、そういう意味で属人や属地などを「3つの属」といっているのです。情報が物から乖離して電子になって本も紙もいらないという時代になればなるほど、逆に手ざわりがある本に、パッケージされているがゆえのよさや自由があります。本はそれぞれの本ごとに手ざわりや大きさも違うので、それぞれ区別 があるのです。コンピュータをお使いの方はおわかりでしょうが、いろいろな本の複数のページを全部電子で読むとなりますと、コンピュータ上で5枚も6枚も出したら便利なようですが、全部等価ですから何が何だかわからなくなります。かえって情報効率が悪かったりするのです。  つまり自分の思考空間の情報効率、情報や処理の速さからみると、今のデジタルのコンピュータというのはまだよちよち歩きですから仕方がないのですが、ものすごく未熟なのです。そんな未熟な技術に自分の思考空間や生活をまだまだ売り渡せる段階にきていません。デジタルによって情報効率がよくなるといういい方がされますが、本当にそうでしょうか。手書きで書かれた原稿をほかの人がワープロに打ち込んで、それをまた今度はフロッピーに入れてだれかが宅急便で送ることが、1回で打ってメールで送れば確かにデジタルによって効率がよくなります。そういう意味での効率化はありますが、逆に非効率になる部分もいっぱいあります。 逆にアナログの持っている効率さ、それは本という物に情報が属しているがゆえの効率という意味で属物性と呼んでいます。それから、情報というのはあまりにもみんなが共有できるようになりました。そうすると、同じ知識でもだれからその知識を聞くかで一人一人の解釈が違います。その情報がどういう意味合いで受け取られるかという、情報についての情報ということを「メタ情報」といいます。そのメタ情報の方が非常に大事になってきます。そういう意味では情報の属人性がいるようになってきます。
 最後に、いつでもどこでも同じ情報が受け取れる時代だからこそ、逆にその場所でしかない情報に価値が出てきます。今はボーダーレスで、グローバルな時代です。優秀な人ほど、世界中でどこでも生活ができるし仕事ができるという時代になればなるほど、優秀な人はどこに住み、どこで仕事をしますか。何も特定の研究所や会社がある場所にいないと仕事ができないわけではなくて、コンピュータが1台ネットワークにつながっていればどこでも仕事ができるわけです。そんな時代だからこそ、その人はどこに場所を選ぶかといいますと、食べ物がおいしくて空気がよくて水がきれいで魅力的な場所に住むに決まっているわけです。ということは、ボーダーレスな時代であればあるほどその場所固有の広い意味での情報、環境情報までを含めたものが担保になり、逆に価値を持っていくわけです。
  非常に原理的な話をしていますが、何でもポータブルにしてきた時代です。でも、ポータブル化しきれないものがあるのです。これからの時代は、場所から切り離してポータブル化できない要素や情報などに情報価値が増えていくと思います。先程の大野や金沢や長浜にしても、やはりその場所ならではのトータルな環境情報みたいなことです。そういう属地性を持った情報というのは、ものすごく重要になってきます。大枠をいうとそういう時代です。ここからは実践論になります。そうなったときに今の情報システムのデザインというのは、場所性、時間性というコンテクストを切り捨てていく方向ばかりで進んでいます。NTTドコモというのはそうです。一生懸命いいサービスは展開しているのです。しかし、いつでもどこでもという方向が進化していけばしていくほど、逆にそれを補うようなかたちで、今ここでしかない情報システムが必要です。
 例えば、僕が黒壁に行ったとします。今、伊藤さんの話を聞いたからどんな思いでおつくりになってきたかわかりましたが、その現場を見ただけでは一過性の観光客にはなかなか見えません。かといって、そこにくどくどと掲示板で説明書きをするのも野暮です。やはり経験は経験として言葉を通 じないでしてほしい。けれども、こんなに心ある場所をつくった背景にはどんな人がいるのだろう、どんな思いや歴史を持ってやってきたのだろうというような履歴をそこからピックアップしたい人はいくらでもできます。 それが見えない空中ポストイットというものです。実際は、そこには掲示板も何もないのです。見えるかたちは考えたくありません。しかし、最近はエリア情報サービスも始まっていますので、自分の携帯電話を持ってお台場に行ったら、初めてお台場の最新情報が聞けます。その場所ならではの情報が自動的にそこから流れ込んでくる情報システムみたいなものがあったら、その携帯の画面 に伊藤さんの思いを張りつけるのです。神社の古木ならば紋切り型の来歴についてはよくご神木というものに書いていますが、そんな紋切り型の話には尽くせないぐらいその木には周辺の人たちのいろいろな思いがあります。その大樹がどんな慨歴を持っているのか、70歳のおじいちゃんであれば70年その木とつき合ってきてどんな思いがあるかというように、その木に関する経験資源というものはいっぱいあるわけです。そういう経験資源を見えないポストイットとしてそこに張りつけておいて、通 った人が自分の携帯電話やパソコンに簡単にピックアップして読んだり共有したり、そこで感動した人は、またさらに自分の思いを書いて張りつけておくこともできるというようなシステムがあったとしたらどうでしょうかということです。 今日は、いったいそれをどうやるのかという技術的な話は簡単に済ませます。簡単な話で、PHSでも位 置情報システムというのがあります。つまり、痴呆老人がどこへ行ったかというのをPHSを持たせておけばわかります。そういうように今、位 置を検知するシステムはPHSにもGPSシステムにもあります。そういうものと連動すると、ある人がいるその位 置情報が付随した情報をピックアップできるようになる。あるいは、自分もそこで何かメッセージを張りつけたいというときに、その場所でメッセージを打って発信すると、発信した場所の位 置情報がメッセージに付随していきます。実際に、その情報はどこかのサーバーに格納されますが、現実にはそこに見えないポストイットとして張りつけられたような状態になります。そうやっていきますと、肉眼で見る景観としては何も変わっていませんし、何の看板も立っていません。けれども、実はそこには見えないかたちでポストイットがいっぱい張りつけられています。そこの場所に付随した記憶や物語がひもとけたり、あるいは自分もそこにつけ加えていけるシステムがあるということです。 このシステムはとても新しいようでいて、実は考え方としては非常に伝統を持ったものです。といいますのは、日本には歌枕というシステムがありまして、和歌の中には名所の概念があるのです。必ず春日山であれ天橋立であれ、その名所にちなんだ歌を詠むという伝統がだんだん集積されてくると、その場所が和歌ゆえの名所になっていって、そのうちきちんと歌枕の場所に自分の身をおいて、その和歌を思い出してその経験資源を共有しようというシステムになっていきました。そうして、春日山なら春日山の歌を再経験すると、今度はそれにつなげて自分も一句加えたいという思いが出てきますから、やはりその名所の歌枕にちなんだ歌をそこに詠み捨てていきます。読み捨ててといいましても、当時は空中ポストイットというシステムはありませんから、現実には詠まれた歌がその場所のインデックスで編集されるというシステムになっていました。今や現実に、自分のPHSや携帯で歌を詠み捨てたら、その場所に見えないポストイットのように和歌を張りつけることが技術的にできるのです。技術というのはこういうように生かすべきではないかということが僕がいいたいことです。 僕は、場所プロデュース・都市のプロデュースという意味でも、見える景観のプロデュースと同時に見えない景観の情報集積というか、それぞれの場所ごとの情報の地層みたいなものをつくっていくということだと思います。何らかのかたちでだれでもが履歴としてたどれるような、場所に張りつけられた見えない掲示板みたいなシステムです。そういうことによって、やはりその場所への一人一人の意識や、同じ観光でも旅の仕方が変わってくるわけです。  例えば同じ場所を歩いていても、和歌を詠む、あるいは歌枕という概念を持っている人が旅をするのと、そのような概念も何もなしにガイドブックにそって旅をするのとは全然旅の経験が違うと思います。同様に、自分の携帯にどんなメッセージが飛び込んでくるかわからない、あるいはこの場所にどんな隠れた物語が潜んでいるのかわからない、それを宝探しのようにピックアップして歩いて行くような新しいタイプの観光というものがこれからありうるかもしれません。
 今、そういうことが可能な時代に開かれているわけです。残念ながらそういう可能性をあまりきちんと議論したり実践したりという動きがないのは、今、とにかくいつでもどこでもという方向ばかりに浮かれているからです。地域ということをいうと、特にこれからはこの地域で観光資源があるからというアドバンテージで勝負するということがだんだん無効になりつつある時代において、逆にその地域の担保というものを新しく場所に帰属した集積としてつくっていくにはどうすればいいかということを考えないといけない時代だろうということです。それを考えるときに実はソリューションはありますよというのが空中ポストイットです。

●伊藤 大野の場合、黒壁とかなり違うと思ったところは、金が出せるなら金を出して、体が出せるようでしたら体を出して、わらじと何かみたいな話ですが、非常によくやっておられます。ただ、僕ら黒壁からの質問です。僕らはどこかで株式会社組織としてやっているというところに割り切りがあるのです。いわゆる法人というのでしょうか。そういうかたちで皆さんの集まりや思いが寄ってくることに、何かむちゃくちゃ負荷はありませんか。負荷といいますか、人にやらせるというのでしょうか。ワークショップという仕事なのか遊びなのかわからないかたちでできてきて、そこで何か行われるわけでしょう。単なる遊び場をつくっているわけではなくて、物を売ったりする多少の経済活動なのでしょうか。そういうものはだれがやっているのかわからないですが、何か気になりませんか。

●水野 最初は有志20人ぐらいで1000万円ぐらいを集めて改修しました。改修して半年くらいしてから一応協同組合をつくって、そこが1棟目の運営にあたっています。そこではお金が回っていますからそれでいいのです。2棟目はそこの蔵のオーナーが、そのまま放っておくとつぶれるので改修するということになりました。アトリエは月いくらというかたちで3人組に貸しています。そこまではいいのです。しかし、3棟目が今度来月末にオープンしますが、途中から市から補助が出るようになって半分は出るのですが、それでもやはり300万円ぐらい足りません。オープンしてからいろいろと展示などをやりたいので、それを考えると500万〜600万円足りないわけです。それを今からかき集めるのですが、どういう組織がいいのか見えていないのです。ただ、やはりしっかりとした組織をつくって募金活動なり、いろいろなことをやっていく必要があって、できたらその中に通 貨を入れたいのですが、まだ見えていないのが実情です。だから実験なのです。
●伊藤 実は我々も黒壁をやっているのは株式会社です。出資を集め、市からも出資してもらって、今4億4000万円の資本金でやっています。そうすると、まちづくり会社的に見られてくるわけです。まちづくり会社というのものになってきますと全然事業になりません。商売にならないというかなかなか事業化はできないわけです。まちづくり会社になると、ある程度考え方みたいなものになります。ですから、どうしてもそういう部分は、ボランティアというのは変ですが、会社の事業ではなかなか成り立たない。そればかりをしていたら会社の事業にならないので、笹原が「まちづくり役場」というのを別 につくってそこに離してしまったのです。例えば、視察を受けて説明をしたり、皆さんがお越しになるのに対して説明をするなどの、長浜の商店街の小さな団体のやっている事務局のお世話をしてあげるというような仕事の部分を分離してしまったのです。分離してから、ボランティアティックでスカッといっているような気がします。僕らは両方とも関わっているわけですが、黒壁の方はもちろん、そういうお世話をするという思いはなくなりません。が、まちのためにお世話をするという具体的な事業はしないということにしてしまいましたので少しすっきりしました。
  だから、自分ではボランティアと思っていませんが、常にこういう運動をしてくるとボランティアということに対して、いいことだというような世界があるではないですか。だから、黒壁は出資してやっているわけですから、それがだめだったらあとは有限責任、つまり判を押した株主が責任をとればいいわけです。自分たちとしては、そのような感じで進めていかないとすっきりしなかったのです。だから、みんなで手伝わせるとか具体的に何かの工事するなどのイベント性などはあまりしてこなかったのです。それがうまくいくと、いろいろな人が絡んできているのですからまちとしては一番おもしろいです。

●水野 でも、会社として経営することもいいと思います。大野の場合は、今のところできないのです。そういう意味では方向性が違うと思います。高島町の方が近いかと思いまして目指していたのです。ワークショップを重ねてきたということは、基本的には遊びとしてやってきました。週末などに仕事を離れて自分ができることに何かかかわりたいという人たちはたくさんいるわけです。それはやってみてよくわかりました。そういう人たちが活躍できる場をつくって、それを広げてきたというのが今の段階です。醤油屋さんが28軒あり、小さいのです。零細企業でキッコーマンなどには勝てないわけです。だから、直接流通 させるという方向に持っていかなければいけないわけです。今の活動で大野のファンになった人たちに、醤油を流通 させるということをねらっているわけです。そこまでつなげていければいいかなと思っています。そうすると、そういう株式会社のような組織になっていくのではないでしょうか。

●米沢 今、水野さんがおっしゃったとおりです。私も昔、大野の醤油で育ちました。それが東京へ行ったらキッコーマンしかないので、キッコーマンにならされて10年ぶりに帰ってきたら、地元の醤油にあわなくなっていました。味覚がおかしくなり、キッコーマンに変わってしまっていたのです。大野と触れ合って、この年になって、この醤油はやっぱりおいしいとあらためて教えてもらったというのでしょうか。 今、中小企業はいかにエンドユーザーにつながるかしかないのです。そういう意味では、大野のやり方というのは直接お客様に触れ合うわけですから、中間コストもなくなるし、生きる道とすれば一番正解ではないかという気がします。中小企業が生き残る方法の実験みたいなかたちにもなっているように思います。

●金森 お醤油というのは、本当に全国に多いのです。戦後もものすごく出てきました。ですから、東京のデパートに行きますと、お醤油コーナーが昔と違っていっぱいあります。何の何兵衛のつくったとまで入れていたりしています。だから私は、大野はすごくロケーションのいいところですし、皆さん方がされていることは非常に割に温かいというのはきざないい方ですが、いいと思います。ただ、若い人のワークショップも大事です。演劇のなども大事です。だれかがそういうことで行き来するというものがないとだめでしょう。けれども、もう少し年配の上の人もお忘れなく。例えば、県・市のバスはいつも決まったところを回っていますが、やはりまちおこしなどをするときにそういうところも見ていただくのはとてもいいことです。
 このセッション1は「都心で実験してみたいこと」というテーマです。私は、先程の空中ポストイットなども一つのおもしろいものだと思います。皆様からも何か、こんなことをやってみたらというお知恵を少しちょうだいできませんか。

●米沢 私は、今の委員会で交通システムの担当なのです。実験してみたいことはまだいっぱいあります。例えば武家屋敷の通 りの車の乗り入れを禁止したり、金沢駅からずっと歩ける道をつくり、そこの交通 を全部ストップしたりということです。金沢の市民の人に、車から見えている景色と歩いて見える景色とが違うということをわかってもらいたいというのがあります。そのためには車を入れないしかないのです。問題は、車を止めるとその車はどこかのほかの町内を走るわけです。そうすると、その辺の人たちがあちらを止めることによってこちらの交通 量が増えるといいますと、警察もそれ以上は何も言えないのです。例えば1か月でもいいのですが、何とか歩けるまちのモデルをやってみたいというように思っています。

●伊藤 うちはほとんど駐車場がないですから、よく視察に来られて「駐車場がないのですが、どこですか」と言われるので「今、困っています。最初のうちはお客さん来ないのですから別 に駐車場がなくても困らなかった」と言ったのです。今、大変困っています。   黒壁の周辺は車は24時間通ることができます。歩行者天国ではありません。とりわけ黒壁の本当の角までは一方通 行でもありません。しかし、土曜日や日曜日、少なくともその辺は人がいますから絶対に入ってきません。入ってくる車よりも人の方が強いです。黒壁は女の人が多いですから、こんなところでビッと鳴らせばにらまれますから、長浜の人間は入ってきません。そんなところを通 ったら時間がかかって仕方がないのです。歩行者天国というか、止めるということについては非常な軋轢があります。我々もゾーン全部がうちのものではありません。その周りに点在して住んでいる方がいます。店と店の間に普通 の家もあるわけです。そこを止めるのはできません。ただ、金沢のような大きなまちとの距離と、長浜の黒壁の周辺の距離とを回遊といって一緒にしましたが少し違いますね(笑)。うちは回遊といっても200メートル角くらいです。

●金森 これは永遠の課題のように思いますが、私は本気に取り組めばできると思うのです。この町は車では行けないのだという習性が出来上がればいいのです。だから、誰かが決めてしまえばいいのです。お年寄りもおられるし病人も出るでしょうが、それは特例というものがあります。それから、商売上必要なところは何時から何時ということにすればいいのです。
 私は、大体休みがとれるときは、金沢のまちを4キロほど歩きます。坂があれば今度は降りるところがあって、金沢には車に乗っておられる方にはおわかりにならないすごいところがあります。そういう町なのですが、今さら車を無視することは絶対にできません。ただ、これは上からではなく民意で、そんなまちづくりをしようと言えばいいのです。景観都市とはそういうことなのですから、どこかで一時期反対派などもいることもわかります。ただ、その選定の仕方には問題があります。
 それから、武家屋敷の跡ですがリピーターが何度も行くかというと、黒壁のように15回という人は絶対にいないと思います。観光バスで来て、降りて回ってすっとお行きになるだけですから、繁盛しておられるお店としないお店とで激しく分かれてしまいました。そうしますと、ここだけはどうにかしたいというところは、やはりそれだけの魅力のあるものをつくらないと、何のために歩くのかということになります。景観でただきれい、用水が流れているなどということも大事ですが、やはり人のにおいがしてそこに人が住んでいて「ああ、金沢か」みたいなものを町のにぎわいの中に入れるとしたら、私はこれからはある程度つくるしかないと思います。旧のところでも生かすときには、やはりここに住んでいる限りはどこかで「じゃあ、お前のうちの前がそれになったらどうなんだ」と言われるとキリのない話になると思います。そのあたりは、長い道を全部ストップという意味ではなくて、金沢へ行ったら「歩くの楽しかった。特に夕暮れ時などは本当に鏡花の世界だった」みたいに、何かそういうことを、どこかで決意する時代ではありませんか。
 とにかく、町の真ん中へ少し帰ってきたいというのは、年齢がこういう構成になってきましたから、少しずつ高まってくると私は思います。ミックス型都市みたいなものによって、家でコーヒーを飲むのも楽しいですが、コーヒーを朝毎日飲みに行く年配者がいたり、「朝の映画を見にいこうか」など、いろいろと自分で考える演出があると思います。その時代に生まれてしまいましたから。ちょうど狭間にはまっているような時期ではないでしょうか。第二次世界大戦が終わった1945年、それから戦後という時代を生きてきてバブルも経験し、上も下も経験してきて、そして今、金が回らないという時代も、ここまた3月にいろいろと政界も大変ですし、「我らは見るべきものを見つ」みたいな舞台に今立っているわけです。
 そういうことを含めて、それでは自分の時代は仕方がないではなくて、やはりさっきの話ではないですが、あとに続いていく年齢の若い方々へのプレゼントが大切です。もう一つ私は、高齢化の実体が違ってきているのに一発くくって高齢者社会というのはすごくまちがっていると思います。ユーミンの「卒業写 真」などを歌っていた連中が今50代へ突入しようとしています。それを全部ひっくるめて「おばさん」になってしまう時代ではなくて、特に若い経営者の方々は年の重ねた人に対する認識、お医者様もそうですが老人が座っている、カルテを見たら何歳だから老人というのは全然違うと思います。人間の心に入っていって分析していくようなモチベーション的なことが少し弱いように思います。データはたくさん出ますが、少しここら辺で自分もマイナスを背負っていかなければいけないことを見きわめる時代ですし、プラスは何かということは今日のように提案していく場だと思います。ご協力ありがとうございました。他の町のことを聞くと大変勉強になります。また明日よろしくお願いします。
金沢ラウンド誕生について
パネリストプロフィール
モデレータープロフィール
開会あいさつ
福光松太郎

プレゼンテーション
 水野一郎
 伊藤光男
 竹村真一
 米沢 寛
 金森千榮子
 市村次夫
 川勝平太
 小林忠雄
 大内 浩
 松岡正剛
 山口裕美  
 米井裕一
 佐々木雅幸
●セッション1
都心で実験してみたいこと
●セッション2
これから議論すべきテーマは何か
●セッション3
創造都市とは何か
 
全体会議のまとめ
委員長総括
実行準備委員会