■ゲストプレゼンテーション
●竹村真一
 金沢では創知産業会議などに一昨年くらいからずっとお呼びいただいて、かなり金沢は好きな町になっております。
  今年は2000年ということで、年の初めは2000年問題ということから始まったわけです。それが案外大きな事故がなくてよかったと、世の中は安堵の胸をなで下ろしたわけですが、実は私たちの2000年問題というのは私たちの心の中にもある、その問題は解決していないと思うのです。というのは、ご存じのように2000年問題というのは、コンピュータで下2桁だけで表す、本当は1994と4桁で表さないといけないところを下2桁だけで表すことによって起こり、それで1900年と2000年が混同されてしまうということであったわけです。
  実は私たちの心のカウンターというのも、いつのまにか下2桁だけになってしまって、100の桁、1000の桁がないのではないか。つまり、100の単位 、1000の単位でものを考えるということを私たちはいつのまにか忘れてしまっていると思うのです。というのは、コンピュータの2000年問題はとりあえずコンピュータの技術者の努力で何とかなりましたけれども、実はもっと大きな心の2000年問題ということに私たちは気づいてすらいない。その問題が解決していないどころか、その問題に気づいてすらいない。そういう意味で、私たちは改めて2000年というゼロリセットのチャンスに、そういう心の物差しというものを4桁に改めてする。1000年単位 の物差しをもう一回取り戻すということを考えなければならないと思っています。
  実は1000年単位どころではない視野を、一方で今、私たちは得つつあります。例えば、私は人類学が専門ですけれども、かつての人類学というのは、せいぜいサルから分かれて人間が直立歩行をした500万年くらい前のところから人間とは何かを考えていけばよかった、そういう意味では100万年スケールでよかったのですが、40億年の地球の歴史を視野に入れて生命の成り立ちや人間というものを考えなくてはいけない。何十億というのは単位 としては1000の3乗です。1000年単位というスケールではなくて、1000の3乗というスケールでやはり世の中や地球とか生命とか、人間とは何かを考えるべき時代に私たちは生きている。それだけの大きな視野の振幅の中で、この1年、10年、この3世代同居の100年というのを考えていく。そういう時代に私たちは生きている。
  今、遺伝子の話が出ましたが、遺伝子研究がまた今大変におもしろいです。私は人間を理解するために遺伝子のこともいろいろ勉強しておりますが、遺伝子というのはデジタルプログラムです。ATGCという4文字で書かれたプログラムだということで、人間はほとんど機械の、コンピュータのようにプログラミングされた機械としてできているのではないかというように、60年代最初のころに遺伝子が発見されたころは見られていたのです。しかし、研究をしていけばしていくほど、どうも合理的なプログラムとは言い切れない。何か非合理で無駄 な部分が遺伝子の中にずいぶん見えてきました。つまり、遺伝子の中に人間を作るのに必要な遺伝子は3%くらいで、遺伝情報の97%くらいはどうも意味のわからない、無駄 な遺伝情報である。
  では、それだけ膨大な遺伝情報がどうして私たちの中にあるのか。これは本当に無駄 なのかというと、環境が変わると今使われていない遺伝子が必要になるかもしれないということで、どんなに環境が変わっても、そのときに適応していけるオプション、選択肢を無駄 と知りつつ膨大に抱えているのがどうも生命のロジックである。機械論的に見ると、合理的な必要なものだけとっておけばいい。無駄 なものはなるべく排除した方がいい。歩留まりをよくしようという発想ですが、どうも生命のロジックというのはそうではない。無駄 と知りつつ膨大な多様性、誤りを許容していく。ですから、デジタルのプログラムというのは基本的には誤りの排除です。デジタルにすると情報が劣化しないというのが、今、デジタルブームで言われていることです。ですから、基本的には誤りを排除するのがデジタルのよさなのですが、99%誤りを排除しながら、どこかで誤りを許容する。あるいは、場合によっては誤りをさらに積極的に作り出して、増幅して、自分の中のオプション、多様性を増やしていく。そのことが実は、未来への担保になるのだ。生命は、そういう意味での多様性という未来への担保を膨大に抱えて生きている。だからこそ適応力があって、柔らかくて、強いのだということが見えてきた時代なのです。
  何か都心(みやこごころ)と関係のない話をしているようですが、実は都市であれ文化であれ、その強さというのは、実はどれだけ多様性という未来への担保を抱えているか。それは人間でも都市でも同じだということです。なかんずく都市というのは、膨大な情報とか文化とか異民族、多様な文化、民族の伝統が流れ込む十字路ですから、都の都性というものを支えてきたものというのは、実は多様性の編集なのです。松岡御大にバトンタッチしなければいけないような話ですが。要するに、それだけの多様性をどれだけ積極的に取り込み、常に再編集している、生きて動いている状態で自己を維持するかというところに、実は都心(みやこごころ)というものの本質があるわけです。同時に、それは単にフローで流す、交換していくだけではなくて、それが実はまたストックになって膨大な無駄 と知りつつ、97%の無駄として文化の膨大な多様性の遺伝子を抱え込む。そういう意味で抱え込んだ膨大なストックを、次の世代にも預かりものとして継承していく。
  ですからたぶん、金沢だけではないのですが、金沢というものは皆さんにとっての預かり物であり、皆さんが住まう町である以上に後の世代にとって、あるいは世界の人口にとっても財産であるような預かり物である。その預かり物をどのように多様性として増幅していくか。
  最後に一言付け加えれば、今、グローバルエコノミーな時代です。世界が一つになっている。ということは、世界の文化があっという間に均質化していく時代なのです。世界中のどこかで生まれた新しいものが世界中に広がっていく。世界中が急速に均質化する時代です。その中で、今度は自立の担保になるのは経済力ではありません。文化の個性です。それ以外にありません。経済一瞬のうちに均質化していきます。そうすると文化という担保しか、あるいは文化というものの中にどれだけ膨大なオプションを持っているかという、多様性を持った文化の担保、これのみが都市を自立させていく資源である。そういう時代に私たちは生きているのだということを、出発点で確認をしておきたいと思います。
金沢ラウンド誕生について
ゲストプロフィール
コーディネータプロフィール
開会あいさつ
福光松太郎
プレゼンテーション
 荒川哲生
 川勝平太
 竹村真一
 田中優子
 野村万之丞
 松岡正剛
 大場吉美
 金森千榮子
 小林忠雄
 佐々木雅幸
 水野一郎  
 米沢 寛
全体会議のまとめ
委員長総括
実行準備委員会