■コーディネータープレゼンテーション
●金森千栄子
 私は昔、お亡くなりましたが作家の井上靖先生にお目にかかりました。先生は当地の旧制ナンバースクールをお出ましでございましたので、こちらの方で何年かをお過ごしになったわけです。しばしば金沢におみえくださいました際に、「金沢という町は海へ15分、山へ15分という町で、これが住むというのにはとてもいいし、旅人にとってもとてもいい町だ」ということを伺ったことを憶えております。そのときは便利という面 のみを考えておりましたが、ある時期から、海へ15分ということはそこで突き当たるということだし、山へ15分ということは山を飛び越えれば別 ですが、そこまでの要するにテリトリーというか範囲内からいきますと、実は人間が住むのにほどよい大きさであるということをおっしゃったのかなと、今思うわけです。
  私もここに住まわせていただいておりますと、金沢、金沢、金沢というのを一日に何回かいろいろなところで自分も口にし、旅をなさっている方からも伺います。しかし、はっきりと住んでいるものが金沢というものをゆっくり考えているかというと、こういういい機会をちょうだいしたりする場合は別 でしょうけれども、町中の日常の言葉の中にそういう思いがどこまであるだろうか。私はもしかしたら大変に悲観的なのですが、金沢に住んでいる者は、もう少し気を楽にしてもっと金沢ごっこのようなものをしてみたらどうかと思うわけです。自分が住んでいて自分が楽しくなければ、ふつふつと湧いてくるこの町がいいぞという感じが薄れてくるのではないか。
  例えば金沢にはいろいろな面がありますが、もし、「おまえが金沢に住んでいてどこがいいのか」と問いかけがあるとすれば、私はまず「音」という面 で考えます。音によってこの町は考えられないくらいのいい思いをしていると思うのです。といいますのは、戦災というものに遭わなかったせいで、例えば道が狭い、交通 に困る、そういう面から考えると非常にマイナスを背負っておりますけれども、「音」ということになりますと細い裏町だとか路地であるとか、流れている二本の川であるとか、それらを含めまして「音」と人のかかわりがいい。特に冬期間雪が降り出しますと、なぜか大雪になればなるほど音がとてもよく反響して、人の足音、話し声などが冬の音をつくりあげていると思う楽しみ。ここからもう少し離れまして海辺の金石というところがございます。こちらの出身の室生犀星の小説の中に『海の僧院』というのがあります。それを読んでおりましたら、海の波の音が「こほっこほっ」と聞こえてくると書いてあったのです。今まで私、日本海を見て「こほっこほっ」という音が聞こえてくるのはいったいいつの時期なのだろうか、季節的にいつをさしているのかよくわかりませんでした。いまだに四季折々、行っているわけではありませんがわかりません。冬の海でもないし、秋の晩秋に近いか、夏ではないし、何となく季節が季節の隣にいるころに何かそういう音がするのだろうかと。
  そういうことを含めましても、「音」というものに対して私は金沢というのは、ある意味ではこれ以上大きくならなければ、行政の面 からはそれでは困るとおっしゃるかもしれませんが、ある程度のスモールシティというか、小さな都市でいいのではないか。ただし小さいということの量 的なものと、質的な、地面の底へいくような深さは私は全然違うと思います。ほどよい中に人間が住んでいる。
  ひそひそ話といっては何ですが、都市というのは秘密ぽいところを持って、観光でおみえになった方に親切そうな顔をしながら、「ここは教えてあげれません」というところもちょいと持ちながら、ご一緒にとも遊びをするみたいな町が昔はそういう面 もたくさんあったと思いますが、今は皆様がお忙しいとかいろいろな理由でそれがないのかもしれません。
  例えば兼六園に観光のお客さまがおみえになります。先日タクシーの方に聞いてびっくりしたことがあります。3人ほどの方がお降りになって、1人だけ降りない方がいた。「お客さんどうなさったのですか?」と聞いたら、「一度行ってきたから、見る必要がない」と言われた。私はそれを聞きまして、観光のお客さまのリピーターがいないということが今問題になっておりますが、私は月に一回だけ仕事の都合で兼六園を斜めに横切ることがございます。そうしますとオーバーですが、いついかなるときでも自分が住んでいる町内の方に会ったためしもございませんし、友達に会ったということもほとんどありません。ほとんどの方は観光客の方です。ここに住んでいる者が、その町の、兼六園がいい悪いではなくて、例えば私は夕暮れの兼六園など、この歳になるまで本当にお恥ずかしいですがほとんど見たことがございませんでした。
  しかしこの間、真ん中にある池の横に小さい山がありますけれども、そこへ登ってみてびっくりしましたのは、霞が池という本当によくパンフレットに出ているところに夕日が射しているのを見てびっくりしました。ことほどさように金沢に住んでいるから、金沢をよく知っている、都をよく知っているということではなくて、住んでいるという名前の中で、しかもどちらかというと皆様方はどうかわかりませんが、住んでいる町を多少憎んで、憎むというのは少し甘えた部分もあるのですが、何かいつもちょこちょこ文句を言っている。しかしある瞬間、夕になると抱きしめてやりたいような金沢があるというような感じが、自分の中にもあるように思います。
  経済構造の面でいろいろな問題がたくさん出ておりますが、まずは住んでいる者が、このあたりで金沢ごっこというような、さまざまな今まで伝えられてきた伝統ばかりがいいとは思いませんが、それらにまた若い方が入り交じって自分らが自分らの遊びを作り出していく。遊びというと消費的に聞こえますが、決してそうではございません。私は小さいときに職人さんの遊びというのが本当にすごかったことを憶えております。お見事であった。そういうことも含めまして、この辺でちょっと壊す部分も作りながら、住んでいる者がもう一度、本当にその中で遊んでみるといっては何ですが、それから多少、都市というのはめっこめざらしわかるのではなくて、何か少しよどみを持っていて、その中で人と人とが確かに小さなシティになりますとうっとうしいところがあるかもしれませんが、どこかにいいところと悪いところが付き添っているならば、あえてあまり大きくなるのではなく、これは周辺を含めて大きさを考えていけばいいのです。私は都市に住むときに、ある種の匂いがわかり、音がわかり、人の声がなぜか識別 できる。
  そしてもう1つ裏町を歩いていますと、今日ここのおうちはお昼に何を食べていらっしゃるかという匂いが漂うという、それが最近だんだん少なくなりましたけれども、それでもまだ金沢の町はお昼ごろに歩きますと、ジャガイモとニシンを炊いているだとか、そういうことがわかります。私は人間が住む町とはそういう町なのではないかと思います。そこに遊び心もすべてが湧いてくるのではないかと思います。
金沢ラウンド誕生について
ゲストプロフィール
コーディネータプロフィール
開会あいさつ
福光松太郎
プレゼンテーション
 荒川哲生
 川勝平太
 竹村真一
 田中優子
 野村万之丞
 松岡正剛
 大場吉美
 金森千榮子
 小林忠雄
 佐々木雅幸
 水野一郎  
 米沢 寛
全体会議のまとめ
委員長総括
実行準備委員会